シーン 19
2012/06/17 改稿
「やったか!?」
「いや、まだだ!この程度では倒れてはくれないらしい。…レイジ、もう一度だ!」
ニーナの攻撃は確かに狙い通りに首筋を捉えていた。
しかし、首周りの分厚い脂肪が邪魔をして、頸動脈には僅かに届いていなかったらしい。
それでも、かなりのダメージは与えたようで、バレルゴブリンは空いた手で首筋を抑えながら悶えている。
もう一度同じ場所に攻撃を加えることが出来れば倒せそうだ。
僕は改めて動きを封じるために足元を狙った。
ところが、先ほど同様のダメージは与えられず効果は薄かった。
敵の動きを分析していたサフラによれば、首筋に受けたダメージの方が大きく、時間の経過と共に、足の痛みに慣れてしまったのではないかと話した。
そうなると、別の方法で対処しなければならない。
むしろ、首筋の痛みからか手足をバタつかせ、駄々をこねる子どものように暴れ始めた。
おかげ振り上げた剣が四方の壁にぶつかり、天井の一部が崩落を始めている。
辺りには砂埃が舞い上がり、視界が悪くなった。
「クソッ、足元を狙っても効果は薄い。ニーナ、何か他に手はないか?」
「視界が悪いからあまり期待は出来ないが…ナイフ投げて目潰しをしてみる。暴れ出す危険があるから離れるんだ」
そう言ってニーナはポシェットからナイフを取り出し、バレルゴブリンの顔面に向かって投げ付けた。
しかし、危険を感じたバレルゴブリンは、それを左手で弾き返してしまった。
「ダメか。ヤツの注意を一時的にでも反らすことができれば…」
「それなら俺がコイツで弾幕を張る。一発の効果が薄くても、手数で補えば相応の威力になるはずだ。幸い、弾切れの心配はないからな」
「分かった。タイミングを合わせるぞ!」
ニーナの合図でバレルゴブリンに向けて弾を乱射した。
命中率よりも手数を優先しているため、いくらか後方に逸れる弾もあった。
それでも、様々な部位に着弾したおかげで期待以上の効果が得られた。
ニーナはその隙に再びナイフを投げると、今度は見事狙い通り左目に刺さった。
片側の視力を奪われたバレルゴブリンは、先ほどにも増して暴れ狂い、お構い無しに剣を振り回している。
ただし、刺さったナイフは思ったよりも浅かったらしく、もう少し深く入れば致命傷に繋がったかもしれない。
僕は狙いにくい顔面に目掛け、再び銃を乱射した。
こうして銃を握っていると、生前に友達とサバイバルゲームに興じていたことを思い出す。
当時と違うのは、これが遊びなどではなく、お互いの生死を掛けた戦いだということだ。
ひとたび気を抜けば、簡単に命を落とすかもしれないという危険と隣り合わせになっている。
そんな限界に近い状況の中で、僕は何故か薄らと笑みを浮かべていた。
無意識という認識から、自分が笑って居ることに気が付くと、気持ちが高揚している事に気が付いた。
僕はこの状況を楽しんでいる。
これは紛れもない事実だった。
一斉掃射のさなか、一発の弾が刺さっていたナイフの柄頭に当たった。
その弾みでナイフが目の奥深くに突き刺さり、バレルゴブリンは激痛から顔面を押さえ再び膝を付いた。
同時に持っていたツーハンデットソードを投げ出し、完全に動きが止まった。
攻勢に転じるチャンスは今しかない。
ニーナは再び壁を蹴って高く飛び上がると、ガラ空きになった首筋に剣をめり込ませた。
そうして見事な着地を決めると、バレルゴブリンから距離を取った。
「今度は間違いない。これでヤツも終わりだ」
その言葉通り、バレルゴブリンは最後にもう一度だけ落ちていた剣を握りしめ、振り上げたところでうつ伏せに倒れ込んだ。
これが戦いの決着だった。
僕らは安堵して健闘を称え合っていると、天井から巨大な岩石が降り注ぎはじめた。
これは、バレルゴブリンが最後に振り上げた剣の天井にぶつかり、大きな亀裂を作ったのが原因だ。
真下にいたバレルゴブリンはそのまま瓦礫に押し潰され、砂煙の中に消えていった。
「…ヤバい、トンネルが崩れるぞ!みんな逃げるんだ」
僕とニーナは、動けないクオルとダイドを抱えて出口を目指した。
元々薄暗いトンネルの中は、背後から猛烈な勢いで迫ってくる砂埃が光を遮り、さらに闇を深めていく。
僕らは砂埃に巻かれないよう必死で走り、僅かに光が差し込む出口を目指した。
出口まで一本道ではないトンネルの中とはいえ、一度通った場所には目印があり、それを頼りに走り抜ければいい。
ニーナはクオルに肩を貸し、僕はダイドを背負い、サフラは二人の武器を握り締めている。
必死の思いで駆け抜けると、眩しい光が待っていた。
数時間ぶりの日差しだ。
長い間トンネルの中にいたため、しばらくの間、光に目が慣れるのに時間が必要だ。
「終わったんだよな?」
「あぁ、間違いない。仮に息があったとしてもあの崩落だ。いくら“バレル”と名の付く怪物でも生きてはいないだろう」
「だな。それより町に戻ろう。二人の容態が心配だ。特にダイドさんの傷は一刻を争うぞ」
僕らは急いで町に戻り、町医者の元に二人を運び込んだ。
ダイドの方は大怪我だが、処置が早かったおかげもあり、薬の投与でしばらく様子を見れば、そのうち目を覚ますだろうとの事だった。
むしろ、問題なのはクオルの方だ。
精神的な疲弊が激しく、自分では抑えきれない睡魔に襲われていた。
外傷はないものの、精神的な疲弊は目に見えないため、医者も適切な処置が出来ないようだ。
思案した結果、絶対安静を条件に入院を勧められた。
クオルは眠りに落ちる直前、微かに目を開け“今は眠りたい”とだけ言って、再び深く目を閉じた。
「眠ったか…」
「あぁ、これでもう心配はない。どちらもしばらくすれば目を覚ますさ」
「とにかくみんな生きて帰って来れてよかったです。私…ほとんど役に立てなくて…ごめんなさい」
サフラは活躍できなかったことを憂いていた。
もちろん、他の誰もがサフラに過大な期待をしていたわけではない。
むしろ、彼女の使命は、後方で待機をして自らの身を守ること。
だから誰も彼女を責める者などいなかった。
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