シーン 184 『最終話』
あの戦いから二年の月日が流れた。
ホリンズの死後、世界を取り巻く環境は大きな変化を見せ、僕はその中で毎日を忙しくも楽しく暮らしている。
特に変わったのは異種族間の交流で、商売熱心な商人たちはお互いの国を行き来するようになった。
中でも人間とドワーフの文化交流は盛んで、週に一度は交易品を満載した荷馬車が到着する。
また、ドワーフの作る食器や家具はとても評判が良く、中流から上流階級の富裕層にファンが急増中で、専門に扱う路面店の出店も目立つようになった。
しかし、エルフやウェアウルフとの交流はあまり盛んに行われていない。
彼らについては、今後の絶え間ない外交努力によって関係が改善されていくだろう。
「大臣、サヤマ大臣ッ!やはりこちらにお出ででしたか!?」
「…何だよ、そんなに慌てて」
僕はあの戦いの後、皇帝から国家間の交渉を専門に担当する大臣を任された。
おかげで各方面から毎日送られてくる書類に目を通す毎日だ。
僕としては、机に向かっているより現場で働く方が向いていると思う。
だから今もこうして宮殿の執務室を抜け出し、露店街をブラブラと歩いて気晴らしをしている。
「明朝、コルグス様がこちらにお見えになると、遣いの者が文を持って参りました。大臣のご予定はいかがでしょうか?」
そう言って補佐官のナイルが顔を覗き込んで来た。
彼は地方の農村出身の若者で、歳は僕と同じ。
補佐官になったきっかけは、我が家の使用人ペオの紹介だった。
ペオに、真面目で気が利く人材を探すよう頼んだところ、いくつか上がった候補者の中に彼の名前を見つけた。
面談してみると、前評判通りの生真面目で細かなところにも気が回る性格だとわかり、その日のうちに採用を決めた。
「そんな事言って、普段から俺のスケジュールを管理してるのはキミだろう?どんな返答を返すかわかってるくせに…」
「いえ、これも大事な務めですから!それに、私が把握していない予定があっては困りますので、確認は必要かと」
「まあ、用心に用心を重ねるのは悪い事じゃないよ。だけど、あまり肩の力を入れ過ぎると疲れるだろう?」
「疲れるなんてとんでもない。大臣こそお身体を大事にしてくださいね」
「あ、あぁ、善処するよ」
「では、このまま予定を入れておきますので、お忘れなきようお願いします」
ナイルは用件を済ませると宮殿に戻っていった。
この程度の連絡なら宮殿に帰ってからでも良かった気はするが、そうしないのは彼の律儀な性格によるものだ。
彼の性格上、複数の作業を同時にこなすのはあまり得意ではない。
どちらかと言えば、目の前の仕事をキッチリと片付けないと気が済まないタイプだ。
僕もその性格を理解しているつもりなので、特に指摘したり改善を求めたりはしていない。
適材適所で人員を配置し、業務が円滑に行われるよう心掛けている。
「…あれから二年か」
ポツリと呟いて空を見上げた。
この二年は僕にとって長かったようでとても短く感じた。
それほど濃密だったと言える。
最初の一年は北と南へ積極的な外務交渉をしつつ、両者の繁栄に繋がる問題の解決に努めた。
おかげでドワーフとの交易が盛んに行われるようになり、帝都の経済は右肩上がりに成長を続け、人口も増え続けている。
町中にはドワーフの商人たちが行き交い、活気作りに一役買っていた。
また、僕が経営する食堂も例外ではなく、今では帝都内に二号店を開業するほどだ。
自分で言うのも何だが、すこぶる順調で三号店の出店も計画されている。
僕がやった事と言えば、実質的な経営者であるペオのサポートをするだけで、彼が提案する計画に対して是か非で答えるだけでいい。
いつも僕を献身的に支えてくれるサフラは、日を追うごとに女性らしさに磨きが掛かり、昨年から正式に所属したハンターギルドではかなりの有名人だ。
また、短剣の扱いは国で随一と言われ、彼女を慕ってハンターを志す若い女性も居るとか。
ニーナはアルマハウドの推薦でフランベルクの団員に昇格した。
実力もさる事ながら、これまで培ってきたバウンティーハンター同士の繋がりも評価されている。
そのため、主に情報収集と部隊の指揮を執る参謀として活躍中だ。
その点、アルマハウドはと言えば相変わらずで、口を開けば皇帝の話題ばかりなのだが、彼らしいと言えば彼らしい。
他にもこの二年で変わった者たちの名前をあげれば切がないが、それぞれ元気でやっているので、僕が出来るのはささやかな応援をしつつ温かく見守るのみだ。
何気なくポケットに手を入れると、今までサフラが身に付けていたペンダントが出てきた。
現在、このペンダントの所有者は僕になっている。
これは元々の持ち主であるユエの願いでもあった。
全ての決着がついた後、僕は真っ先にユエと会い、事の顛末を報告した。
説明を聞いた彼女は悲しそうな表情を浮かべつつも、最後には自分の思いが伝わった事を知って涙を流した。
僕はホリンズに関するいくつかの疑問があり、それをユエに尋ねてみたところ、さまざまな回答が返ってきた。
まず、百年近く生きていた彼が、僕とほとんど変わらない同年代の姿だったかと言う点について質問したところ、転生時に死神から受けた特典によるものだとわかった。
彼は自分の事を人間だと言っていたが、実のところ、人間とエルフの“ハーフ”で、寿命も人間より遥かに長かった。
これは、彼が娘と呼んでいたセシルにも共通しているが、根本的な構造は別のようだ。
身体能力の高さも同様に、自ら希望して得たものだとわかった。
これについてはユエも同様で、どちらかと言えば、彼女が希望した内容をそのまま彼にも適応したらしい。
しかし、不思議な事に死神は彼にオリハルコンを与えなかった。
ユエによれば、その時点では前世と同様、彼女に守ってもらうつもりでいたため、必要性を感じていなかったようだ。
それでも同じ血をわけた姉弟という事もあり、その気になれば彼もオリハルコンを扱えたらしい。
また、ホリンズが死ぬ間際、身体がまるで剣先に吸い込まれるように刺さったのは、おそらくオリハルコンの“意思”によるものだと教えられた。
オリハルコンには、使用者の思いが宿るという機能が備わっている。
彼女によれば、オリハルコンが使用者の思いを汲み取って、近しい者を引き寄せようとする作用があるらしい。
今回の状況から察するに、そうした要因が重なったのではないかと考えられた。
しかし、これらの考察は、本人亡き今予測の域を出る事はない。
他にも、僕がオリハルコンを二つ同時に扱えた事、銃ではなくサーベルを具現化した事など、わからない事はいくかある。
これについても、オリハルコンを与えてくれた死神に直接確認が取れないため、答えを導き出す事は出来なかった。
「あッ、レイジまたサボってるの?」
振り向くとサフラが立っていた。
今日の彼女の予定は、ハンターギルドから請けた依頼で、帝都の北部に出没したオークの討伐に向かうはずだ。
それを証拠に腰には愛用の短剣と鞭を提げている。
しかし、これから出かけると言う様子はなく、聞けばすでに仕事を済ませてギルドへ報告に行く途中らしい。
相変わらず仕事が早過ぎて感心せざるを得ない。
「べ、別にサボってないぞ。こうして町の中を見るのも仕事のウチだ」
「でも、レイジの本職は外務交渉だよね?」
そう言うとサフラはニヤリと笑みを浮かべた。
どちらかと言えば、こうして町を見守り治安を守るのはハンターである彼女の仕事だ。
だから僕が嘘を言っている事くらいすぐに見抜かれてしまう。
そんな時、彼女は決まってある事を口にする。
「じゃあ、内緒にする代わりに、買い物に付き合ってね」
「…はいはい、仰せのままに」
「も~、何でもう少し嬉しそうに返事できないの?」
「いや、だって…俺たちまだ仕事中だろ?それに、それこそサボリじゃないか」
「いいのいいの、たまには息抜きしないとね。って、これはレイジの口癖だっけ?」
「お前それ…絶対わざとだろ?」
「…バレた?」
サフラはしたり顔で笑った。
ここ最近の彼女は、ハンターの仕事が板についてきたのか、毎日とても楽しそうだ。
没頭出来る何かがあれば、毎日は充実したものに変わる。
彼女もその事を理解しているのか、積極的にハンターの活動を続けていた。
「…で、買い物って、何が欲しいんだ?確か、この前は服屋で、その前が靴屋だったろ?」
「うーん、何か欲しい物がないとダメ?」
「いや、ダメってわけじゃないけど…これだとただの散歩だろ?」
「違う、違う。これはデートだよ、デート」
「お前…よくこんな往来で恥ずかしくもなく言えるよな」
「え~、だって、私たちが付き合ってるのはみんな知ってるでしょ?いまさら隠す必要なんてないよ」
真顔でそういうサフラを見て、思わず頬が熱くなった。
もちろん、彼女の言う通り、町の中で僕たちの関係を知らない者は少ない。
何より、僕らの知らないところでペオが触れて回っていたりする。
だから、いまさら隠したところで仕方がないのだ。
「そう…だよな。で、どこに行くか決めてるのか?」
「もちろん!今日はね、パン屋さんの隣に新しく出来た雑貨屋さんへ行くの。面白そうでしょ?」
「あのな、言っておくけど、面白いって思うのはお前だけ。俺はあくまでも保護者だぞ?」
「も~、そんな事言って。少しは楽しもうよ?じゃないと損だよ、損」
「はいはい、わかったから。あと、俺だってあまり時間に余裕があるわけじゃないから、サクッと買い物して仕事に戻るぞ」
「は~い」
毎日少しずつ変わっていく町の様子を眺めつつ、サフラが満足するまで付き合って仕事に戻った。
こうした生活はすでに常態化しつつある。
彼女は自然を装って僕に声を掛けているが、毎度毎度同じやり取りを繰り返せば、それが意図的だとすぐに察しがつく。
僕としても、ずっと書類と向き合っているのは気が滅入ってしまうため、こうした息抜きは非常に助かっている。
持ちつ持たれつの関係と言ったところか。
仕事が終われば一直線に家に帰り、家族の団欒を楽しむ。
これがなければ、毎日何のために仕事をしているのかわからない。
我が家には暗黙のルールがあり、夕食は揃って食事を食べるようにしている。
食事を作るのも交代制で、極力不公平感がないよう配慮済みだ。
「腹減ったな~。えっと、今日の当番は誰だっけ?」
「私、私。すぐに準備するね」
そう言ってサフラは厨房へと消えて行った。
食卓テーブルには、すでに家族全員がそれぞれに食器を並べ、ニーナを始めとした面々は食事が到着するのを今か今かと待っている。
ちなみに、昨年から一階にある店の運営は、新たに雇い入れたシェフとウェイター二名の三人体制で行われている。
そのため、ペオ、マオ、エールはピンチヒッター的なポジションと教育係に昇格した。
おかげで世間が夕食時というこの時間帯でも同じ食卓を囲む事ができる。
それに、何かトラブルがあれば連絡するように伝えてあるため、ほとんど気にする必要はない。
「えっと…今日のメニューは何だと思いますか?」
ペオはサフラに聞こえないよう小声で尋ねてきた。
僕はニヤリと口元を歪め、彼の反応を見ると、その意図を汲み取ったらしい。
他の面々を見ても同じ反応だった。
「じゃあ、試しにサフラに聞いて見ようか?」
「いいですね。でも、このパターン、何度もやってますよ?」
「だよな。アイツ、こっちが質問すると必ず質問で返して来るんだっけ。まあ、細かい事は気にしてたらダメだよな」
「そうですね。では、レイジ様、いつものお願いします」
みんなに目配せをして合図を送りつつ、厨房にいるサフラに呼びかけた。
「サフラ~、今日のメニューは何だ?」
「え~、何だと思う?」
「そんなの決まってるよな?せーの…」
『チャーハンッ!』
全員が声を揃えると、厨房から覗くサフラの横顔に笑顔が浮かんだ。
告知はしていませんでしたが、今回で最終話となります。
思い返せば、“毎日投稿”という苦行(?)にチャレンジしつつ、忙しい日も暇な日(笑)も風邪を引いた日も欠かさず投稿してきました。
最初はもう少し短い内容になる予定でしたが、アレやコレやとアイデアを詰め込んだ結果、ライトノベル(十三万文字換算)で六冊分という文量に…(汗)
当初この作品は「銃が登場する異世界ファンタジーを描こう!」と思って構想を始めました。
さらに「“家族”、“仲間”、“絆”というテーマも盛り込もう!」とか、「日常パートも充実させよう!」と考えて、最終的にこの形になりました。
最後なので裏話をすると、最初は悪役であるホリンズ(当時はまだ名前はありませんでした)を主人公にする予定でした。
ですが、彼のやろうとしていた内容があまりにも悪役だったので、構想を練り直した事もあったり…。
最後に、ここまでお付き合い頂いた読者の皆様へ心から感謝を申し上げます。
現時点でまだ読み難い部分、誤字・誤用など手直しが済んでいないので、これから時間を見つけて随時直していこうと思います。
また、サイドストーリーを掲載しようと思っているので、現時点(2012/07/17)では完結設定を行いません。(掲載日時は未定)
そちらもご期待いただければ幸いです。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




