シーン 178
タラスクスとの戦闘が始まる中、僕らは急いで階段室まで戻り、さらに上を目指した。
次の階層にたどり着くと、部屋の中央に微かに機械音を立てる物言わぬ怪物が待っていた。
「…ゴーレムか。律儀に二体も待ち構えているとはな」
「レイジ、待って。この子たち様子が変だよ?」
サフラはゴーレムを見て何かを感じ取った。
無機質な存在ながらも、まるで生き物のように僕たちを静かに観察している。
操縦しているのがホリンズとセシルなら、すぐに対応してくるはだが、今回はそんな気配を一切感じない。
どちらかと言えば、姿だけは同じで中身が別物と言った印象を受ける
「…おそらく、自立モードと言うヤツだな。もしそうなら、観察を終えたゴーレムが自ら考えて行動に移るはずだ」
「知ってるのか!?」
コルグスは大きく頷いてから冷静にゴーレムの動きを観察した。
「元々これが本来の姿だ。ゴーレムは物言わぬ守護者とも呼ばれているからな。使用者が直接操作するのは異例なんだよ」
「じゃあ、以前戦った時とは違うのか?」
「ゴーレムは自体は意志を持った魔具だ。だから、エネルギー源として供給されるエーテルの量で強さの程度は大きく変わってくる。だが、この自立した状態では不意な暴走するのを抑制するために、一部の行動が制限され、エーテルの許容量も少なくなるんだ。つまり、自立した状態であれば私でも十分に渡り合える強さと言うわけだ」
そう言うとコルグスは斧を担いで僕らの前に出た。
「…私も助太刀しよう。よろしいか?」
ビルはコルグスの隣に立った。
彼は手首の間接を鳴らしてやる気を見せている。
「ふむ、お主も協力してくれるのか。それは心強い。…では、行くとするか」
「ちょ、ちょっと待て!二人で相手をするつもりか!?」
「問題はない。それに、一体は片腕を損傷している。これなら十分過ぎるハンデだ。心配するな、終わったら駆け付けるつもりだ。行けッ!!」
コルグスは自らを鼓舞するように気合いを入れると、腕の筋肉を膨張させて本来の力を解放した。
ゴーレムもコルグスとビルを敵と認識したのか、二体が同時に低い機械音を立てて迎撃行動を開始した。
コルグスは、手始めに腕を損傷した手負いのゴーレムを攻撃対象に定めると、真横から大振りな一撃を放って機械仕掛けの巨体を軽々と吹き飛ばした。
もう一体は仲間がやられても怯む気配はない。
相手が無機質な機械人形のため、恐怖という感情は備わっていないようだ。
ゴーレムは、そのまま腕を振り上げてコルグスに襲い掛かるものの、彼はそれを真正面から斧で受け止めてニヤリと口元を歪めた。
元々、力には自信があるため、自立モードの攻撃くらいではビクともしないようだ。
ビルは、コルグスが吹き飛ばしたもう一体のゴーレムに追い討ちを掛け、二体の連携を分断した。
「さすがだな、実に圧倒的だ。レイジ、ここは二人に任せて先を急ぐぞ!」
「わ…わかった。二人とも、すまん!」
「ふん…さっさと行け!」
彼らがゴーレムを引き付けているうちに上の階を目指した。
これで残ったのは僕を含めて四人になってしまった。
それでも、後から仲間が駆け付けると信じて先に進むしかない。
それが彼らの思いに報いると言う事だ。
今まで階段を夢中で駆け上がってきたが、塔の高さを考えればそろそろ最上階が近いように思う。
そんな時、僕は二つの重苦しい気配を感じた。
同時に首筋が痛んで警戒信号を発した。
サフラたちも微かな空気の変化を敏感に感じ取り、全員に緊張が走る
ホリンズはここに居ると確信を持つと、扉をゆっくりと押し開けると、部屋の真ん中にはホリンズとセシルの姿があった。
「ずいぶん早かったね。ん?たどり着いたのはたったの四人か。つまり、僕が見込んだ通り仲間を見捨てて来たわけだ」
「違う、見捨ててなんかいない!お前と一緒にするな!!」
「おやおや、そんなに怒る事でもないだろう?それに、僕と何が違いと言うんだい?所詮、他人は他人だろう。例え血を分けた姉弟だとしてもね」
「それは違う!俺は現にユエさんに会った。ユエさんは今でもお前の事を思い続けているんだ!!」
僕の言葉を聞いてホリンズの雰囲気が一変した。
先ほどまでの重苦しい空気は殺気へと変わり、彼の表情は険しくなった。
「…まさか姉さんの名前を出すなんてね。どこで聞いたか知らないが、そんな嘘の話を僕が信じるとでも?」
「嘘じゃない。俺は…」
「もういいよ。キミに姉さんの話をしたのは失敗だったね。まさかこんなに不快な思いをするなんて…。やはり時間の無駄だったな。セシル、彼らの始末をしてくれ」
「…はい」
そう言うとホリンズは背中を向けて立ち去ろうとした。
セシルは彼の命令を実行しようと剣を抜いて僕たちを見据えている。
「ま、待て!最後まで話を…」
「うるさい!キミに僕の何がわかると言うんだ?目障りだ、消えてくれ」
その言葉を合図に、セシルは雷の能力で身体能力を高めると僕らに襲い掛かってきた。
一瞬の加速力だけならビルと同等かそれ以上の速さだ。
僕にしてみれば、目で追えない速さではないものの、真正面から彼女の攻撃を受ける剣や盾は持っていない。
彼女の剣撃を紙一重でかわすと拳銃を取り出して銃口を向けた。
「なるほど…今のを避けるのか。さすが一度は父上が認めた男だな」
「セシル、どいてくれ!ヤツとの話は終わっていないんだ」
「聞いていなかったのか?お前は父上に拒絶されたんだ。大人しく黒こげになって死ね」
セシルは剣に雷を宿すと、刃を横薙ぎにして電撃を放ってきた。
帯電する膨大な量の電気は、少し触れただけで身体がローストチキンになってしまうほど強烈なものだ。
空中を走る雷は、彼女の速力を超える速さで眼前に迫ってくる。
常識的に考えれば光の速さで伝わる雷を生身の人間が避けられるはずはない。
見えた瞬間に避けようとしても手遅れだ。
それに、危険を感じた身体は身を守るために身体を硬くしてしまう。
僕もその例外には当てはまらず、身体が無意識に反応して雷から顔を背けてしまった。
雷は音速を超えると、花火の爆発音のような衝撃波と共に、僕のすぐ目の前で爆裂した。
しかし、音の割に不思議と身体は無傷だった。
恐る恐る前を向くと、僕の前に立ちはだかったアルマハウドが大剣で雷を受け止めていた。
「今の雷を受けて無傷だと!?お前…」
「ふん…お前が知らないうちに私も変わっているんだよ。余談だが、今はフランベルクのリーダーを務めている」
「お前がリーダーか。なるほど、あの皇帝ももうろくしたものだな」
「貴様…陛下を侮辱するヤツは私が許さん!」
「許さん…か。試合で一度も勝った事もないお前に、一体何が出来るというのだ?」
「そんなものは…やってみなければわからない!」
アルマハウドは大剣を振り上げてセシルに襲い掛かった。
熊のような大男の彼が剣を振り上げれば、並みの人間なら恐怖してしまうだろう。
それなのに、セシルは笑みすら浮かべて彼の一撃をかわすと、剣撃が届かない場所まで離れて距離を取った。
「相変わらずわかりやすい太刀筋だ。実直すぎる性格は変わらないな」
「黙れ。陛下を裏切り、さらに侮辱までした貴様を生かしてはおくわけにはいかない。この場で斬り伏せる!」
アルマハウドはこれまでで一度も見せた事がない険しい表情を浮かべた。
彼は刺し違えてでも彼女を倒そうとしているらしい。
決死の覚悟でこの戦いに臨んでいた。
「…すまないが、私も参戦させてもらうよ。彼女との因縁はアナタだけではないのでね」
ニーナは剣を構えてアルマハウドの横に並んだ。
彼女の表情からも決死の様子が伝わってくる。
「…一対一を重んじる騎士道には反するが、今はそんな事を言っている時ではないな」
「ふむ…誰かと思えば、ろくに魔具も使えない出来損ないか。お前が一人増えたところで結果は変わらんよ。二人とは言わず、全員で掛かってくるんだな」
「出来損ないかどうか…その目で確かめて見ろ!」
ニーナは剣の能力で空気中の水分を結晶化すると、氷柱状になった無数の氷塊を目の前に出現させた。
氷柱は長さが十センチほどあり、先端が針のように鋭く尖っている。
彼女はそれを操って弓矢のように放つと、無数の氷柱が一斉にセシルを襲った。
その光景は、弓手が集って一度に複数の矢を放ったようだ。
氷柱は弓矢とほぼ同等の速さで飛び出すと、セシルの逃げ場を完全に塞いだ。
しかし、セシルは帯電した剣を一振りすると、電撃で氷柱を全て叩き落した。
「ほう…なかなか器用だな。だが、今の力はかなりのエーテルを使ったはずだ。もはや立っているのがやっとだろう?」
「それはどうかな。アンタの目にはどう見える?」
ニーナは涼しい顔でセシルの問いに問いで返した。
昔の彼女なら、少し能力を使っただけでエーテルが枯渇して、半日近くは動けなくなっていただろう。
しかし、魔具と同調を果たした今なら、少しくらい無茶をしても簡単にエーテルが枯渇する事はない。
「…お前、リンカーになったのか。そうか…その自信を裏付けていたのはそれだったのだな。これは少々骨が折れそうだ」
「一目見ただけでリンカーだと見抜かれるとはね。さすがは“雷公”と呼ばれた伝説の剣士だ」
「ふん…そんな通り名はすでに捨てたよ。だが、“雷が効かない男”と“リンカーの女”が揃ったところで、この私を倒せるなどと…私も低く見られたものだな」
「勝つさ。この命に代えても!」
「戯言を!これを見てもまだそんな事が言えるかな?」
セシルは左手の人差し指にはめられた指輪を見えるように掲げた。
それは、ホリンズがエルフの王から奪った魔具を無力化する指輪だ。
以前はホリンズが所持していたが、今は彼女の所有物になっている。
セシルは一瞬だけ深く目を閉じると、ニヤリと笑みを浮かべた。
それと同時に、懐に入れていたコインが砕け散るのを感じた。
どうやらコインが指輪の能力を無効化する役目を果たしたらしい。
「…サイレント完了。これでお前たちの魔具は無力化された」
「ふふ…ハッハッハ、本当にそう思っているのか?では、その目で確かめてみるんだな!」
ニーナは再び無数の氷柱を出現させると、セシルは目を丸くして驚いた。
「ば、馬鹿な…!?確かにサイレントできたはずだ。お前…いったい…」
「答える義理はないよ。大人しく串刺しなってくれ!」
ニーナは氷柱を放つと、動揺が収まらないセシルは、避け切れなかったいくつかの氷柱に身体を貫かれた。
「ほう…貴様が傷付いたのは初めて見るな。自信の実力に酔った者の末路としては相応しい」
「ちッ…この程度の手傷で勝ったつもりか!?お前たちにはちょうどいいハンデだよ」
「今度は減らず口か。余裕を見せているようで、指輪の能力が効かなかった事への動揺は抑えきれないようだな」
一転してニーナとアルマハウドたちが優位に立った。
ここへ来てニコルが渡してくれたコインの効果に感謝するばかりだ。
コインがなければ今頃はセシルが優位に立ち振舞っていただろう。
いくら武芸の達人でも、動揺や気持ちに迷いがあれば本来の実力は発揮できなくなる。
出来れば彼女が、コインの仕組みに気が付いて理解する前に決着をつけたいところだ。
もうすぐ連載開始から半年です。
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