シーン 175
勝利との引き換えに支払った代償は、六名のハンターとドワーフの尊い命だった。
生き残った者たちは、この戦いで散った仲間に黙祷を捧げ、彼らの魂が迷わないよう手厚く弔った。
埋葬を手伝ってくれた仲間たちは、沈痛な面持ちで最後の別れをしている。
彼らも一歩間違えば立場は逆転していたかも知れない。
いまさらながら、死と隣りあわせの状況だと再認識する事となった。
僕は守れたかも知れない仲間たちに心の中で謝罪をして、拳を握り締め再び前を向いた。
まだ一つとしてホリンズの足取りが掴めない中で、焦りと苛立ちが募っていく。
そんな気持ちを察してか、サフラは僕の手を取った。
「レイジは頑張ったよ。レイジがいなかったら、もっとたくさんの人たちが…。だから自分を責めないでね」
サフラはいつだって僕の味方でいてくれる。
自分が辛い思いをしていても、その気持ちは出会った頃と変わらない。
そんな彼女に感謝の気持ちでいっぱいになった。
同時に、身体の強張りが少しだけほぐれた。
「…ごめんな、心配かけて。大丈夫、俺はこんなところで折れたりしないよ。ありがとな」
「うん!」
僕らは再び島の中心部へ向けて移動を開始した。
視線の先には目的地の塔が見えている。
クオルが教えてくれた通り、地上から最長部の高さは百メートル近くあるだろうか。
塔の形状は円柱で、寸分の狂いもなく積み上げられた無数の石材によって作られている。
不思議なのは材料として使われた石材の大きさだ。
遠くから眺めているため正確な大きさはわからないが、一辺の長さは僕の背と同等かそれよりも少し長い正方形の石だ。
この世界には、効率よく石材を加工する機械や材料を運ぶ自動車はないため、全て人の手で組み上げたとは考え難い。
しかし、現実に塔が存在している事を考えれば、何か理由があるはずだ。
塔に接近すると、先ほどまでの疑問を解消する光景に出会った。
そこには、大勢のジャイアントが集り、どこかの岩山から切り出してきた岩石を“のみ”のような道具とハンマーを使って加工していた。
出来上がった石材は、別のジャイアントがソリに乗せて塔まで運び入れている。
僕らは茂みに隠れながら様子を伺う事にした。
「…何だコイツら?」
「あそこで石を加工して、塔の中に運び込んでるみたいだね」
「指揮しているのはネピリムで、作業をしているのはオーグルとギガースか」
「器用だね?ほら、ちゃんと細かいところまで気を使って削ってる」
気配を察知されないよう小声で話しながら作業を見つめた。
すると、塔の中から見覚えのある女が姿を現した。
「セシルだ!」
「れ、レイジ、ダメ!」
サフラに制止を求められ何とか思いとどまった。
幸い距離が離れていたおかげでセシルには気付かれなかったようだ。
彼女は監督役のネピリムに何かを伝えると、再び塔の中に戻っていった。
ネピリムは彼女から受けた指令を部下のオーグルたちに伝えると、一転して現場の雰囲気が重苦しいものに変わった。
作業をするオーグルたちは懸命に石を加工し、運搬役のギガースはキビキビとソリを引いている。
距離が離れていたため話している内容は聞き取れなかったが、この状況から察するに工期を急ぐよう伝えたようだ。
同時に、セシルの姿が確認した事で、ホリンズの居場所を突き止める事ができた。
「…ここで間違いなさそうだな」
「うむ…しかも、ヤツらはジャイアントを支配下に置いているようだな。彼女を見てジャイアントどもが萎縮していた」
ニーナはジャイアントを睨みつけながら状況を分析した。
元々、帝都を襲撃された時点で、ホリンズたちがネピリムやドラゴンを使役できる事はわかっていた。
しかし、今回は兵士としてではなく、緻密な作業をする労働力として使っている。
現場にいるジャイアントの数を見ても、総勢で二十体を超えていた。
「ジャイアントに塔を作らせて何をするつもりなんだ?これも計画の一環…そういう事なのか」
「それにしても、まだ作ってる途中だからから完成したわけじゃないみたいだね。レイジ、どうするの?」
「このまま攻め込んでもいいが、一度本部に戻って報告した方がよさそうだな。出来れば陛下から冷静な判断を仰ぎたい」
「賛成だ。時間がない、急いで戻ろう」
僕らは急いで本部のある砂浜まで引き返した。
途中、オーグルやギガースに襲われる場面に遭遇したものの、僕らの統制が取れた連携プレーで圧倒した。
もはや相手がネピリムやグランデでもない限り遅れを取ることはない。
本部に戻ると皇帝は剣を腰に携え、僕らの帰りを待っていた。
「陛下、至急お伝えしたいことがあります!」
僕が代表してこれまでの経緯を伝えると、皇帝は苦虫を噛み潰したような顔になり、腕を組んで事態の深刻さを受け止めた。
「…して、そこにホリンズが隠れて居るという事で間違いないのだな?」
「本人の姿は見当たりませんでしたが、いつも一緒に居るセシルの姿を見ました。彼女が居ればヤツもいるでしょう」
「そうか…。それで、複数のジャイアントが作業をしていたと言っていたが、ヤツらは何をさせようとしている?」
「おそらく、ヤツの計画に必要だと思われる塔を作らせているようです。人の手で百メートルを超える建物を作る事はできませんが、ジャイアントの力を使えばそれも可能でしょう」
「なるほど…わかった。私の代わりにアルマハウドをそなたに同行させる」
「へ、陛下!?」
隣で黙って話を聞いていたアルマハウドがうろたえた。
彼の役目は皇帝の守る事だ。
しかし、皇帝が別の命令を出せば、彼はそれに従わざるを得ない。
皇帝は彼の気持ちを理解した上で、この決断を下したようだ。
「そなたはレイジと共に裏切り者のセシルを討ち取れ。それが真にフランベルクのリーダーとなった証であり務めだ」
「陛下…」
「そなたの事だ、ずっと気にしていたのであろう?魔具を持たぬそなたでは、セシルに遠く及ばなかった。その事は私も痛いほどわかっているつもりだ。しかし、今のそなたならセシルと対等に渡り合える魔具を手に入れた。きっと、それを試したいと思っているはずだ」
アルマハウドはニコルから譲り受けたミスリルの胸当てを着用している。
元々、この魔具を希望したのは、彼女の持つ雷の能力を無効化するのが主な目的だ。
それだけ彼はセシルに対抗意識を燃やしている。
以前は、電撃を喰らって手も足もでなかったが、雷や炎などの能力を無効化する胸当てがあれれば、勝算があると確信しているようだ。
皇帝もその事を理解しているため、過去の苦い経験を払拭すると言う意味も込め、彼にこの命令を出した。
「…陛下、必ずやセシルを討ち取って参ります。その間、御身の安全は私の代理であるラジェットに一任いたします。よろしいでしょうか?」
「構わんよ。私の事は気にせずレイジに協力してやってくれ」
こちらで話がまとまった頃、ドワーフやウェアウルフのチームでも動きがあった。
それぞれの距離が離れているため、詳しい話までは聞こえて来なかったが、何やら揉めているようだ。
特に大きな声が聞こえてきたドワーフたちの元に駆け寄ると、コルグスとセドアが言い争いをしていた。
普段ならコルグスを支える立場のセドアは、決して反論する事はない。
しかし、今のセドアには鬼気迫るような迫力があり、コルグス自身も驚いている事がすぐにわかった。
「待てよ二人とも。落ち着けって!」
「レイジさん、聞いてください!コルグス様をあなたのチームに入れてもらえませんか?」
「…え?」
「セドア、止せ!自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「えぇ、私は至って正気です。私はわかったんです。アナタのお力はきっとレイジ様も必要としている事に」
セドアは一心に僕を見つめて同意を求めてきた。
しかし、彼の気持ちとは裏腹に、当の本人であるコルグスは納得していないようだ。
「セドア!私はお前たちの事を思って言っているんだぞ?何故それがわからない!」
「いいえ、わかっていないのはコルグス様の方です。今は一大事なのですよ?それに、我々の町をメチャクチャにした張本人が待ち構える場所に飛び込むのです。より確実な成果を残すためにも、レイジさんに協力してあげてください」
ここまでハッキリ物を言うセドアは初めて見た。
それだけ彼も本気と言うわけだ。
コルグスも自分の意見を主張しているが、今のところセドアに分がある印象だろうか。
僕としては彼の申し出は願ってもない事だ。
実力や経験が豊富なコルグスがチームに加われば、これほど心強い事はない。
「…私は決めたのだ。先の戦いで散った仲間のためにも、お前たちを導く存在であり続けると!」
「いいえ、それは違います。きっと、彼らもそれを望んではいないでしょう。元々、我々がここにいるのは、ホリンズと言う男の身勝手な計画を止める事です。それはコルグス様もおわかりでしょう?」
「…そうだが、しかし!」
「いいえ、今回ばかりは私も引けません。これは全員の意思であります」
セドア以外のドワーフたちも気持ちは同じらしく、コルグスに熱い視線を送っている。
彼もその事をすぐに理解すると、目を閉じて黙り込んでしまった。
僕は最終確認の意味も込めてセドアの意思を確認する事にした。
「本当にいいのか?」
「はい。我々ではレイジさんのお力にはなれませんが、コルグス様ならきっと大丈夫です」
「そうか…ありがとう」
「…まったく、人の居ないところで話を進めおって。お前たち、どうなっても知らんぞ?」
「元より死を覚悟してこの島にやってきました。今さら覚悟が鈍る腰抜けは我々の中にはいませんよ。コグルス様もよくご存知でしょう?」
「ふん…お前の頑固さには負けたよ。わかった、レイジそう言うわけだ。よろしく頼むぞ」
「あぁ、こちらこそ」
ドワーフたちの話し合いが終わったところで、ウェアウルフたちのチームにも顔を出した。
こちらでもドワーフたちとまったく同様のやり取りが繰り広げられていた。
しかし、こちらはすでに話し合いの決着がついており、あとはビルが首を縦に振るだけの状態だ。
「…ビル、お前も仲間が心配なんだよな」
「仲間は家族、そして、大切なかけがえのない者たちだ。しかし、そのかけがえのない者たちの気持ちを汲み取れば、私の意見など子どものわがままと変わらないよ。それで、私から直接キミに頼みたいんだ。キミのチームに入れてくれないか?」
「もちろんだ!」
僕の即答を聞いてビルは満足そうな顔をした。
これで、僕のチームにはサフラ、ニーナ、クオル、アルマハウド、コルグス、ビルの七人編成になった。
同時に、今回の主力メンバーでもある。
コルグスとビルの抜けた穴は、二つのチームを統合する事で戦力を補う事になった。
元々、ドワーフとウェアウルフは住んでいる地域の違いから、敵対関係にないため共通の志を持つ者同士として共闘を快諾してくれた。
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