シーン 174
ジャイアントとの戦闘で得た経験値は、チーム全体のレベルは確実に底上していた。
一度倒した経験を積めば、次回から感じる恐怖や不安を勝利の文字で上書きされる。
そのため、動きも固くならず普段通りに立ち回る者がほとんどだ。
おかげで、こちらの怪我人は皆無で、装備を損傷した者もいなかった。
「今回の損失はゼロか。頼もしい仲間たちだな」
「うん。みんな、自分より大きな相手と戦う時の動き方がわかってきたみたい。私も頑張らないと!」
サフラは握り拳を作って力いっぱい握りしめた。
彼女自身、小柄な身体を活かした素早い身のこなしは、ジャイアント戦では特に有効で、一時的に注意を引き付ける役目には申し分ない。
その間にニーナやクオルがダメージを与え、弱ったところを僕が仕留める戦術が確立した。
他のチームも似たような戦術でジャイアントの注意を引きつつ、大勢で襲い掛かって倒している。
戦闘が終わってしばらくすると、本部へ補給に戻っていたチームが合流した。
これからさらに激しい戦闘が予想されるため、彼らの戦力は非常に助かる。
僕らは改めてチームを再編成すると、塔の探索を再開した。
葦原を抜けると、今度は毛足の短い草原地帯が広がっている。
近くに敵が姿を隠す林や岩場がないため、敵の有無は一目瞭然だ。
「…またオーグルの群か。数は先ほどより少ないが、気を抜かずに行くぞ!」
今度は五体の群れを見つけた。
僕らの動きは、草原に踏み入れた時点で察知されているため、避けて通る事は出来ない。
各自が鼓舞するように雄叫びを上げると、各個撃破を開始した。
戦闘が始まると、二チームに分かれていたドワーフたちは、協力して二体のオーグルを取り囲んだ。
そして、仲間たちが注意を引いている間に、コルグスが斧に意識を集中すると、周囲の空気を集めて巨大な竜巻を作った。
竜巻の中は細かな砂利や瓦礫などが巻き上げられている。
竜巻は仲間たちが取り囲んだオーグルに襲いかかると、無数の砂利や瓦礫でもみくちゃになり、あっと言う間に血達磨になってしまった。
最後は仲間が一斉に襲いかかり、オーグルは反撃する間もなく絶命した。
「アイツら派手にやってるな。俺たちも負けていられないぞ!」
僕は拳銃から自動小銃に持ち替えて駆け出した。
まず、動きを封じるために、足の脛に向けて無数の弾を撃ち込む。
人間でも脛をぶつければ痛い思いをするが、これはジャイアントでも同じ事だ。
オーグルは、弁慶の泣き所を撃ち抜かれると、痛みに耐えきれず膝をついた。
そこへ、サフラが背後に素早く回り込み、鞭で背中に打撃を入れてさらに撹乱する。
最後はニーナとクオルが同時に飛び上がって首を切り落とした。
戦闘に掛かった時間は、インスタントラーメンが出来上がるより短く、危なげのない戦い方だ。
残りの二体もハンターとウェアウルフのチームがそれぞれ殲滅した。
もはやオーグルが相手なら苦戦する事はない。
「とりあえずこの近くに敵はいないな。これまでの感じだと、この島にはオーグルの数が一番多い印象だよな?」
「みたいだね。そうなると、知能が高いネピリムや身体が一番大きなグランデは稀少かも?」
彼女の言うグランデは、他のジャイアントと比べても身体がとてつもなく大きい。
確認されている最大級のものは、全長が十五メートルにも達するため、遠くからでも一目でわかる大きさだ。
今のところ姿は確認できないため、もっと別の場所に居るのだろう。
もちろん、出来ることなら戦いたくない相手だ。
「そう言えば、ジャイアントってどうやって身体を維持してるんだ?餌がないとあそこまでデカい身体にならないと思うんだが…」
「その答えはいずれわかるよ。私も噂程度の情報しか知らないから何とも言えないがね」
「噂?」
「たぶん、私の聞いた話が確かならそのうち現れるよ」
ニーナは何か知っているようだが、詳しくは教えてくれなかった。
ちなみに、今居る草原は、砂浜に面した林や葦原よりも海抜が低く、ところどころに水溜まりや大きな池を見つけた。
水辺があれば、そこには自然と動物たちが集まってくる。
しばらくすると、頭に巨大な角を持った水牛の群れが現れた。
続けて二本の鋭い牙と長い鼻を持つ象の群れも姿を見せた。
「…おいおい、ここはサファリパークかよ!?」
「サファリ…?それ、何するところ?」
「あぁ、そうか。この世界にはないんだよな。うーん…いろいろな動物を集めて人に見せる施設だ。それにしても、肉食獣や魔物の気配がしないな。いるのは草食の大人しそうなヤツばかりだ」
「気が付いたかい?他の肉食獣たちはジャイアントに淘汰されてしまったのさ。だから、島の生態系の頂点に居るのはジャイアントと言う事になる」
ニーナは島の状況について知っていたようだ。
先ほどの言葉もこの事を言っていたのだろう。
餌となる草食動物は豊富だが、ジャイアント以外の競合する肉食動物は全て淘汰され、他とは違う生態系が確立されている。
ジャイアントは、大型の草食動物を狩れば餌を容易に確保できるため、大きな身体を維持できるという事のようだ。
「…待てよ?水辺に草食動物が集まるなら、それを狙ってジャイアントも集まって来るんじゃないのか!?」
僕が疑問を口にした直後、遠くから地響きを伴って巨大なジャイアントが現れた。
身体の大きさはオーグルやギガースとは比べものにならない。
遠くに見える林の中で胸から上が覗いている。
「…ついに現れたな。この島の主だ!」
現れたのは体長が十メートルを超えるこの島最大の生物“グランデ”だ。
その存在感は圧倒的で、オーグルやギガースが可愛く見えてしまうほど。
グランデの出現により、水辺に集まっていた動物たちは一斉に逃げ出していった。
幸いな事に、今回現れたのは一体だけだが、グランデはすでに僕らの姿を見付けている。
今から逃げようにもすぐに追い付かれてしまうだろう。
いつかは戦う相手だと覚悟は決めていたが、思っていたより早くに遭遇してしまった。
「みんな!一体とは言え今までのヤツとは桁違いだ!!気を抜くなよ」
仲間たちに呼び掛けて戦闘態勢に入った。
相手が大き過ぎるため、通常の剣や槍ではなかなか太刀打ち出来ない。
そのため、今回は魔具を持ったメンバーが主戦力になる。
最初に動いたのはコルグスだ。
彼は斧を激しく回転させると、周囲の空気を集めて巨大な竜巻を発生させた。
これは先ほどオーグルに放ったものと同じだ。
彼は竜巻を操ると、そのままグランデを飲み込んだ。
普通ならこの技を受ければ、全身が瓦礫に揉まれて血達磨になってしまう。
彼もそれを想定してこの技を使ったはずだ。
しかし、グランデは竜巻の中で足を思い切り踏み鳴らすと、衝撃音を伴った振動で掻き消してしまった。
同時に大地が激しく揺れ、仲間に恐怖が伝播した。
「…ば、バカな。竜巻を踏み抜いて渦の力を相殺しただと!?」
「コルグス、離れろ!!」
グランデはコルグスを踏み潰そうと足を高々とあげた。
あわや万事休すという状況で、中には目を覆っている者もいる。
その時、セドアが彼の身を案じたて飛び出し、間一髪のところで事なきを得た。
「コルグス様、ご無事ですか!?」
「…す、すまん。しかし、何という巨大さだ!」
「ここは危険です。早く!」
セドアはコルグスに逃げるよう促してグランデから距離を取った。
「コイツはドラゴンと同等の相手だな。さすがはこの島の主か…」
ニーナは下唇を噛んで悔しさを滲ませた。
今回のグランデは、以前戦ったグリーンドラゴンとは状況が大きく異なる。
グリーンドラゴンの場合は、自ら狭い城内に入り込み、身体を自由に動かせなかったため、本来持っている力をほとんど出す事はできなかった。
しかし、グランデの場合は、行動に制約がない草原で自由に立ち回る事が出来る。
この違いだけでも、グリーンドラゴンよりも遥かに強敵だ。
グランデは僕たちに向かって駆け出してきた。
そのまま踏み潰そうと考えているらしい。
体格差から考えても、蹴られただけで即死してしまうだろう。
「みんな、散れッ!」
僕が注意を促すよりも早く、グランデは蹴りを放ち、逃げ遅れた数名のハンターとドワーフの身体が宙を舞った。
蹴られた時点で全身の骨が砕け、地面への落下が決定打となりその場で全員が息を引き取った。
「クソッ!好き勝手やらせるかよ!!」
若いハンターの男は、仲間を殺された怒りで我を忘れ、サーベルを持ってグランデに襲い掛かった。
しかし、彼が放った剣撃は足の強靭な筋肉に阻まれ、それ以上刃が進まない。
グランデは男への興味を失うと、足を少し上げてそのまま踏み潰してしまった。
その光景を見て、仲間の士気は急激に下がり、絶望感に包まれていった。
だが、こんな時こそ気持ちで負けてはいけない。
僕は空に向かって雄叫びを上げると、全員の注意を集めた。
「ニーナ、クオル、コイツを倒すには二人の力が必要だ。力を貸してくれ!サフラはそこで待機。新手への警戒をしてくれ!!」
「レイジ、キミはヤツを仕留める方法を考えてくれ」
「わかった」
戦術はこうだ。
まず、ニーナが先制してグランデの足を氷漬けにする。
ニーナの役目は、一瞬でも動きを止める事だ。
続いて僕が重機関銃で脛に風穴を開ける。
これは先ほどのオーグルと同じ戦術だ。
最後の仕上げは、クオルが剣の力で腕力を強化して首を切り落とす計画だ。
幸いな事に、グランデは水溜まりに片足を突っ込んでいるため、ニーナの能力を存分に活かせる状況だ。
彼女は剣に意識を集中すると、グランデの右足を一瞬で氷漬けにした。
これを見て仲間たちが歓声をあげる。
しかし、能力を使った彼女は苦しそうな顔をした。
やはり、離れた場所に対して広範囲に能力を使う代償は大きいらしい。
それでも、ここまでは予定通りだ。
続けて、氷漬けになった足に重機関銃を向け、脛に無数の風穴を開けた。
これにはさすがのグランデでも悲鳴を上げ、身体が大きく揺らぐと、そのまま膝をついて土下座のような姿勢になった。
クオルは、剣の能力で足と腕を同時に強化すると、思い切り飛び上がってグランデの首筋に渾身の斬撃を加えた。
「凄い…あの男もなかなややるぞ!」
ドワーフの一人が驚きの声をあげた。
今まで僕やサフラ、それにニーナの三人に注目が集まっていたため、彼が活躍するシーンはほとんどなかった。
クオルの一撃を受けたグランデは、首筋を深く斬り裂かれ激しく悶え苦しみ、そのままうつ伏せになった。
このまま失血死を待つのも一つの手だが、事切れる直前に足掻いて暴れられては堪ったものではない。
僕はショットガンに持ち替えると、ギリギリまで近付いて至近距離から散弾を連打した。
グランデは、ゼロ距離なら鉄の鎧すら破壊する散弾によって頭が破壊され、完全に動かなくなった。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




