シーン 172
島内の探索は、複数のチームを編成して広範囲に行う事になった。
ちなみに、チーム編成は同じ種族同士が原則となっている。
いくら協力関係にあるとは言え、何かあってからでは遅いと言うのが皇帝の考えだ。
また、探索中にジャイアントと遭遇した場合は、無理に倒そうとせず不必要な戦闘を避けるよう通達があった。
僕のチームはサフラ、ニーナ、クオルの四人編成で出発した。
ここにダイドが加わればバレルゴブリンの討伐をしたメンバーだが、彼は拠点に設置した本部で情報集約と分析をする事になっている。
また、彼は僅かな情報から状況を分析する能力に長けているため、皇帝からも信頼されているようだ。
探索の際に注意しなければいけないのは、拠点からあまり離れない事だ。
迷子にならない事はもちろんだが、周囲に何があるのかわからないため、安全の確保が最優先になる。
それに、それぞれのチームが離れすぎない事も重要だ。
必要があれば近くに居る仲間同士で助け合う事で、危険を少しでも軽減出来る。
僕の場合は、気配でおおよその敵の位置が把握できるため、それほど気にした事ではないのだが。
砂浜から少し離れると、十メートル前後の木々が並ぶ林が広がっていた。
松に似た針葉樹やゼンマイなどのシダ植物が目立った。
しかし、周囲に生き物の気配は感じない。
「とりあえずこの近くに敵の気配はないようだ。ジャイアントが居るのはもっと内陸部か。思ったよりデカい島なんだな」
「海の上から見ても大きく感じたよ。でも、これだけ広いと闇雲に捜索するのは効率が悪いよね」
「そうだよな。どこか高台みたいなところから島を一望出来るといいんだけど。例えば、この木の上とか」
何気なく口走るとクオルが一歩前に進み出た。
「じゃあ、俺が登って見て来るよ。木登りは得意なんだ」
「え?」
「いいから、いいから。見てなって」
そう言うと、器用に大木をよじ登って行った。
得意と言うだけあり、身のこなしは軽やかでまったく躊躇がない。
手足の運びを見る限り、次にどこを掴んで登るのかよくわかっているようだ。
仮に僕が登るとすれば、命綱をつけていても尻込みする自信がある。
元々、高いところが得意ではないので当然といえば当然なのだが。
感心していると彼はあっと言う間に頂上付近まで登りきり、片手を離した体勢で周りを見渡した。
一歩間違えばそのまま転落しそうな状況だけに、見ているこちらもヒヤリとしてしまう。
「…あれは何だ!?」
クオルは突然大声をあげた。
彼の驚き方を見て僕らに緊張が走る。
「どうした?」
「遠くに巨大な塔のようなモノが見える!人工物のようだ」
「人工物?他に何か見えないか!?」
「塔の近くに広場のような場所が見える。あとは…ここからではよくわからない!」
「そうか、じゃあ気をつけて戻って来てくれ」
クオルは登るよりも早く木から降りてきた。
「お前が見た塔ってどの方角だった?」
「東だ。ちょうど島の中心部だと思う。天を突くようにそびえ立っていた。あの大きさだと、俺が登った木の数倍…いや、十数倍はあるだろうな。下手をすれば、クリスティーン号の全長よりも長いぞ」
クオルの説明が正しければ、塔の高さは推定で百メートル近くになる。
この世界では、五階建てを超える建物はほとんど目にした事がない。
人間が作った最大規模の建築物である宮殿でさえ、地上から最長部の高さは地上から三十メートル程度だ。
そのため、彼の見たものの大きさは尋常ではない事がわかる。
「一度報告に戻ろう。他のチームも何か情報を得ているはずだ」
砂浜に戻ると、一足先に戻ったドワーフのチームが本部に居るアルマハウドに状況を報告していた。
チームリーダーはコルグスで、十人ほどの仲間を引き連れている。
他のドワーフたちはセドアがリーダーを務めるチームだが、まだ戻ってくる気配はなかった。
ちなみに、本部は日よけ用のテントと机、椅子を配した簡素な作りで、必要最低限のものしか設置されていない。
ボートで運べる物資には限りがあるため、仕方ないと言えばそれまでだ。
「戻っていたのか。そっちはどうだった?」
報告を終えたコルグスに声を掛けた。
「そこに見える林を抜けた先で恐ろしいモノを見つけた…さすがに背筋が冷たくなったよ」
「恐ろしいモノ?」
「あぁ…ジャイアントの足跡だ。数からして四体ほどの群れらしいが、まだ新しかった」
「じゃあ、近くに四体のジャイアントが居るって事か」
「どうだろうな。足跡が向かった先は島の内陸部だったから何とも言えないが。それより、お前たちは何を見つけた?」
「巨大な塔と広場だ」
「塔に広場?」
コルグスの顔が曇り眉間にシワが寄った。
話を聞くところによると、彼らは僕らと違う地域を捜索したようだ。
つまり、上陸した砂浜から南の方角と言うことになる。
「クオルが木に登って見つけたんだ。塔の高さは推定で百メートルくらいのようだ」
「百メートル…しかし妙だな。フォレストメイズの施設で見つけたこの島の映像には、そんなモノは映っていなかったが…」
「それは俺も不思議に思ったんだが、相手がホリンズだと考えれば不可能な話ではないと思う。これは都合のいい解釈かもしれないが、それでヤツは俺たちを出し抜いてきたからな」
「だが…ヤツ一人で建設したとは到底思えないな。それに、それほどの高さともなれば、相当な人数の労働力が必要だろう?もちろん、測量技術も重要だな」
「その辺りも含めて追加の調査が必要だな」
今回の探索で見つけた情報を皇帝に報告すると、コルグスと同じように表情が曇った。
やはり高さが百メートル近い建物と言われても、想像の域を超えているらしい。
僕にしてみれば、前世の記憶に照らし合わせてしまうため、それほど驚く事はなかった。
それでも、フォレストメイズで見た映像には、塔や広場は映っていなかっただけに、疑問だけが膨らんでいった。
おそらく、ホリンズに関係するモノだと想像できるが、ジャイアントが徘徊する島の中で建物を作るという状況は、率直に言って簡単に納得できるものではない。
本部で待機していると別のチームも続々と報告に戻ってきた。
その中に、クオルが見た塔の情報を持つチームもあり、情報の信憑性はより一層深まっていった。
「…なるほど、集った情報を整理すると、その塔と広場のようなものが怪しいようだな。しかし、内陸部はジャイアントが徘徊する危険な地域でもある。易々と近づけるようなものではないか」
「陛下、私に兵を割いていただければ、直接調査に当たりますが?」
「アルマハウドよ…そなたの気持ちもわかるが、危険だとわかっている場所へわざわざ送り出すような真似はさせんよ。幸いまだ時間はある。慎重にいくしかあるまい」
結局、この日の調査は打ち切りとなった。
「しかし…ここがジャイアントランドだなんていまだに信じられないよ」
ニーナは頭上に広がる満天の星空を眺めてポツリと呟いた。
僕とサフラもその隣に座り、彼女に習って空を見上げる。
最近はゆっくりと空を見上げる時間はほとんどなく、忙しい日々を送っていた。
そんな状況だからこそ、夜空に散りばめた無数の星が幻想的に映った。
少し残念なのは、地球から見上げる夜空と違い、見知った星座が見つからない事くらいだ。
それでも、元々あまり天文学の知識がないため微々たる問題だった。
「まだジャイアントには遭遇してないから実感はないけど、夜だからって気を抜くなよ?」
「わかっているよ。さすがに私も死にたくはないからね。それに、今晩は見張りを増やすそうじゃないか?」
「危険な事には変わりないからな。それより、明日は塔を調べてみようと思うんだ。そこにヤツの痕跡があればビンゴ。なければ捜索は振り出しに戻る」
「これは女としての勘だが、おそらくヤツは塔に居るのではないかと思うよ。サフラちゃんもそう思わないかい?」
ニーナがサフラに同意を求めようとすると、彼女は一つ大きなため息をついた。
「…そうですね」
「ん?どうしたんだい」
「いえ、昔話に似たようなお話があったなって…思い出していただけです」
「昔話?」
「えっと…すっごく高い塔に、悪い魔法使いが居るお話だよ」
「あぁ、確か異端の魔法使いがこの世を支配しようとして、高い塔の上から魔法を掛けようとする物語だったね。うーん…あの話、最後はどうなるんだったか…?」
「確か、聖なる灰で魔法使いに乗り移っていた邪悪な闇を払うお話…だったかな?」
「なんだよ、二人ともうろ覚えじゃないか。でも、それが何だって言うんだ?」
「うーん…少し似てるかなって思っただけ。特に意味はないよ?」
「意味はないって、オチがない話かよ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
それを見てニーナも思わず吹き出して笑っている。
笑い者にされてしまったサフラは、頬を膨らませて顔を赤くした。
昨晩はシリアスモード全開のやり取りだったが、一日経てば状況はまったく変わってしまう。
当たり前の事だが、一日として同じ夜はやってこない。
どちらかと言えば、僕はこんな夜の方が好きだ。
毎日がこんな夜になればどれだけ楽しいだろうか。
そんな風に過ごせていけるなら、僕はできる限りの努力をしようと思う」。
深夜。
砂浜の周りを取り囲む林の一角で、人ならざる者の気配を感じた。
同時に、警戒にあたっていたハンターは、夜目を利かせ状況を確認すると大声をあげた。
「オーグルだ!!」
現われたのは、ジャイアントの中でも一番身体の小さい種類だ。
しかし、小さいと言っても体長は三メートルを超えているため、人間を軽々と殺せるほどの腕力を持っている。
「やはり現われたか…総員、戦闘態勢!夜目の利かぬ者は本部で待機!!」
皇帝が指示を出すと、ビルを始めとしたウェアウルフたちが一斉に襲い掛かった。
彼らは人並みはずれた俊敏性と獰猛な牙や爪が武器で、狩をする時は集団で獲物に襲い掛かる。
今回も普段と同様に、仲間同士の連携を生かした戦術でオーグルを倒そうとしているようだ。
加勢に向かおうとしたが、連携を乱してしまう恐れがあるため、出遅れてしまった僕らに出番はなさそうだ。
次の瞬間、ビルが放った爪の一撃は、オーグルの身体をいとも容易く切り裂いた。
ほとんど致命傷と言っても過言ではないダメージに、オーグルは堪らず膝をつき、そのまま嬲られるように絶命した。
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