シーン 166
ついにジャイアントランドに出発する日を迎えた。
宮殿の中庭には、この作戦に参加する有志たちが集まり、皇帝からの熱い激励が行われた。
目的は参加者の志気を高めるためだ。
その途中で、何故か僕の名前を呼ばれ、参加者全員の前に立たされてしまった。
事前に打ち合わせが行われなかったため、突然の事で頭の中が真っ白なり、同時に顔が熱くなるのを感じた。
それでも、皇帝は気にせず簡単に僕の簡単に紹介をしてくれた。
何か発言しろと強要されるのではないかと心配したが、その心配は無用におわった。
元はと言えば、これは僕が呼び掛けて始まった事だ。
それが今、五十人以上の仲間が集まり、一つの目標に向かって進もうとしている。
初めは小さな一歩でも、少しずつ積み上げてきた結果だった。
皇帝の演説は形式ばっているものの簡潔で的を得ていた。
そのため、参加者は退屈な思いをする事もなく、言葉を噛み締めるように耳を傾ける姿が目立った。
皇帝は実力と人気を両立する指導者のため、人心を掌握する能力にも長けている。
そのため、この手のパフォーマンスはお手のものだ。
演説の最後には盛大な拍手が送られた。
皇帝からの激励が終わると、皇帝を先頭に馬車の隊列が出来た。
今回は精鋭ばかりが集まっているため、小規模な戦争を仕掛けるのに等しい戦力だ。
隊列を組む馬車の数も十台近くが並び、街道は物々しい雰囲気に包まれている。
帝都を出発した僕らは、一路東の果てにある港町を目指した。
サフラの話では、東にある港町を“ポートガリア”と言うらしい。
帝都からポートガリアまでの距離は馬車で約三日の距離だ。
つまり、途中の宿場町で二泊する計算になる。
たくさんの馬車が並んだ光景を見ると、感慨深い気持ちになった。
これだけの人数で行動をするのは久しぶりだ。
前世では日常的に集団の中で生活していた。
今では遠い日の記憶になってしまった学校がそれだ。
集団の先頭を行く皇帝を担任の先生とするなら、殿を務める僕はクラス委員長と言ったところか。
「…私、緊張してきちゃった」
いつものように隣の席に座るサフラは、拳を握り締め表情は引き締まっていた。
これから危険の中に飛び込むとわかっているだけに、徐々に緊張が高まっているようだ。
「あまり固くなるなよ?咄嗟の時に動けないからな。大丈夫、きっとウマくいくさ」
「…うん。このために準備してきたんだもんね。弱気になっちゃだめだよね!」
「おう、その意気だ!それにしても、これだけの大部隊だと民族大移動って感じだよな?」
「一度にたくさんのキャラバンが移動してるみたいだよね。陛下も張り切ってるみたいだし、アルマハウドさんも大変そうだね」
「間違いない。陛下って一見冷静そうに見えて、実は結構熱血漢だからな。一人で黙々と剣の稽古もこなしてたし、結構体育会系だよな」
アルマハウドは皇帝を警護するため、一番先頭の馬車にいる。
有事の際はすぐに飛び出せるように配慮しての事だ。
その後ろには、腕利きのハンターが乗る馬車が控えているため、皇帝の護りは万全だった。
「フフッ…楽しそうじゃないか」
不意に背後から笑い声が聞こえると、荷台に居たニーナが御者台にやってきた。
そして、断りも入れずにそのまま僕とサフラの間に座った。
一応、御者台は三人掛けの作りにはなっているものの、実際に座って見ると少し窮屈な感じがする。
肌と肌が密着する距離感は、相手がニーナであろうと気を使わずには居られない。
「に、ニーナ…いきなり何だよ?」
「いいじゃないか、私も話に混ぜてくれたって。そうだろう、サフラちゃん」
「はい、ニーナさんも一緒にお話しましょう。今、陛下とアルマハウドさんについて話してたんですよ」
「あぁ、後ろで聞いてたよ。それにしても、あの男爵がフランベルクのリーダーになったなんてね。初めは嫌がってたみたいだけど、一体どういった心の心境の変化なんだろうか?」
「うーん…やっぱりセシルの裏切りが大きかったんじゃないか?ほら、アイツ自信もかなり落ち込んでいたからな。あと、決定打になったのはあの襲撃事件だな。陛下を守れるのは自分しか居ないと確信した顔をしていたから、その時に決心がついたんだろう」
「そうだな…彼女は…セシルは私の目標でもあったからな…」
そう言うと、ニーナは唇を噛み締め、やり場のない気持ちを押さえ込んだ。
彼女自身、将来はフランベルクへの入隊を強く希望していたと聞いた事がある。
そして、そのリーダーを務めていたセシルには、同じ戦士として、同じ女性として強く惹かれていた。
しかし、彼女がホリンズの娘であり、裏切り者だと知った時、彼女の中でセシルの理想像は完膚なきまでに砕け散り、同時に憎むべき対象に変わっていた。
国を脅かし、自分たちにも牙を剥いた彼女を許せないと感じている。
「…ニーナ、これだけは言っておく。セシルに会っても深追いはするなよ。アイツの強さは尋常じゃない。気を抜けば一瞬で黒コゲになるか、胴と首が離れるぞ」
「わかっている。だが、引けない戦いとなれば話は別だ。例えこの身を犠牲にしても、彼女を止めなければならない。それに、今の私は以前とは違うのだよ。ヴェロニカ殿のおかげだ」
「そういえば、能力を使ってもほとんど疲弊しなくなったんだよな。確か温度を操る能力だったか?」
「あぁ、使い方次第ではあるが、主に空気中の水分に働きかける能力だ。仕組みを知らない者が見れば、空中に突然氷塊が現われたように見える能力だ」
「それって、どのくらいまで能力が及ぶんだ?」
「うーん…細かく調べた事はないが、目視出来る範囲だろうな。だから、相手が物陰に隠れていたら能力は発揮できない。この辺りは注意が必要だな。あと、これはヴェロニカ殿に教えてもらったんだが、対象から距離が離れればエーテルを多くしようしてしまうらしい」
「目視できる範囲か…じゃあ、身を隠す場所がない平原なんかで戦ったら有利だな」
「そうとも言えるが、逆を言えば森のような場所は不利になる。その点、サフラちゃんの鞭は使う場所を選ばないから便利だね」
サフラが扱う魔具は一言で言えば“意思を持った鞭”だ。
使用者がイメージした通りに自由に動き回るため、攻撃から防御まで幅広く対応できる。
特に、攻撃に対して鞭を反応させる防御は、無駄な隙が少ない点が最大のメリットだ。
あえてデメリットを挙げるとすれば、鞭の反応速度を超える攻撃には対応出来ない点だろうか。
しかし、飛んで来る矢を叩き落すほどの性能があるため、デメリットとは言い切れないだろう。
「この子は私の戦い方に合っているような気がします。おかげでいろいろな戦術を試せるようになりました」
「鞭のおかげで防御を気にしなくていいから、サフラちゃんが得意の“バックスタブ”も活きてくるようになった。短い間にココまで上達するとは思ってもみなかったよ」
「ニーナさんの教え方が上手なんですよ。私はただ教えられた通りにやっているだけですから」
「いいや、ホント、サフラは努力家だよ。それに、ニーナの指導も的確だから伸びるんだろうな。俺が教えたらこうも上達はしなかったはずだ」
「あぁ、一度教えた事をすぐに吸収する物覚えの良さは、教える身としても楽をさせてもらっているよ」
馬車は順調にポートガリアに向かっていた。
亜人や魔物の襲撃もなく行程は予定通りだ。
そのまま歩みを進めていくと、街道の脇にひなびた村を見つけた。
今は地図を持っていないため、この村の名前はわからないが、ニーナによればマオとエールの出身地ではないかと言った。
根拠となるのは、村の中心にある特徴的な建物で、村で取れた作物を保存する赤レンガの倉庫だ。
この村から少し北の村に、レンガ作りが盛んな町があるらしく、そこから運んできた物を使っているらしい。
村の周りは簡素な木製の柵で取り囲んでいるものの、亜人や魔物の対策としては不十分に見えた。
ニーナによれば、この村にも近くの支部から派遣されたハンターが常駐しているようだ。
村は農業で生計を立てる典型的な農村で、村の近くには小規模な農場が広がっている。
この村の特産は小麦らしく、帝都にも供給されているようだ。
まだ収穫の時期には早いが、農夫たちは畑の手入れに余念がなかった。
「じゃあ、あの村にマオとエールの両親が居るのか?」
「うーん…ハッキリとは言えないが、引っ越していなければそのはずだ。ただ、二人は昔の事をあまり話してくれないから、実際にはわからないけれどね」
「俺は聞いたらマズイと思って聞かなかった。二人が思い出さないようにしているようにも見えたからな。だけど…きっと、離れ離れは寂しいよな」
「それは…寂しいとは思うだろうが、奴隷の身分に落ちた者は故郷に戻る事はできないんだよ。それが奴隷に科せられた暗黙のルールでもある」
「ルールって…使用者が許可してもダメなのか?」
「うーん…厳密には許可されていると思うが、それをする使用者はほとんどいない。むしろ、故郷への未練で奴隷の働きが悪くなったという話も聞いた事がある。奴隷は奴隷らしく扱う事が好ましいという考え方だな」
「納得いかない解釈だな…」
「まあ、キミが許可したいならそうすればいい。だが、今は店が忙しいから、家に戻る時間なんてないんじゃないのか?」
「そうだとしてもだ…いや、二人の意思を確認するのが先だな」
マオとエールを連れて来たのはペオだが、所有権は主である僕にある。
それでも、今まではペオに任せきりだった。
最近は、家に来た時よりも笑顔が見えるようになり気付かなかったが、彼らにも家族がいるのだ。
いくら彼らの事を家族だと言っていても、心の中までは把握する事はできない。
寂しい思いをしているなら、故郷に返してやる事も必要だろう。
本人たちの意思を確認したわけではないが、希望すれば願いを叶えてやりたいと思った。
それからしばらく単調な景色が流れ、本日の目的地が見えてきた。
元々、宿場町として栄えた町で、今も帝都とポートガリアを結ぶ重要な拠点になっている。
今日はこの町で一泊して英気を養うことになった。
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