シーン 159
コルグスはパソコンのような端末に向かい、慣れた手つきで操作を始めた。
どのような仕組みかはわからないが、彼には理解できるようだ。
キーボードのようなパネルをブラインドタッチで軽快に叩いていく。
作業を見守っていると、巨大なスクリーンに航空写真のような映像が表示された。
そこには楕円形の島が映っている。
「…これは?」
「ヤツが潜伏している場所のようだ。しかし厄介だな。まさかココを隠れ家にするとは…」
コルグスの顔が険しくなった。
どうやらホリンズの居る場所に問題があるようだ。
映像を見たところ、島は絶海の孤島といった雰囲気がある。
島の中心には隕石が衝突してできたと思われる巨大なクレーターがあった。
「この島がどこにあるのかわかるのか?」
「あぁ、この特徴的な島の形を見てすぐにわかった。ここは“ジャイアントランド”だ」
「ジャイアントランドだと!?」
スクリーンに見入っていたアルマハウドが声をあげた。
ジャイアントランドは文字通り、“巨人の住む世界”で、“悪魔の島”とも呼ばれている。
ちなみに、島までの距離は大陸の一番近いところから大型の帆船を使って半日ほど。
小型の漁船なら風向き次第では一日近くかかる。
「間違いない。見ろ、ここにヤツの計画が記されている」
コルグスは画面を切り替えた。
すると、そこには計画に関する詳細な情報が文字で示されていた。
内容を見てもホリンズが話していたモノと一致している。
その中に気になる文字を見つけた。
「…セ、デ、キ、ム?なあ、セデキムって何だ?」
「うーん、何だろうね?」
みんなに確認してみたが心当たりはないらしい。
だが、おそらく計画の中心的な役割を果たすものだろう。
よく見るとこの言葉は何度も登場していた。
他にも何かを表す数字が散見される。
コルグスはさらに情報を引き出そうとした。
しかし、これ以上の手掛かりは見つからなかった。
「…どうやら、他の情報は全て抹消したらしいな。これ以上はやっても無駄のようだ」
「そうか。コルグス、ありがとう」
「しかし、これだけではヤツが何を考えているか見当がつかないな。とりあえず場所はわかったが…まさかジャイアントランドとはな」
アルマハウドは苦虫をかみつぶしたような顔になっている。
それはニーナやコルグスも同様だ。
ホリンズが相手と言うだけで勝算は低くなるのに、島の中を無数のジャイアントが徘徊しているとなれば、作戦に支障が出るのは容易に想像できた。
仮に、何とかホリンズと接触できたとしても、その頃には疲弊しているだろう。
出来ればホリンズと相対する時は万全の状態で立ち向かいたい。
「ダメだ、このまま立ち止まっているわけにはいかない!みんな、急いでこの場所に行くぞ」
「…レイジ、キミの気持ちはわかるが、さすがに今回は分が悪い。それはキミにもわかるだろう?」
ニーナの声にいつもの勢いはなかった。
まるで全てを悲観してしまったように、顔には暗い影がある。
「わかってる、巨人が徘徊する島だろ。だからって、このままで何もしなければ全てが終わるんだぞ?それに、ヤツの居場所がわかったんだ、手をこまねいている時間はない」
「レイジ、お前もジャイアントどもの恐ろしさは理解しているはずだろう?そんなヤツが同時に襲って来れば無事ではすまない。私だってさすがに尻込みしてしまうほどにな…」
アルマハウドもいつになく悲観的だった。
彼自身、一人で何度かジャイアントを討伐した経験がある。
しかしそれは相手が一体だけの話だ。
元々、この大陸にジャイアントは存在しない。
ジャイアントがこの大陸に居るのは、何らかの理由でジャイアントランドから海を渡った者だけだ。
一体だけなら何とかなるが、二体以上と戦った経験はない。
そうした事から複数のジャイアントに襲われた場合を懸念していた。
ましてや、ジャイアントの中でも特に知性が高いネピリムは、自分よりも下位のジャイアントを使役する。
そんな相手と出会えば命がいくつあっても足りない。
他にも、身長が十五メートルに達するグランデは、以前戦ったグリーンドラゴンよりも巨大だ。
そのため、ジャイアントランドの恐ろしさを良く知るニーナやアルマハウド、それにコルグスの考えは否定的だった。
「…えっと、私たちの力が足りないなら、もっと仲間を集めたらどうかな?私たちと同じ考えを持った人たちを集めるの」
サフラはみんなの顔色を伺いながら控えめに発言した。
「集める…か。口で言うのは簡単だが、一体どうやって集めるつもりだ?何か策でもあるのか?」
「ごめんなさい、アルマハウドさん。今の私にはこんな事しか言えないけど…でも、どうにかしたいって言う気持ちは嘘じゃないの!だから、何もしないで立ち止まりたくないなって、そう思うだけです…」
よく見るとサフラの肩が震えていた。
それでも、後悔しないようにと自分の思いが伝えられ、少し安堵したようにも見える。
彼女なりに責任を感じているのもしれない。
自分と血縁のあるホリンズが関わっているのだから、彼女も他人事とは思えないようだ。
僕に出来ることは後悔しないよう、明るい未来を切り開くこと。
そのためには今出来る事を精一杯やるだけだ。
僕は大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。
「…みんな、ここまで協力してくれてありがとう。だけど、もう一押しなんだ。ここで俺たちが諦めたら、ヤツに未来が閉ざされてしまう。だから、今は出来るだけの事をしたい。それにはみんなの協力が欠かせないんだ。頼む」
「…私は彼に賛成です。それに、国から少しばかり兵の増援を求めるも可能でしょう。そうですよね、コルグス様?」
普段は口数の少ないセドアが思いを告げた。
それを聞いてコルグスが驚いている。
彼の驚き方を見る限り、直接コルグスに意見した初めてなのかもしれない。
彼は落ち着きを取り戻し、首をゆっくりと縦に振った。
今は人間だドワーフだと気にしている時ではない。
目の前に迫った危機を回避する事が最優先事項なのだから。
だから、セドアの前向きな発言は僅かでも希望の光になる。
「…わかった。私も里から有志を募ろう。何人集まるかわからないが、やれるだけやってみようと思う。それに、ダメ元でエルフにも声をかけてみる。交渉は任せてくれ」
「ビル、お前…ありがとう。ニーナ、アルマハウド、お前たちはどうだ?」
「私は初めからキミの意志に従うつもりでいた。火の中へ飛び込めと言うなら、私はキミのために全力を尽くすよ」
「ニーナ、ありがとう」
「…残るは私だけか。皆がやる気になっていると言うのに、私が足を引っ張るわけにはいかないな。わかった…最善を尽くすよ」
「アルマハウド、お前なら必ず応えてくれると信じてたよ」
これでみんなの意志は再び前に向いた。
問題はこれから新たに仲間を集める事だ。
しかし、あまり時間が残されていない事を考えれば、ゆっくりはしていられない。
そんな時、コルグスは再び端末を操作した。
すると、先ほど見たセデキムや数字が書かれた画面を映した。
「コルグス、どうした?」
「いや、先ほど気になるモノを見つけてな。ここの数字が気になったんだ。お前はどう思う?」
コルグスは画面の右下を拡大した。
そこには、十桁の数字が並んでいる。
見たところ何かを表す数字のようだ。
「うーん…なんだろう?きっと意味はあるはずなんだが、俺にはよくわからないな」
「十桁だね。十桁の数字…まさかお金じゃないよね?」
「さすがにそれはないだろう?この前後の文章に何かヒントがあるんじゃないか?」
前の文章を見ると、“TW”書かれていた。
後ろの文章はまったく別の内容になっているため、数字とは関係なさそうだ。
「このTWってのが何を意味するのか、それがわかればいいんだが…」
「何かの隠語だろうな。生憎私にはわからないが、誰かわかるものはいないか?」
ニーナが全員の顔を見渡した。
しかし、わかる者は誰もいない。
また推理は暗礁に乗り上げてしまった。
ただ、これが解決の糸口になるのは間違いなさそうだ。
何とかしてこの言葉の意味を探らなければならない。
すると、コルグスは何かを思いつき、再び端末を操作した。
そして、画面の上部に現われた空欄にTWと入力した。
「検索なんて出来るのか?」
「まあ見ていろ」
コルグスは新たに表示された画面を見てタッチパネルを操作した。
すると、一件の項目が該当した。
そこには“工期”と書かれている。
「工期?工期って、工事をする期間…ってことだよな?」
「そういうことだろうな。じゃあ、この数字は工事に掛かる日数と言う事か?それにしては十桁も必要ないだろう。そうなれば時間か?」
「時間でも十桁は多いよね。日数でも時間でもないとすれば…日付じゃないですか?」
サフラは数字を指折り数えて答えた。
この世界では“暦”の表し方にいくつかの種類がある。
ちなみに、人間が使う暦は八桁だ。
コルグスに確認したところ、アルマが使っていた暦ではないかと明言した。
アルマは暦を特別な数え方で認識していたようだ。
十桁のうち最初の六桁は、前世で使われていた西暦に相当するらしく、残りの四桁は“月”と“日”を表している。
コルグスはそれを踏まえた上で数字を確認すると、ある事実がわかった。
「…この数字は過去を表す日付ではないな。最初の六桁は今年の事を表しているが、最後の四桁だけが違う。この数字から察するに、未来の事を表しているようだ」
「未来?じゃあ、TWが表す工期と未来の日付…つまり、何かの工事が完成する日の事か?」
「そのようだな。ちなみに、この数字から察するに、今から二十日後になっている」
「二十日後?じゃあ、俺たちの残された時間はあとそれだけって事か!?」
「断言はできないが、可能性はある」
再びコルグスが端末を操作すると、画面が切り替わった。
今度はデジタル時計のようなものが表示された。
しかし、数字は増えるのではなく、一定の間隔で減っている。
コルグスによれば、これは僕らに残された時間ではないかと言った。
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