シーン 150
サフラの調整はものの数十秒で終わった。
元々、調整を行う前から魔具との相性が良く、適応率が高かったのが理由らしい。
おかげで、今までよりもエーテルの燃費が良くなり、より細やかな制御が出来るようになった。
これにより、戦闘の幅が広がり、戦力の底上げに繋がった。
特に、鞭を反応させて攻撃を防ぐ防御は、背後を除いた三方向から同時に矢を射掛けられても防ぐ事ができる。
問題はニーナの調整だ。
彼女の場合、調べてみたところ、適応率が三十パーセント台と数値が低かった。
ヴェロニカは、この値では満足に能力を扱う事ができないと断言した。
能力を使用した後に襲ってくる疲労を軽減するには、数時間にも及ぶ最適化の作業が必要だ。
つまり、作業が終わるまで椅子に座ったままひたすら待たなければならない。
「うむ…こちらの娘はまるでダメだ。これは長丁場の覚悟が必要だよ」
「…強くなれるなら何時間でも耐えてみせます。ヴェロニカ殿、お願いです。やってください」
「…意志は堅いと?」
「はい」
「わかりました…。若、作業が終わるまで時間がかかります。よろしいですね?」
「構わないよ。先生も大変だろうけど、よろしく頼むよ」
ニーナの調整が終わるまでの間、ヴェロニカの気が散らないようにと別室に移された。
部屋の説明は受けなかったが、ベッドが置いてあるところを見ると、どうやら客室らしい。
ニコルは僕らを案内すると、用事があると言って奥へ消えていった。
残された僕らは、ひたすら待つ事しかできない。
その間にそれぞれ身体を休めるなど、自由な時間となった。
「…ニーナさん大丈夫かな?」
「調整って言っても痛み何かは無いんだろ?」
「うーん、最後に少し魔具が熱くなったくらいかな?火傷をするような熱さじゃなかったけど、初めてだとビックリするかもね」
「じゃあ、作業が終わるまでずっと待ってるだけだな。何もしないでジッとしてるのは大変だけど、それで強くなれるなら凄い事だよな」
強くなると言うと、格闘技の選手のように、過酷なロードワークやウエイトトレーニングをするイメージがある。
苦労して、苦労して、苦労して…その先で今とは違う自分に生まれ変わっていく。
しかし、魔具の調整はそんな苦労を一切必要としない。
そもそも、肉体的に強くなるわけではなく、あくまでも道具を上手に使いこなすイメージなのだから。
どちらかと言えば、魔具に秘められた力を最大限に引き出すと言うべきか。
使用者と魔具のバランスを取ると言う意味で、調整と呼ばれているのだろう。
「そう言えば、私とニーナさんだけが調整を受けてるけど、みんなは大丈夫なの?」
「俺は元々魔具を持っていないから必要はないし、アルマハウドとセドアも同じだ。コルグスの場合は、今のままでいいって断ってたな」
コルグスに至っては、頑なに調整を拒んでいた。
何か理由があるのか、それともエルフを信用していないのか、詳しいところは本人から聞く事はできなかった。
それでも、ヴェロニカの話では、適応率が七十パーセントを超えているため、調整をしなくても問題はないという話だった。
「…でも、このままで大丈夫かな?」
「どう言う意味だ?」
「ほら、強くなれるのは私とニーナさんだけでしょ?それだけで足りるかなって…」
「足りるかどうか、それについては実際に試してみなければわからないさ。まあ…お前の言いたい事はわかるけどな」
サフラが気にしているのはホリンズとセシルの実力だ。
何度も戦って検証をしたわけではないが、彼らは半分程度の実力しか見せていない。
そんな相手が本気になれば、いくら実力を底上げしても勝つのは難しいのではと考えているようだ。
他にもホリンズが用意したキメラたちの存在が、この作戦の成功を左右させる要因になる。
「…やっぱり、ニコルさんたちに直接協力してもらった方がいいと思うの」
「協力って、人員を貸し出しは無理だって言われたろ?他に手があるとすれば、いっそのこと魔具を頂くとか…そんなところか?」
「…おい、頂くとか物騒な事を言うな。まったく…人間と言うのは短絡的な生き物だな」
振り向くと、戻ってきたニコルが腕を組んで呆れていた。
さすがに泥棒紛いの盗みを働くつもりはないが、途中から話を聞いていたため、あまり快く思っていないようだ。
まあ、僕も彼と同じ立場なら同じように不機嫌な顔をしてしまうかもしれない。
ここは素直に弁明をするしかないだろう。
「すまない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただな、今の戦力だと難しいんじゃないかって話し合っていたんだ」
「…まあ、俺も本気で怒っているわけじゃない。そこでだ、一つ提案がある」
「提案?」
「ええと…そこの無愛想なオッサンは魔具を持っていないんだろう?俺たちが直接力を貸せない代わりに、魔具をプレゼントしたいと思うんだ。もちろん調整も行う」
「本当か!?」
「あぁ。だから、それと引き換えに、絶対に世界を救え。それが条件だ」
ニコルは、これまでで初めて見せる真剣な顔をしている。
彼自身、本来なら人間との馴れ合いを快くは思っていないはずだ。
それなのに、僕らに協力しようとする姿勢は、感謝してもしきれない思いで一杯になる。
それだけ彼もこの事態を憂いている証拠だ。
「当たり前だろ!俺たちが負けたら何もかも終わりだ。絶対負けないさ」
「フンッ…そうでなくては困る。それでだ、ええと…」
「アルマハウドだ。世話になる」
ニコルの視線を感じたアルマハウドが自己紹介をした。
これまで僕が交渉役を担当していたため、他のみんなは一切自己紹介をしていない。
「アルマハウドか。お前に合った魔具を選びたいと思う。何か希望はあるか?」
「…そうだな。何かの能力を操ると言うより、無効化するようなものはないか?例えば、雷を無効化するようなモノだ」
彼が気にしているのは、セシルの能力に対する対処法だ。
彼の場合、フォレストメイズの施設で、セシルが使った雷の能力を前に、為す術がなく敗北した経験がある。
それでも、能力を除いた実力はそれほど大きくは違わない。
持久力の面で言えば、セシルよりも長い間活動できるアルマハウドに分があるくらいだ。
つまり、彼女に勝つためには、障害となる能力を何とかしようと考えているようだ。
「雷を無効化する魔具か。ふむ…あるにはあるが、まさかそんなモノを欲しがるとはな」
「私には必要なモノだからな。あるならば頂きたい」
「わかった。すぐに用意させる。物を見て判断してくれ」
ニコルは使用人を呼び、アルマハウドが希望した魔具を運んで来させた。
使用人が持って来たのは、ミスリル銀で出来た“胸当て”だ。
胸当ては文字通り胸の辺りを覆う鎧で、表現がよく磨かれているため、覗き込んでみると顔が反射するほど。
ミスリル銀の希少性を考えれば、これだけでも芸術的な価値がある代物だ。
「これが希望の品だ。サイズは見た目で選んでみたが、大きくは違わないようだな」
「…ミスリルの胸当てか。噂には聞いていたが、眩いほどに美しいな」
「コイツが凄いのは見た目だけじゃない。火、水、風、雷、温度などを操る能力をことごとく無効化する。それに、コイツは他の魔具とは違い、能力はパッシブなんだよ」
「パッシブ!?…つまり、何もしなくても能力を無効化するとか」
「そう言う事だ。だから、不意な攻撃にも対応が出来る。対能力に関して言えば、これ以上に守りの堅い魔具はない」
「それは凄い…」
「驚いていないで身につけてみるんだな。あと、この魔具は“守り”専門だ。つまり、攻撃の能力は備えていない。それだけは理解して欲しい」
アルマハウドは同意して胸当てを身につけた。
今まで身につけていたテイタンの鎧とは対照的に、鏡のように磨かれた表面は、神の加護を受けた聖騎士のようにも見える。
「…素晴らしいな。身体に力が漲るようだ」
「その魔具には身体機能を活性化させる能力もある。身体が軽くなった感覚があるはずだ」
「なるほど…。しかし、これだけで能力を防ぐ事ができるのか?」
見たところ、胸の部分を除けば守っている部分はほとんど無い。
身体を覆う部分が少ないため、本当に能力を防ぐ事ができるのか不安があるようだ。
「その心配には及ばない。身につけている間は身体が見えないバリアに覆われるんだ。それはエーテルが底を尽きるまで続く。さらに凄いのは、敵が持ち去った“沈黙の指輪”さえ無効化出来る事だ」
「目に見えない能力まで防ぐということか。さすが、エルフの作る魔具は神秘的だな」
「これも先人たちが残してくれた技術の一端さ。それより、他に魔具を希望する者はいないか?剣でも槍でも何でもいい」
話を聞く限り、彼らは彼らなりの苦労があるようだ。
人間たちに仲間を殺され、心中が穏やかではないというのに、僕あの前に立って一歩も引く様子はない。
それだけ僕らに期待していると言い換える事もできる。
今日で毎日連載150日目。時間にすれば5ヶ月に渡る行程です。
物語の方は、ようやく終盤になってきました。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




