シーン 15
2012/04/27 改稿済み
夕方。
ニーナは見覚えのある男を連れて戻ってきた。
この町へ初めて来た日、ハンターギルドの前で因縁を吹っ掛けてきたハンターの男だ。
男は僕の顔を見ると急に顔を曇らせ、一目で不機嫌そうな雰囲気になった。
僕は僕で特に気にしていない。
間にニーナが居るからだ。
もし、これが偶然にも再び町中で出会っていたとしたら、険悪な雰囲気になっていたかもしれない。
もちろん、僕が先に仕掛けるのではなく、相手の方からだとは思うが。
「二人とも、遅くなった。コイツが先ほど話したハンターのクオル。クオル=レスターだ。二人は顔見知り…だったな」
「まぁ、そうなるな」
「…ニーナの言っていた凄腕の男、貴様だったのか」
「また会ったな。もう会うことはないと思っていたが」
「それはこちらのセリフだ。まったく…」
お互いに愚痴を言いつつ牽制をしあった。
クオルは敵意を剥き出しにいているが、すぐに噛み付いてくるという気配はない。
それでも、あまり居心地はいい状況ではなかった。
できることならサフラと二人でこの場を立ち去りたい気分だ。
サフラもどこか警戒しているらしく、少し表情が強張っている。
「やめておけ、二人とも。私たちは同じ志を持った同志だ。余計な争いは起こさないでくれ」
「俺は別にそんなつもりはないんだがな。無理をしてバレルゴブリンを倒そうなどとも考えていない。ニーナがどうしてもと言うからわざわざこんなところまで来てやったんだ」
クオルは不機嫌な気持ちをあらわにした。
彼の気持ちがわからないわけではない。
むしろ同じ気持ちだった。
「…不本意だが俺もこの男と同感だ。俺もサフラを危険に晒したくはないんでね。クオル、お前がどれほどの腕かは知らない。だが、協調性を乱すようなら、この話はなかったことにさせてもらう」
「ほぉ…言うじゃないか。この場で決着をつけてやってもいいぞ?」
「望むところだが?」
売り言葉に買い言葉とはこの事だ。
こう言った相手には、自分を低く見せると後々面倒なことになる。
時には天狗の鼻を折るというのも必要だろう。
その気になれば、すぐに銃を抜いて眉間を打ち抜くこともできる。
要は相手の出方次第で全てが決まると言っていい。
今の僕は気が立っている。
だから、不快感を殺気に変えて彼にぶつけた。
「バカ者!いい加減にしろ!!」
突然、ニーナがクオルの頭にゲンコツを一発お見舞いした。
責められたクオルも先ほどまでの勢いは失くし、子犬のような目でニーナを見ている。
どうやら、この二人の間には主従関係がハッキリと構築されているらしい。
もちろん、誰がどうみてもニーナの立場が上だ。
牙を折られた獣のように、凄味のなくなったクオルは、ただのどこにでもいる青年になってしまった。
そんなやり取りが面白かったのか、黙ってやり取りを見つめていたサフラが小さく笑った。
ただし、笑っているサフラの手は短剣の柄に掛けられている。
もし、このまま厄介ごとが起きた場合、すぐさま加勢に入るつもりだったのだろう。
ニーナもそのことには気づいていたらしく、いち早く仲裁に入ったらしい。
「…すまんニーナ。つい熱くなった」
「ついじゃない!まったく、約束と違うじゃないか。本当に手の掛かるヤツだ…。話がややこしくなる、お前はしばらく黙ってろ」
「あ…あぁ…」
ヘビに睨まれた蛙とはこういう事を言うのだろう。
クオルはすごすごと後ろに下がり、背中を向けて座り込んでしまった。
何故か長身のクオルの背中が小さく見えた。
「さて…話を先に進めよう。まずはコイツを選んだ経緯から説明した方がいいか?」
「そうだな。どんな剣を使うのか、そういったところから説明してもらえるとありがたい」
「分かった。少し長くなるから座って話そう」
まず、ニーナはクオルとの出会いから話し始めた。
二人の出会いは今から一年前。
出会った場所は帝都から半日ほど歩いた町にあるハンターギルドでのことだ。
ニーナはいつものように報奨金を受け取りに向かったところ、それを後ろで見ていたクオルが因縁を吹っ掛け口論になったらしい。
それからすぐに実力を試すようにお互いに剣を交え、ニーナがクオルを切り伏せたという。
ただし、クオルが本気でないことをニーナも感じていため、お互いに全力でぶつかることはなかった。
もし、どちらかが本気であれば、死人が出ていたらしい。
それから二人は何度かハンターギルドで顔を合わせることがあった。
この頃には交流のあるハンターからクオルの噂を耳にしていたため、ニーナも彼に興味を持っていたそうだ。
ただ、コミュニケーション能力に難があり、あまり関わりたくないと思っていたとも感じていたらしい。
クオルはある時期からハンターの中でも名の知れた実力者として認識されるようになった。
きっかけはハンターギルドが“Bランク”に指定したエルフを倒した事に起因している。
エルフ族はヒューマンやドワーフでは扱えない魔法を使い、一体でヒューマン族の数人と互角に渡り合うとされている。
その中でも剣術と魔法を操るエルフはBランクに属し、ハンターの中でも単独で倒せる者はほとんど居ないとも言われる強敵だった。
そんなエルフを辛くも討ち取ることに成功したクオルは、いつしか『エルフキラー』と呼ばれるようになり、知名度を上げていた。
また、彼はエルフから戦利品として奪った、“ブレイズソード”というミスリル銀製の剣を所持している。
“ミスリル銀”は“テイタン”と対をなす希少な金属で、テイタンと同等の強度を誇り、エルフ族が好んで利用する。
また、ミスリルを用いた剣に特別な呪文を刻印し、さまざまな能力を付与することができるらしい。
クオルが持っている剣には古代ルーン文字を用いた術式が施され、筋力を何倍にも増幅させる能力と炎を操る魔力が込められている。
これにより刀身は炎を纏い、並みのハンターと比べて数倍の威力を持った剣を振るうことが出来る。
その一撃は一振りでオークを切り裂き、厚さ一メートルほどある分厚い岩の壁をバターのように溶断するようだ。
「ふむ…話は分かった。では、クオルには前衛を努めてもらい、俺たちが仕留める…そういう作戦か?」
「悪くない作戦だな。私は正直、彼一人でも倒せるんじゃないかと期待はしているんだがね。個人的にはキミの力を借りて、確実に仕留めたいと思っている。どうだい、改めて聞くが、協力をしてくれないか?」
「…お兄ちゃん、私も微力だけれど協力するね」
最後の一押しはサフラの一言だった。
彼女の中では討伐に参加する気でいたらしい。
これで退路は塞がれた事になる。
僕は覚悟を決め、大きく息を吐いた。
「…分かった。ただし、危険だと思ったら深追いはするな。いいか?」
「もちろんだ。私も力押しで済ませようとは思っていない。そのあたりの配慮は必要最低限さ」
僕らはバレルゴブリンの討伐を明日の正午と決めた。
残りの時間は準備にあてる事した。
夕食時にはニーナがメンバーの親睦を深めようと食事に誘われたが、クオルは聞く耳を持たずどこかへ消えてしまった。
前評判の通り、コミュニケーションの難があるのは間違いなさそうだ。
僕も酒の入った席では、“血の雨”が降る予感がしたため、今回ばかりはクオルの身勝手さに感謝した。
経験上、性格の合わない者同士が一緒に居るのは気苦労が耐えない。
きっと、クオルもその事を理解しているため、お互いに一定の距離が置けるよう、身勝手に振舞っているのだろう。
彼自身、もう少し素直になれたら、もっと違った生き方が出来るとは思うが、今さらそれを伝えたところで遅い様な気もする。
身内事ではないため、あまり深く関わっても特に利益はないだろう。
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