シーン 148
僕らの説明を聞いたニコルは、渋々と言った顔でエルフの里に案内してくれた。
エルフの里に向かうには、森の地下に掘られたトンネルを使う。
彼の話では、このトンネルはノースフィールドのモノと同じ構造らしい。
それもそのはずで、このトンネルを作ったのは、過去に彼らと交流があったドワーフの商人たちだ。
ノースフィールドのドボォイと同様、トンネルの中は外敵に襲われる心配がない。
トンネルの内部には、青白い光を放つ植物が無数に生えていた。
よく見るとタンポポのような形状の草花だ。
一つ一つは豆電球ほどの明るさだが、数が多いため昼間のように明るい。
それでも、青白い光というのは慣れていないため、少し薄気味悪く思う。
青は心を落ち落ち着かせる色だが、同時に冷たい印象もある。
ニコルによれば、エルフが自ら品種改良した発光植物のようだ。
この植物は生命力が強く、仲間や自らが放った光で光合成が出来る。
また、踏まれても簡単に枯れる事はなく、空気中の水分だけでも十分に生きていけるようだ。
この植物の凄いところは、周囲の酸素が少なくなるとピンク色の光を放つようになり、酸欠状態では赤く発光すること。
つまり、この植物が青白く光っている限り、酸欠を心配せずに移動が出来ると言うわけだ。
エルフたちはこの植物を使い、夜は松明の代わりに利用している。
そのため、エルフの村にはあちらこちらにこの植物が生えているそうだ。
「…まさか人間とこの中を移動する事になるとはな。まったく…世も末だ」
御者台の席に座るニコルは不満そうに愚痴を漏らした。
思わず感情が口に出てしまうほど、人間を嫌悪しているらしい。
実際、ホリンズが関わって以降、両者の間では争い事が絶えない。
その結果、どちらにも心にも深い傷をつける事になった。
この世界に来て初めて会った商人も言っていたが、エルフを嫌う人間は少なくない。
特にハンターや行商人を生業とする者は、家族や仲間がエルフとの争いに巻き込まれ、多くの者が悲しい思いをしている。
しかし、それはエルフ側も同じ事だ。
特にエルフは人間よりも繁殖力が弱く、人口は極端に少ない。
このままのペースで争いが続けば、先に滅びるのはエルフの方だろうと言われている。
「…それで、あとどれくらいなんだ?」
「もうすぐだ。一応、俺と一緒に居れば安全だとは思うが、万が一と言うこともある。用心だけは怠るな」
「そうか…善処する」
しばらく進むと地上に続く出口にたどり着いた。
他に分岐がなかったところを見ると、このトンネルはエルフの里に直接通じているようだ。
出口の外にたくさんの気配を感じた。
どうやら、直接里の中に出たらしい。
「とりあえず、フードでも被って頭を隠せ。耳の特徴がなければすぐに気付かれるぞ」
僕は慌ててフードの付いたローブを纏った。
これはコルグスたちが帝都を歩く際、事前に用意していたものだ。
馬車の中にいるみんなは、顔を外に出さなければ見つかる事はないだろう。
「ニ、ニコル様!?見慣れない荷馬車などに乗られ、どちらへ?」
ニコルの姿を見つけた中年のエルフの男性が声をかけてきた。
王子という身分だけあって有名人のようだ。
「…城に戻るところだ、気にするな」
「さようでございますか。そういえば、今朝方エントの目撃情報がありました。あまり外へ出られない方が良いでしょう」
「…わかった。そなたも気をつけるのだぞ」
ニコルの対応は僕らに見せた対応と明らかに違っていた。
言葉遣いや振る舞いに落ち着きがある。
しかし、どう見てもこちらの姿は、猫を被っているにしか見えない。
無理をしているのか、会話の前にあった小さな間が気になるところだ。
「…ふぅ、息が詰る」
「仲間の前では随分王子らしく振舞うじゃないか。どうだ、嫌なら肩の力を抜いて俺たちと話すように振舞ってみたら。きっと気楽になれるぞ?」
「…うるさい。これも務めの内だ。俺だって好きで王家に生まれたわけじゃないんだからな。子どもの頃はそれが苦痛で仕方がなかったが、今はさすがに慣れた。みんなはどう思っているか知らないが、これが俺の精一杯だ」
彼には彼なりの苦労があるらしい。
周りから注目されるという意味においては、僕も男爵と呼ばれている。
それでも、彼が幼少期から経験してきた苦労はその比ではない。
ある意味で、本当の自分で振舞える僕らの前の方が生き生きとして見える。
彼はその事に気が付いていないようだ。
おそらく、そのうち気が付くときが来るだろう。
「あれだ。待っていろ、話をつけてくる」
ニコルは馬車を降りて城を守る門番に事情を説明した。
すると、分厚い木製の城門が低い音を立てて開き、中に続く道が現われた。
門番はニコルに敬礼をしたまま微動だにしない。
その姿から、彼に対する敬意の深さが感じられる。
彼が持っている人望はかなり厚そうだ。
その辺りはさすが王子と言ったところか。
城は中世のヨーロッパを思わせる石造りで、建物は緑の葉を茂らせた木々に包まれている。
一目見た感想は、森に侵食されているように見えた。
ユエが身を置く神殿とも良く似ている
ニコルの案内でそのまま城内の厩舎へと移動し、馬車を預けることになった。
必要最低限の荷物であれば持ち込んでいいようだ。
それでも、武器だけは置いていくように言われた。
防犯の観点から見ても当然の事だ。
宮殿の中に入ると、極端に人の気配が少なくなった。
周囲を探ってみても使用人らしき人影が一人二人見えるくらいだ。
「部屋に案内する、付いて来い」
ニコルは先を歩くと、ある部屋の前で止まった。
重厚な扉で仕切られた部屋は、客室という雰囲気ではない。
彼はそのまま扉を開け放つと、十人掛けの丸いテーブルと椅子が置かれている空間だった。
「…ここは?」
「円卓の間だ。好きなところに掛けてくれ」
ニコルは適当に手で合図を送り、座るよう指示を出した。
円卓はお互いに参列者の顔を見る事ができる。
そのため、立場が大きく違わない者同士が議論をするにはちょうどいい。
人間の世界では、皇帝を頂点にした“帝政”が常識のため、円卓が使われる事はない。
彼の話では、ここで里の防衛や経済について話し合う場所のようだ。
つまり、会議室ということになる。
「…さて、募る話もないだろう。さっそく本題に入ろう」
ニコルが議長を務めつつ話し合いの続きを開始した。
「先ほども言ったが、俺たちはお前たちに協力を仰ぎに来た。何としてもホリンズの計画を止めなければいけない」
「…話はわかっているつもりだ。だが、ここへ戻ってくる道中でいろいろ考えてみた。その結果から話そう。お前たちに我々の兵を貸し出す事は無理だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!理由を聞かせてくれないか?さすがに即答されるとは思わなかった」
「単純な話だ。我々は人間たちとの争いやホリンズという男の拉致に合い、仲間の数が極端に減ってしまったのだ。そんな状況で協力すれば、里の防衛が危うくなる」
「だからと言って、お前たちはこのまま干渉しないつもりか?」
「話を良く聞け。俺はお前に兵を貸せないと言っただけだ。だが、我々にも別の方法で協力することができる」
「別の方法?」
ニコルは一つ大きな溜め息をついて続けた。
「…お前たちに魔具の力を貸そうと思う」
「魔具の力?」
「見たところ、お前たちの仲間に魔具を所有して居る者がいるな。しかし、それは全て我々の仲間から奪われたものだ。だからと言って、返せと言うつもりもない」
「じゃあ…協力とは、奪われた魔具の件を不問にすると?」
「そうじゃない。魔具は使用者に合わせて“調整”する必要がある。それをしなければエーテルを無尽蔵に消費してしまうからな」
「つまり、それが協力だと?」
「元々、我々よりエーテルの生産量が多い人間やドワーフの方が、魔具をより有効に活用できる。さらに、調整された魔具であれば、我々が直接力を貸すよりも遥かに戦力の増強になるだろう」
そう説明するニコルの表情は曇っていて思わしくない。
これまで対立してきた相手に、魔具のノウハウが渡る事を気に掛けているようだ。
しかし、直接兵力を貸し与えるよりも、こちらで協力した方が効率はいい。
難しい判断を迫られた中で、何とか導き出した答えのように見えた。
「じゃあ、その調整とやらをやってもらうとして、一つ問題があるんだ」
「問題?」
「あぁ…俺たちの中に“沈黙の指輪”で能力を封じられた者がいる。これを何とかして欲しい」
「なるほど…ヤツは父の指輪を乱用しているわけか。まったく…どこまで我々を侮辱するつもりなのだろうな」
「乱用?」
「そうだ。元々、指輪の効果を正しく発揮するためには、膨大なエーテルを消費する。それは、我々の寿命を半分近く消費するのと同等の量だ。だから、指輪の力を行使する王は、自分の命を引き換えにする覚悟が必要なんだ。この意味がわかるか?」
「…つまり、ホリンズは並外れたエーテル量を持っていると言うことか?」
「それだけじゃない。指輪は王の証でもある。それを平然と使いこなすヤツの態度が気に入らないんだ。これ以上の侮辱があると思うか?」
元々、人間とエルフではエーテルの生産量に大きな差がある。
それでも、並みの人間なら数日間は眠り続けるほど、大量のエーテルを消費するだろう。
それなのに、ホリンズは顔色一つ変えずに能力を行使していた。
ゴーレムを操作していた時もそうだが、ホリンズが常識を逸脱した化け物だという事を裏付けている。
しかし、ニコルはそれ以上に、父親から奪われた指輪を好き勝手に使われている事が気に入らないのだ。
彼にとっては形見とも言うべき物なので、心中穏やかではいられないのだろう。
「…このままヤツを野放しにしておけば、指輪を何度も使うだろうな。その前に、計画が実行されて全てが終わる可能性だってある。ニコル、俺たちには時間がないんだ」
「…わかっている。だが、これだけは約束してくれ。父の指輪を取り戻して欲しい。それが願いだ」
「わかった…必ずお前の元に返してやる」
「…では、先に“沈黙”を取り除く必要があるな。能力が封印されているのは誰だ?」
それを聞いて僕とサフラ、ニーナとアルマハウドは手を挙げた。
「四人か。沈黙を取り除くには少し時間がかかる。専門の技師に頼む必要があるからな」
「技師?」
「うむ、魔具を作る“マイスター”だ」
魔具を作れるエルフ固有の能力だが、作るには一定の条件がある。
それは、アルマたちが使っていた古代語を読み解く力だ。
人間の間では“ルーン言語”と呼ばれていた。
ニコルが言うマイスターは、この言語を完全に習得した者を指している。
他にも、“エーテル感応力”と呼ばれる力も必要だ。
これは、魔具に注がれるエーテルの流れを分析する力。
ユエの場合は、直接目で見れば一目で流れを把握する事ができるが、マイスターは特殊な眼鏡を用いてそれを見る事ができる。
大きく分けてこの二つの条件が整わなければマイスターにはなれない。
また、マイスターの中でも特別に技術の高い者は、王族が扱う魔具を専門で作っている。
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