シーン 145
後になってわかった事だが、ユエが逃げ込んだこの場所は、彼女にとっても都合のいい環境だった。
ちなみに、この神殿はアルマたちがした残した遺跡の一つだ。
ここのように、遺跡が地表に顔を出しているのは非常に珍しい。
特に、ほぼ完全な形で残っているものは皆無と言われている。
理由は、彼らが文明の末期に行った文明の消滅行為が原因だ。
彼らは、何らかの理由でこの星に存在した事を消し去ろうとしたのではとユエは言った。
そのため、彼らが存在したという痕跡はほとんど見つかっていない。
ここで見つかった遺跡以外では、地中深くに埋もれたミュージアムやホリンズの施設が見つかるのみだ。
何故、この場所が彼女にとって都合がいいのかと言えば、理由は大きくわけて二つある。
一つは人目に触れないこと。
外界との交流を持たない村は、地図にも記されていない。
また、世間一般の常識として、ドラゴンは“無条件の悪”だと考えられている。
つまり、彼女が人前に姿を現せば、恐怖の対象として映り、討伐の依頼を受けたハンターたちが集まってきてしまう。
そのため、争いを望まない彼女にとって、これ以上の場所はない。
二つ目は、彼女の身体に関係している。
この建物はアルマの時代、病院として機能していた。
そのため、ウェアウルフたちはこの施設を“ホスピタル”と呼んでいる。
当時、全ての病気はエーテルの異常が原因で発症する事がわかっていたため、乱れたエーテルを正常に戻すことが治療だとされた。
ここには当時の設備が生きているため、彼女はその恩恵を受けている。
「…つまり、ここは乱れたエーテルを治す施設ですか」
「えぇ、今の私はこの中から出る事が出来ません。それほど身体が弱っているのです」
「…出たらどうなるんですか?」
「もしここを出れば、半日と保たずにエーテルが枯渇して死んでしまうでしょう。この身体は人の身体に比べて多くのエーテルを消費するのです」
「多く消費…それは、ドラゴンの姿になってからずっとそうなんですか?」
「いえ…歳を重ねるごとに…ですね。おそらくこれが老いと言うものでしょう」
つまり、ここは彼女にとっての延命施設だ。
この中に居なければ死んでしまう。
だから彼女はここに留まり続けているのだ。
「それだけではない。ユエ様にはもう一つのお役目がある」
「お役目?」
ビルは愛おしそうにユエを眺めた。
その姿は神々しい者を見詰める聖職者のようにも見える。
「そう、守護者だ」
「守護者?」
「その問いには私が答えましょう。守護者とは文字通り守る者。私の存在は村の抑止力でもあるのです」
「抑止力…では、そこに居るだけで村を守っていると?」
「その通りです。通常、私の存在を村の外から気配だけで悟られる事は決してありません。ところが、どうした事かエントだけは別なのです。エントは遠くからでも私の存在を感じ取り、村へ近付かないよう、ずっと距離を取っているのです」
「…エントが敬遠する?じゃあ、アナタがここに居る限り、エントが村を襲うことはないと?」
「その通りです。それが私に与えられた役目でもあります」
「でも、アツムはアナタに会いたがっています!それさえ何とかできれば…」
彼女に言い分があろうとも、世界に危険が迫っている事に変わりはない。
もちろん、彼女も同様だ。
「…レイジ、やめてくれ。ユエ様にも思うところがあるはずだ」
「ビル…だからと言って、このままヤツを見過ごすわけにはいかないんだ!お前だってわかるだろう?」
「…そんな事はわかっている。だが、ユエ様にもここを離れられない事情がある。私ができるのは、そのユエ様に長い間村を守護してもらうこと。それが仲間の願う共通の意思だ」
「わかってないのはお前だろ!全員死んじまうんだぞ!!」
「…レイジ…といいましたね。アナタはとても正義感の強い人。まるで昔の私を見ているようです。アナタには守る者がいるのですね」
「居ますよ。アナタの孫のサフラ、それにここに居るニーナ、アルマハウド、コルグス、セドア。それに、家で俺たちの帰りを待ってるペオ、マオ、エール。誰一人欠けてはいけない大切な人たちです」
僕は僕に繋がる全ての人を大切に思っている。
それは家族や仲間の枠を超えた、全てだと言ってもいい。
こうして、いつの間にか、“世界を救わなければ”という重荷を背負う事になってしまったけれど、それが自分に与えられた役目だと信じている。
ここで僕の信念が折れてしまったら、一体誰がこの世界を守るというのだろうか。
おそらく、ホリンズを止められるのは僕とユエくらいだろう。
そこからさらに、僕とユエを天秤にかけた場合、ホリンズとの話し合いで解決ができるのは彼女をおいて他にはいない。
でなければ僕が彼を殺してでも計画を止める事になる。
「…アナタに繋がる全ての人ですか。では、アナタにどれほどの覚悟がありますか?」
「そんなの、俺の命を賭してでも叶えたいと思っていますよ。この意思は変わりません」
「そうですか…。では、これ以上多くを語る必要はないでしょう。先ほど言ったように、私はここを出ることが出来ません。お願いです、弟を…アツムをここへ連れて来てはくれませんか?」
「連れてくる…そうか、その手がありましたね!ですが、アナタがここで生きていると説明して、彼は素直に聞き入れてくれるでしょうか?そこが気掛かりです」
「あの子は芯の強い子です。そして、少し頑固なところもあります。あまりに長い時間が経ってしまった今では、簡単に説得できるとは思えませんが、根気強く説得してもらいたいのです」
「それはもちろん、そうしたいのですが…」
彼女の言った頑固という性格をどうやって攻略するのか、新しい問題として浮上した。
出来ることなら、彼を縛り上げてでもここへ連れて来て、直接会わせるという方法もある。
しかし、僕一人では決して抑える事はできない。
ここに居る仲間の力を結集しても可能性は限りなくゼロに近いだろう。
何か、彼を説得できる方法はないだろうか。
「どちらにしても、ホリンズに近付くには厳しい戦闘が予想される。話し合うのはそのあとになるだろう」
「だな…」
結局、みんなで話し合ってみても解決策は見出せなかった。
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