シーン 144
ユエは一目見ただけで僕を転生者だと言い当てた。
話しぶりを見る限り、サフラの事も自分の孫だと認識しているようだ。
しかし、何故彼女がそう断言できるのか、実際に聞いてみなければわからない。
「…何故、そう言い切れるんですか?」
「私には身体を流れるエーテルが見えるのです。私がアナタと転生者と感じたのは、アナタに転生者特有のエーテルの流れを感じたからです。見たところ、そちらの方も転生者のようですね」
そう言ってコルグスを見た。
当の本人は驚いた様子もなく、まるで他人事のように聞いている。
それでも、自分が転生者ということに興味はあるようだ。
「…面白い事を言うのだな。私が転生者か。しかし、私には過去の記憶がない。これをどう説明するのだ?」
「それはアナタが記憶の引き継ぎを希望しなかっただけの事。必ずしも記憶を持っている事が転生者の証とはなり得ません」
「…では、転生者とは一体何なのだ?」
「私が思う転生者とは、何らかの理由でアルマに選ばれた者…そう考えています。ですが、如何なる理由で選ばれたのか、何をさせようとしているのか、それを知る術はありません。もし、アルマと話すことができれば、その答えがわかるかもしれませんが…」
「結局、誰にもわからないと言うことか。だが、私が転生者だとしても何かが変わるわけではない。私は私だ」
「そうですね。自分が自分である事を忘れなければ、道を違える事はないでしょう…」
不意にユエの声が物悲しく聞こえた。
ここで新たに疑問が浮かんだ。
ホリンズは、彼女を探すため様々な手を尽くして奔走している。
しかし、最終的には見つからないと悟り、カルマの鍵と呼ばれる恐ろしい計画を実行しようとしている。
では、彼に彼女を合わせることができれば、計画を止められるのではないか。
そもそも、何故彼女は彼の元を離れたのか。
それに、彼女がここに留まる理由があるはずだ。
それがわかればこの問題の根本的な部分を解決できるかもしれない。
「…一つお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「どうしましたか?」
「アナタは何故、ホリンズ…いえ、アツムの元を離れたんです?」
「…アツム。そうですか、アナタは弟に出会ったのですね。あの子は元気でしたか?」
「元気…そんな言葉では片付けられない大罪を犯そうとしています。アナタはご存じないのですか?」
「大罪…それはどういうことですか!?」
ユエの感情が昂るのを感じた。
言葉には今までの落ち着きがなくなっている。
その反応を見る限り、彼女が何も知らないのだろう。
僕はこれまでに起きた出来事を回想しつつ、彼が行おうとしている計画について説明をした。
「何ということを…。あの子がそんな恐ろしい事を考えているなんて…」
「アナタは知らなかったのですね。彼はすでに俺たちでは止められないほどの力を持っています。お願いです、彼に会って計画を止めるよう説得してください!」
ユエがこれに応じてくれれば全ての問題は解決だ。
しかし、彼女の反応は思わしくなかった。
隣で控えるビルも目を深く閉じ、眉間にシワが寄っている。
「…できません。私はここを離れられないのです」
「ど、どうして!?」
「…私がここを離れれば半日も絶たずに死んでしまうでしょう。そればかりではありません。私の存在は里を守る抑止力でもあるのです」
「…半日で…死ぬ?それに、抑止力って…」
「どうやら、一つ一つ説明する必要があるようですね。いいでしょう、私が人の道を違えるに至った経緯をお話します」
ユエは自分の過去を振り返りながら昔話をはじめた。
まず、この世界へはホリンズと共に転生をした。
当時の彼女は二十歳ほどで、今の僕と年齢は大きく変わらない。
古い記憶によれば、ユエたちは家族で旅行に出かけた際、川で溺れたホリンズを助けようとして、二人とも助からなかったらしい。
そんな時、あの真っ暗な空間で、死神を名乗る意識体のアルマと出合った。
アルマは僕に提示した条件とまったく同じ事を彼らに話したそうだ。
別の世界で転生するか、それともこのまま無に還るか。
二人は迷わず前者を希望した。
そして、それぞれが要望を伝え、死神から“特典”を得てこの世界にやってきたのだ。
「その特典と言うのは?」
「私はより強い身体を欲しました。もちろん、姿は人のままで…」
「人の姿のまま…どう見ても、その姿とは大きく違うようですが?」
「この姿になったのは転生してからかなり時間が経った後です。こうなってしまったのは、ある事件がきっかけなのです」
「ある事件?」
ユエによると、彼女が住んでいた村を、傭兵団を名乗る男たちに襲われたらしい。
当時の彼女は、異世界で結婚した男性と結ばれ、幸せな家庭を築いていた。
その時にはすでに、サフラの母親となる長女を出産した直後だったという。
傭兵団は村の建物を次々に破壊すると、金品や食料を奪い、暴力の限りを尽くしていった。
彼女は転生時に得ていた力を使い、傭兵団を撃退しようと考えていた。
家には彼女の夫と娘、それとホリンズが居た。
ちなみに、彼女が知る限り、この時のホリンズは普通の男の子と変わらない能力しかなかったそうだ。
正義感が強い彼女は、一人で果敢に傭兵団に立ち向かい、あと一歩と言うところまで追い詰めることができた。
しかし、傭兵団の団長を名乗る男が魔具を使うと、戦況は大きく一変することになる。
戦況は次第に傭兵団側が優位になっていった。
その結果、彼女は戦闘の中で利き腕を負傷すると、死を覚悟するところまで追い詰められてしまったそうだ。
そんな時、彼女は自分の死よりも、家族や村の行く末だけを案じていたらしい。
「…まさか、その時にドラゴンの姿になったと?」
「えぇ、男が刃を振り上げた時、二度目の死を覚悟しました。その瞬間、頭の中が真っ白になり、身体が強く発光したのです」
「身体が発光…?まるでオリハルコンが姿を変えるのと似ていますね」
「オリハルコン…そうですか、アナタは死神からオリハルコンを貰ったのですね」
「はい…これです」
僕は拳銃を取り出して彼女に見せた。
「…なるほど、アナタは銃を希望したのですね」
「いえ、これは死神が勝手に持たせたものです。ですが、今はこれがなければ生きてはいけないでしょう。それくらい大切なものです」
「オリハルコンと魔具は根本的に別物です。そもそも、魔具はエルフが作っているのですから」
エルフが魔具を作っているという情報はすでに周知の事実だ。
しかし、オリハルコンを真似て作ったという事実はほとんど知られていない。
彼女がそれについて触れなかったところを見ると、おそらく知らないと言う事だろう。
「…すみません、お話の続きを伺ってよろしいですか?」
「そうでしたね。ですが、当時の事はほとんど覚えていないのです。気が付くと傭兵団は壊滅していました。そして、家族や村の者たちが私を見て酷く怯えていました」
「…それで、逃げてしまったと?」
「えぇ…私は耐えられなかったのです。人ではなくなった身体も、誰かを傷付けてしまうのではという不安も。それに押しつぶされてしまった私が悪いのです」
つまり、彼女は変質してしまった自分を受け入れられなかったのだ。
そして、衝動的に村を離れてしまった。
しかし、ドラゴンになった彼女に居場所などあるはずはない。
力や破壊の象徴と言われるドラゴンを受け入れてくれる人間など、どこを探しても見つからなかったのだから。
彼女は孤独に怯えながら、命を狙うハンターや魔物たちを退け、その身を隠しながら生きてきたと教えてくれた。
「では、何故ここに居るんです?」
「この里の者たちは私を受け入れてくれました。いえ、偶然そうなったというのが正しいでしょう」
彼女の話では、エントの群れに襲われたウェアウルフを助けた事がきっかけだったらしい。
それまで、ウェアウルフたちもドラゴンは忌み嫌う存在だったようだ。
しかし、彼女はそれを理解した上で危険の中に飛び込み、エントを退治した。
その行動に心を動かされたウェアウルフは、彼女を村に迎える事を決めたそうだ。
「…ユエ様を村に迎えようと決めたのは、私の父だ」
ビルは沈黙を破って当時の事を話してくれた。
彼によれば、人間やエルフが近付かないこの村なら、彼女を守れると考えているようだ。
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