シーン 141
目覚めは自然だった。
少し眠れたおかげで疲れはない。
寝ている間に起こされる事はなかったため、特に異常はなかったらしい。
元々、森の入口付近にエントが居るのは珍しい。
アルマハウドの話では、森の中心に向かうほど数が増える傾向にあるようだ。
しかし、わかっているのはそれくらいで、彼らが普段どのように生活しているのか、詳しい生態はわかっていない。
前回はエントを知るためにあえて戦ったが、今後はセオリー通り逃げた方がいいだろう。
まだ旅の行程が半分も済んでいないため、余計な消耗は避けたいところだ。
荷台から外を見ると森の中は不気味なほど静かだった。
周りに生き物の息遣いや気配は一切感じない。
このまま何事もなく旅を続けられればいいが、森の中は何が起こるかわからないため、気を抜けば命取りになる。
「…随分奥まで来たが、エルフの里までは後どれくらいあるんだ?」
「そうだな…まだ森の中に入ったばかりだ、もうしばらくかかるだろうな」
アルマハウドはいつも通り目を閉じたまま答えた。
僕なら馬車の心地よい揺れが眠気を誘い、そのまま眠ってしまうかもしれない。
ちょうど、電車やバスに揺られて眠ってしまう感覚とよく似ている。
それでも彼は休息と警戒を同時に行う事ができるらしい。
これも生き延びるために身に付けた技術の一つだ。
「そうか。またいつエントに襲われるかわからない。早めに安全なところを見付けたいな」
「森の中は見通しが利かないからな。なかなか思い通りの場所を見つけるのは難しいだろう」
「だな…」
「それより、エルフに会ったらどうするつもりだ?」
「どうするって…やれるだけの事をやるしかないだろ?極力刺激しないようにして話し合うつもりだ」
初めから気持ちで負けていては、それが相手にも伝わってしまう。
エルフに出会ったら、こちらに敵意が無いことを理解してもらわなければならない。
出来る事なら白旗をあげて近付くくらいの周到さが必要だろう。
「…私たちと一緒に居ることが悪く取られなければいいがな」
コルグスはポツリと呟いた。
彼の隣で目を閉じているセドアも口を一文字に結んでいる。
彼が気にしているのは、人間とエルフの関係だ。
この両者は顔を合わせれば殺し合うほど仲が悪い。
そんな人間がドワーフと行動していると知れば、“協力して攻めて来た!”と疑われる懸念がある。
「…そうか、確かにそう思われる可能性はあるな。だからと言って、そう取られない可能性もあるんじゃないか?まあ、今から引き返すわけにもいかない。話し合いが通じる相手だと信じるしかないさ…」
「すまんな、余計な事を言った」
「いや、そこまで考えていなった俺が悪い。しかし、何故人間とエルフはこうも仲が悪いんだ?その理由さえわかれば、話し合いくらいは出来そうな気がするんだが」
「…ハッキリとした理由はわからないが、やはりあの男が関わっているだろうな。それに、我々の関係が捻じ曲げられたのも、元はと言えばヤツが元凶だからな。ヤツがエルフに対して悪さをしていると考えるのが自然だろう」
コルグスは今までの状況を整理して意見を述べた。
それに、ホリンズが根城にしているフォレストメイズは、エルフの里があるこの森からの距離も比較的近い。
里の位置さえ把握していれば一日で往復出来る距離だろう。
「人間とエルフは何故仲が悪いのか…おそらく、それについて知っている者は居ないだろうな。陛下ですら知らないのだから」
そう言ってアルマハウドは腕を組んだ。
本当の答えを知るには、ホリンズかエルフに直接聞くしかない。
それでも、ホリンズが関わっているのなら、お互いの間違った認識を正すことが出来るかもしれない。
コルグスたちと協力出来たように、共通の敵であるホリンズを倒すため、歩調を合わせる事も可能だろう。
その望みが少しでもあるなら、この旅は間違いではないと断言できる。
「レイジ、もし、エルフたちと争うことになったらどうするの?」
サフラが顔は不安に染まっていた。
希望通り、話し合いに至らなければ、サフラが心配する通りになる。
「最悪の場合、戦う事になるだろうな。もちろん、殺さない程度に事を収めたいが、相手の出方次第だろう。エルフは魔具を使う。そして、俺たちは魔具の力が封印されたままだ。でも、一つ確かなのは、こちらから絶対に手を出さない事だ。これだけは徹底しておきたい」
「うん…わかった」
そんな時だった。
順調に歩みを進めていた馬車が緊急停車し、馬が何かに驚いて嘶いている。
「ヤツらだ!クソ…なんて数だ!!」
御者台のニーナは進行方向に見える敵の姿を発見した。
武器を手に外に飛び出すと、そこには十体を超えるエントが道を塞いでいる。
その後方には、さらに複数のエントが控えていた。
これではいくら生命力の強いドラゴンでも対処が出来ないほどの数だ。
「…あの数を相手にするのは無理だ。引き返して別の道を探す」
「待って、アレを見て!!」
今度はサフラが声をあげた。
彼女は馬車がこれまで歩いて来た道を指で示している。
そこには音もなく現れた複数のエントが道を塞いでいた。
進行方向の数ほどではないが、数えてみると六体の影が確認できる。
「挟み撃ちか!クソッ、一体どこから…」
エントたちは馬車に向かってゆっくりと距離を詰めている。
おそらく二分ほどで完全に取り囲まれるだろう。
迷っている暇はなかった。
効率良く退路を確保するなら、数の少ない後方のエントを倒すしかない。
最初に戦った数よりも多いものの、重機関銃で対応すればいいだろう。
戦闘後の疲労感は気になるところだが、選択の余地などあるはずはない。
いつものように拳銃に念を込め、重機関銃を手にした。
威圧感のある巨大な銃身をエントに向け、一気に弾を浴びせかけた。
この銃は、第二次大戦中には戦闘機に搭載され、飛行機を撃ち落としたほどの威力がある。
エントは近付いてくる間に身体が粉々になり、動くモノはいなくなった。
やはりこの銃は頼れる威力を持っている。
しかし、今回は弾を撃ち過ぎたのか、直後に視界が霞んだ。
堪らず右手で顔を覆い、意識を保とうと必死で深呼吸を繰り返した。
「レイジ、無理しないで!」
「…大丈夫だ。ニーナ…急いで馬車を回せ」
「レ、レイジ、すまん!新手だ!!」
霞む視界の中に新たなエントの姿を確認した。
すでに馬車との距離は数メートルしか離れていない。
一体どこから現われたのだろうか。
考える暇さえ惜しみながら、銃口を向けて弾を連続で放つ。
すると、エントは身体に無数の銃創をつくり仰向けに倒れていった。
「はぁ…はぁ…やったか!?」
「まだだ、クソッ、私たちはこんなところで終われない!!」
『はぁぁぁッ!!』
一体は倒れても、次から次へと馬車に群がってくる。
銃を使った反動で次第に呼吸が苦しくなり、限界が近付いている事を悟った。
ニーナも御者台から降りて何とか馬車を守ろうとしている。
アルマハウドはコルグスと息を合わせ、果敢に立ち向かっていった。
「レイジ、これ以上やったら死んじゃうよ!」
崩れ落ちそうな身体をサフラが支えてくれた。
本来なら、僕が彼女を守る立場なのに、心配ばかりかけている。
自分の限界を知りつつも、これ以上は危険だと警告するように、心拍数が普段よりも早くなった。
これがエーテルを消費した代償なのだろう。
ライトニングソードで疲弊した時とは違い、重機関銃の疲労は息が続かなくなるほど全力疾走をした後のようで、今のところ眠気を伴っていない。
「わ、私が代わるから!これ、どうやって使うの?」
サフラは重機関銃のグリップを握った。
しかし、僕でもこれだけ疲弊しているのだから、彼女が使えばどうなってしまうかわからない。
気持ちは嬉しいが、そんな危険な事をさせるわけにはいかなかった。
僕は何とか気力を振り絞り、彼女を制止した。
「…大丈夫だ、お前は心配しなくていい」
「ダメだよ!これ以上やったらホントに死んじゃうから!!」
「…これしか方法はないんだ、どいてくれ!」
「イヤ!こればっかりは聞けないよ」
「サフラ、言う事を聞くんだ!」
思わず大きな声を出してしまった。
サフラが僕の事を心配してくれているのはよくわかっている。
それでも、彼女が苦しむくらいなら、僕がそれを全て引き受ける覚悟だ。
驚いて言葉を失った彼女から重機関銃を奪い、近付いてくるエントに向けて次々に弾を放った。
その度に、心拍数が早くなり、視界が霞んでいく。
それすらも感じなくなった頃、こめかみに激痛が走った。
痛みで顔が歪み、必死で奥歯を噛み続けた。
「…懐かしい匂いに誘われて来て見れば、やはりお前たちか」
不意に、僕の背後で聞き覚えのある声がした。
振り向くと見覚えのある狼男が立っていた。
「ビ、ビル!?」
「話は後だ。逃げ道を教えてやる。ついて来い!!」
ビルはエントの数が少なくなった方向へと駆け出した。
それは、森の入口に続く道だ。
森の中心に向かうほどエントの数が増えると聞いていたため、安全な方向へ導こうとしているようだ。
教えてやるという言葉から察するに、罠にハメようとしている様子はない。
今は彼の言葉を信じるしかないだろう。
僕はポシェットの中から火薬玉と炸裂弾を一つずつ取り出し、炸裂弾をサフラに渡した。
「…いいか、俺がヤツらの注意を引く。その間にみんなを乗せて馬車を発車させるんだ。逃げ道はビルが教えてくれる。もし、逃げる途中でエントに襲われるような事があれば、コイツを投げて対処しろ。いいな」
「で、でもレイジが…」
「いいから言う事を聞け。大丈夫だ、すぐに後を追いかける。行け!」
僕は重機関銃から自動小銃に持ち替えた。
倒すのではなく、移動しながら攻撃をしてエントたちの注意を引くのが目的だ。
最初は火薬玉で大きな音を立て、全ての注意を僕に集める。
そのあと、馬車を追いかけようとするエントを銃で撃ち、足止めをする計画だ。
その間に、馬車はビルが示した方向へ逃げられれば、この場から助かる事ができる。
しかし、逃げられなければそこで終わりだ。
サフラは躊躇いながらみんなを馬車に乗せ、苦虫を噛み潰したような表情で手綱を握った。
それを確認すると、エントが多く集まる方向に火薬玉を放り投げた。
次の瞬間、狙い通り爆発音が森の中に響き渡ると、エントたちは音に驚いて動きが鈍くなった。
音に反応するところは他の魔物や野生動物と変わらないようだ。
サフラはそれを見逃さず、エントの間を縫うように馬を走らせ、一気に駆け抜けていった。
「…行かせるかッ!」
叫びながら馬車を追おうとしたエントの背中に弾を浴びせる。
この程度で倒れない事は承知の上だ。
攻撃を受けたエントは僕の方に向き直った。
しかし、この時点で身体は限界に達しようとしている。
気を抜けば今すぐにでも倒れてしまいそうだ。
サフラたちは無事に逃げ切れただろうか。
それを確認できないことだけが心残りだ。
胸が締め付けられ、最後の時が迫っているのを感じた。
それでも、僕は最後の力を振り絞り、再び重機関銃に持ち替えると、エントの群れに銃口を向けた。
一体でも多く道連れにするために。
今回は懐かしいあの人が登場しました。
“ヒーロー(?)はピンチの時に現われる”と、昔の偉い人は言いました。(笑)
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




