シーン 136
もし、彼が転生者なら、前世にまつわる記憶を持っているのではないか。
しかし、彼は身に覚えがないと、首を横に振るだけだった。
ただ、これで彼が転生者ではないと決まったわけではない。
転生者の中には記憶の引き継ぎを希望しなかった者もいる。
それを見極める方法は、転生時に死神から得た能力の有無だ。
僕のようにオリハルコンの武器を所持していたり、身体的な能力に変化があれば、可能性は限りなく高くなるだろう。
「うーん…他のドワーフたちに比べて何か特別な事はないか?それがわかれば手がかりになるかもしれない」
「特別…か。そうだな、我々はとりわけ身体が丈夫に出来ている。中でも私の自慢はこの腕力だ。これだけは誰にも負けた事がない。その程度だが、参考になるか?」
「そうか…。だが、それだけでは転生者だと言う理由にはならないな」
「だろうな。…あぁ、そうだ。この話をして一つ思い出した事がある。夢の中の話だから聞き流してもらっても構わない。だが、とても不思議な夢だった。夢とは思えない鮮明な映像だったから、今でもよく覚えているよ」
「夢の話?」
「うむ、少し長くなるが長旅の暇つぶしにはちょうどいいだろう」
コルグスは昔を思い出しながら話を始めた。
問題の夢を見たのは今から数年前。
彼が不思議と話す夢の内容は連続性があり数日間続いたという。
夢の中の彼は、何故かベッドに横たわっていたらしい。
意識はあり真っ白い壁に覆われた部屋の中にいた。
傍らには見慣れない機器が並び、そこから伸びたケーブルが身体と繋がっていたそうだ。
彼はこれが夢なのか確かめようとして動き回ろうとした。
しかし、身体を起こそうにも力が入らず、ただ生きているだけの存在だと気付いたらしい。
その話から連想されるイメージは、何らかの理由で病院に入院したシーンだ。
ちょうど、僕が死んでいると死神から告げられ、証拠として見せられたら病室のイメージと重なる。
この時の彼は、しきりに窓の外に見える世界を羨ましく思っていたそうだ。
しかし、身体が動かないと言う現実を思い知らされ、半ば諦めていたらしい。
それでも、外の世界に対する憧れは完全に消える事はなかったようだ。
そして、いつの日か外で元気に走り回りたいと思うようになっていた。
もっと強い身体があれば…とも。
しかし、その夢は唐突に終わり、二度と同じ内容の夢を見なくなったらしい。
彼はこの不思議な夢の話を誰かに相談しようとは思わなかった。
誰にも理解されず笑い者になるくらいなら、自分の中にだけ留めておこうと思ったらしい。
何とも彼らしい理由だ。
「…これが夢の話だ。特に面白くはなかっただろう?」
「いや…俺はその夢が現実だったんじゃないかと思うんだ。もちろん、確証はないけどそんな気がするんだ」
「意外だな。信じてくれるのか?」
「俺なりの解釈をすれば、夢の中のお前は強い身体に憧れていたんだろう?それで、今のお前は夢で望んだ姿になった、そう感じたんだ」
「そう…だな。私も今の自分にはそれなりに満足しているさ。ただ、実のところ幼少期の記憶がまるでないのだ。最後に残っているのは、夢を見る少し前くらいか。いや、これもすでに曖昧だな」
「…記憶がない?」
「うむ。それまでどうやって過ごしていたかまったく思い出せないと言うことだ。こう言うのを記憶喪失というらしいな」
話を聞く限り、彼が転生者ではないかという疑問が大きくなった。
ただ、それを知ったところで転生者についての知識が深まるわけでもない。
仮に彼が転生者だとしても、生前の記憶を引き継がなかったのは、振り返りたくない思い出があったのではと仮説も立てる事が出来る。
結局、二人で答えの出ない会話が延々と続き、ドボォイの出口にたどり着いた。
出口の外は岩場の荒涼として風景が広がっている。
荷台から顔を出したニーナによれば、帝都の北西に位置するロックガーデンと呼ばれる場所だとわかった。
この場所にはめぼしい資源がないため、わざわざ足を運ぶ人はいないそうだ。
つまり、彼らは人の気配がない場所を選んで出入口を作ったと言うこと。
また、人が近付かないエリアのため、魔物たちの住処にもなっている。
周りに警戒していると土色のオークを見つけた。
岩場や砂漠を好む“マッドオーク”と言う亜人だ。
ゴブリンが砂地に適応したサンドマンと同様に、保護色を使って近付く獲物に襲いかかる。
行動の特性さえ理解していれば、並みのオークを相手にするのと違いはない。
「レイジ、お前には何体見える?」
コルグスは口元をニヤリと歪めた。
どうやら、彼も周囲の気配を探れるようだ。
言われて数えてみると七体のマッドオークを確認する事ができた。
他にも隠れている心配は残るが、居たとしても馬車からは離れているため、すぐに襲われる事はないだろう。
「七体だ。そっちは?」
「こちらも同じ数だ。どれ、私が片付けてこよう。お前たちはここで待っていろ」
そう言うとコルグスは馬車から降り、マッドオークが潜む方向へ歩き出した。
保護色を利用して岩に擬態しているため、目を凝らさなければ見つけるのは難しい。
一体目は岩を背にして獲物を待ち伏せいる。
コルグスはおもむろに斧を天高く振り上げると、隠れている岩ごとマッドオークを両断した。
厚さが三十センチ以上ある岩は、まるでバターのように切断されている。
まさに一撃必殺という言葉がふさわしいだろう。
斧の切れ味が鋭いのはもちろんのこと、振り下ろすスピードも尋常ではなかった。
あんなものの直撃を受ければ、僕でも簡単に命を落とすだろう。
コルグスは別の敵に狙いを定め、再び斧を構えた。
次の獲物も岩に身を隠して待ち伏せている。
こちらも岩ごと真っ二つにしてしまった。
残る数は五体。
さすがに仲間が二体もやられた後では、残っているマッドオークも黙ってはいない。
「ようやく戦う気になったか。肩慣らしにはちょうどいい」
コルグスは頭上に掲げた斧を大きく回転させ、小規模な竜巻を発生させた。
同時に、周りの空気が彼の元に集まっていく。
空気の流れを見る限り、上昇気流が発生し、馬が怯えてしまった。
僕は必死で手綱を握りながら馬の首を撫でて落ち着かせるよう努力する。
その間に、コルグスは竜巻をさらに成長させた。
以前見た技と同じなら、ここで回転を止めて斧の中に竜巻のエネルギーを吸収するはずだ。
しかし、今度は斧の回転を止めても竜巻は吸収されず、その場で渦を巻き続けている。
失敗かと思ったとその時、竜巻はまるで生き物のように動き始め、一直線にマッドオークの塊へと向かっていった。
次の瞬間には、竜巻がマッドオークたちを襲い、巻き込まれた者から順に切り刻まれていく。
その光景はミキサーに入れられた食材が粉々になっていく様子に似ていた。
竜巻は全ての敵を粉砕すると、役目を終えたと言わんばかりに霧散してしまった。
「こ、コルグス、今のは?」
「竜巻の中に真空の渦を作ったんだ。中に入った者は今のようにミンチになるぞ」
「さすがに怖いな…」
「はははッ、大丈夫だ。攻撃する対象は選ぶことが出来る。仲間に危害が加わるようはないさ」
仕事を終えたコルグスは御者台に戻って腰を下ろした。
周りにあった敵の気配は完全に消え、安全が確保された事がわかる。
この辺りで僕らを邪魔する者はいなくなった。
荷台から様子を伺っていた三人はコルグスの力に驚いていたが、セドアだけは平然としていた。
自分の上司と言うこともあって、彼の実力を良く知る一人だ。
マッドオークとの戦闘が終わった後、帝都に到着するまでの間に二度の戦闘が繰り広げられた。
その度にコルグスが前線に立ち、僕らの出番は回ってこなかった。
さすがに、怪力自慢というだけあり、近くにある岩や立ち木さえも両断してしまう腕力は脅威すら覚える。
元々、魔具でもある斧の能力も相まって、彼の実力はとても心強かった。
夕方。
わずか一日で帝都にたどり着いた。
まさかこれほど早く帰って来られるとは夢にも思わなかった事だ。
それを思うと、初めてノースフィールドに行った時の苦労は何だったのだろうか。
不干渉領域のマンイーターや基地を襲ったマーナガルムとの戦闘が遠い日の事のように思う。
もちろん、無用な苦労をする必要はない。
安全に旅ができるならそれに越した事はないのだから。
時刻はそろそろ飲食店が夕食時の営業を始める頃だ。
仕事を終えた人々が酒場に集まっていた。
僕らも空腹になってきた頃だが、その前にやっておくべきことがある。
皇帝への報告だ。
それに合わせて二人を紹介する必要がある。
皇帝の夕食が始まる前に引き合わせておいた方がいいだろう。
馬車を厩舎に預け、急いで宮殿に向かった。
宮殿へ向かう道中、ローブ姿で顔を隠すコルグスとセドアは緊張していた事だろう。
しきりに周囲を警戒していたが、彼らの心配とは裏腹に、誰も彼らに気が付く者はいなかった。
ただ顔が見えないというだけで、ドワーフという存在を隠すには十分というわけだ。
宮殿に着くと、急いで謁見の依頼をした。
普段なら王座の間で謁見するところだが、内部は魔物の襲撃で天井が大きく崩落しているため急きょ別の部屋に案内された。
そこは軍議を開く司令室で、普段はほとんど使われない部屋だ。
宮殿の中を行き来する従者たちでも近寄らない場所のため、誰かに話を聞かれる心配も少ない。
この辺りの根回しは皇帝なりの配慮と言ったところか。
「陛下、戻りました」
「待っておったぞ。ではさっそく成果を聞こうか」
皇帝はさっそく本題を切り出した。
「では、順を追って報告いたします。和解の件ですが、現時点では保留となりました。ですが、我々に理解のある彼らが協力してくれる事が決まり、こちらへ案内しました」
「…あなたが皇帝か。想像していたより大らかな人柄とお見受けする」
「長旅ご苦労であった。それと、協力に感謝する。それから、これまで我々がしてきた非礼、まことにすまなかった。詫びを言っても足りないのはわかっている…。これから少しずつ国民の意識を変えていくつもりなので、それまで辛抱強く待っていただければ幸いだ」
そう言って皇帝は深々と頭を下げた。
思えば、皇帝が誰かに謝罪をする姿は初めて見たような気がする。
いつも威厳と緊張感を保っている姿ばかり見てきたが、これはこれで新鮮だ。
アルマハウドもこの皇帝の姿は初めて見たらしく、目を丸くして驚いていた。
えっと、明日まであと4分しか残ってないとか…ギリギリ過ぎる。(汗)
誰か私に休みをください…。(涙)
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