シーン 13
しばらくすると料理が運ばれてきた。
昨日の酒場とは違い、イタリアテイストの鮮やかな料理が皿に盛られている。
真ん中に置かれた皿にはパスタとピザ、それと各々にサラダとスープが付いている。
注文したのは“ディナーセット”のようだ。
続けて別のウエーターが葡萄酒の入ったボトルとグラスを三つ持ってきた。
服装や雰囲気から察するにソムリエなのだろう。
「さぁ、食べよう。これは西の果てにある港町でよく食べられる家庭料理だ。二人とも遠慮なく食べるんだよ」
「私、真ん中のお皿の料理初めて見ます」
「パスタとピザか。魚介が乗っててウマそうだな」
「レイジは料理にも詳しいのかい?」
「あぁ、たまに食べる機会があったからな」
「ふむ…まぁいいさ。何だか私もキミの言動にあまり驚かなくなってきたよ」
「慣れてきたんだろ?気にするだけ無駄だよ」
きっと、ニーナの中で僕に対する認識が、めまぐるしく変わっているのだろう。
普段クールなニーナも少し動揺した様子で目が笑っていない。
「そうだ、レイジ。キミは葡萄酒を嗜むのかい?」
「いや、飲んだことはない。日本では二十歳を過ぎるまでは飲んではいけない決まりだったんだ」
「ほぅ…それはもったいないな」
「若いうちから飲むと頭がバカになりやすいそうだ。まぁ、飲む量にもよると思うがな」
“お酒は二十歳を過ぎてから!”何て常識はこの世界にはないらしい。
男女共に十六歳で一人前の大人と認められるので、酒はその頃から解禁されるそうだ。
サフラはまだ飲めないから、ニーナが無理に勧めるということはなかった。
変わりにと言わんばかりに、グラスに並々と注がれた葡萄酒を差し出され、少し引いてしまった。
「さぁ、飲め!」
「お…おぅ」
正直、酒を飲むのは今回が初めてだ。
両親共に酒は嗜むタイプだったので、飲む事はできるだろう。
飲めなければ、何と思われるか少し気になるところではあるが。
余計な事を考えながらグラスを口に運んだ。
「…ん?ウマい」
「そうだろ~。なかなかイケル口じゃないか。ほら、開けた開けた」
促されるままに飲み干すと次の葡萄酒が注がれた。
あまりアルコールは感じない。
ニーナによれば、これくらいが普通だという。
中には度数の高めのモノもあるらしいが、幸か不幸か、この店には置いていないらしい。
話をしながらの夕食は楽しかった。
途中から楽しくなり過ぎて実はあまり記憶がない。
「…キミ、飲み過ぎだぞ?」
「だ~いじょ~ぶだって」
「いやいや…大丈夫には見えないから…。悪いことは言わない、止めておけ」
これが最後に覚えていた記憶だ。
呂律が回っていないのは否めないが、気分が高揚していたのでまったく気にならなかった。
そして今、僕は宿のベッドで横になっている。
頭痛がして頭が重かった。
おまけに少し吐き気もある。
これが二日酔いというヤツか。
頭に手をやりながらベッドの傍らを見ると、サフラが不安そうな顔をしていた。
正直、ここまでどうやって帰ってきたのかさえ覚えていない。
途中で粗相をしていなければいいが、不毛なので考えるのは止めておこう。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「…ん、あぁ…心配かけたな」
「はい、お水」
「すまん…」
「無理しないでもう少し休んだ方がいいよ。ニーナさんも昨日は少し飲み過ぎちゃったみたいで、まだ寝てたから」
「そっか…悪いな」
「気にしないで。私ももう少し休むね」
再び身体を横にすると睡魔に襲われた。
次に目が覚めると、正午を少し過ぎていた。
よく眠れたので二日酔いの不快感は和らいでいる。
少し頭がぼんやりするのは眠り過ぎたからだろう。
サフラはソファーに腰を掛け、小さく寝息を立てていた。
結局、夕方近くになって僕らは宿を出た。
目的はもちろん鍛冶屋に行くためだ。
そろそろ注文しておいた品物が出来ている頃だろう。
サフラははやる気持ちが抑えきれないのか、早足で先を急いだ。
鍛冶屋に着くと、亭主が出来上がったばかりの短剣を眺め、うっとりとしていた。
まるで我子を愛しむ父親のような優しい顔だ。
「おぉ、ニーナとお二方。待ってたよ」
「完成したんですね!」
「おうよ!嬢ちゃんのために丹精込めて仕上げておいたよ」
「ありがとうございます!」
「何、こんな可愛い子に使ってもらうんだ、コイツも本望だろうさ」
出来上がったスティレットはグリップに赤い革が撒かれている。
使われている革はノースフィールドに生息する希少な草食動物のものらしい。
丈夫で滑り難い一級品だと亭主は胸を張った。
鍔の部分も赤を基調とした金属が使われている。
聞いたところによると、テイタンを精製する途中で、炉の中に赤い色素の鉱物を混ぜているんだとか。
ただし、不純物を混ぜる関係で、正規のものより強度は落ちるらしい。
それでも鋼鉄と同等の強度はあるため心配ないようだ。
「さすが、イイ仕上がりだ。私にも一本欲しいくらいだ」
「ニーナには短剣よりもショーテルがいいだろう。どうだい?久しぶりに整備していくか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。また必要な時にでもお願いするさ。それより、御代の件だが…」
「ん?あぁ、本体、鞘、特製のベルトを合わせて…そうだなぁ、金貨一枚でどうだ?」
「わかった。では、これでお願いするよ」
そういってニーナは財布から金貨を取り出して代金を支払った。
もちろん僕らに確認は取らずにだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれニーナ。何も代金を支払ってもらうことはないぞ」
「いいや、これは私からの餞別だ。それより、大事に使ってくれればそれでいい。それに、その剣を見ていつも私の事を思い出すだろう?」
「ニーナさん、本当にいいの?」
「あぁ。その代わり、素敵な女になるんだぞ?」
「はいッ」
ニーナは満足そうだったため、無下に行為を断る事も出来ず、受け入れておくことにした。
店主は最後の調整にと、腰に巻くベルトの位置を調節してくれた。
グリップはサフラに合わせて少し細く仕上げてあり、長く握っていても疲れず、力も入れやすいと喜んでいる。
他にも店主の計らいで、一回り小さい短剣をプレゼントされた。
こちらは鋼鉄製で出来ているが、本来は投擲用に作られたナイフらしい。
使い方次第では包丁や殺人道具としても使えるので、好きなように使って欲しいとの事だ。
物語の進行上、今回は文量が少なめです。
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