シーン 12
2012/04/25 改稿済み。
宿への帰り道。
ニーナが何やら興味深いことを言い始めた。
それはこの町でよく使われている“黒色火薬”についての情報だ。
火薬は鉱山の発破によく使われるため、町中には火薬を専門に扱う問屋がある。
ただし、取り扱いが難しいため、一般への販売は原則行われていない。
覚えている範囲で言えば、黒色火薬は火縄銃の火薬として利用されていた。
しかし、現在の現代になると無煙火薬の発明により、だんだん姿を消していった。
それでも、使い方次第ではそのまま兵器転用も可能な代物だ。
火薬は火気や衝撃でも爆発するおそれがあり、扱いは極めて慎重に行わなければならない。
「ふむ…それで、そこまで話したと言うことは何か知っているんだろ?」
「キミはなかなかせっかちな性格なのかい?まぁ、気になるというのは、分からないでもないがね」
「あまり回りくどい話が好きではないだけだ。それでだ、火薬を使った武器でも開発されたのか?そうだな…例えば大砲や銃。もしくはそれに関連した爆発物か?」
「…キミは一体何者なんだい?時々不思議に思うよ」
「詮索するのは構わないが、これが俺という人間だ。それに、火薬を使った物で思い付くので、他に思いつくもの何て花火くらいのものだろ?」
「ハナビ?」
今度はサフラが不思議そうな顔をした。
聞くとこの世界に花火はないらしい。
まだ火薬が一般的なものではなく、扱える人材も数えるほどしか居ないというのが理由らしい。
確かに、使い方を誤れば取り返しのつかない事態を招くことがある。
娯楽のために生まれた花火でさえ、一歩間違えば大惨事というニュースも目にした事があった。
ただ、花火を見たことのないサフラに説明するのは難しいため、適当にごまかしておいた。
ニーナが何故驚いたのかを聞いたところ、兵器転用に関する火薬の情報は、公には伏せられているらしい。
鉱業目的の利用でさえ、皇帝陛下の許可証がなければ扱えないようになっている。
まだ、火薬という物が一般的に浸透しているわけではないようだ。
ニーナはある筋から、国家機密に関わる火薬の兵器転用の情報を得ていた。
具体的な兵器の使用方法は、堅牢な城塞を突破する攻城戦兵器だ。
大口径の砲門を備えた移動式の砲台で、その研究を廃坑になったトンネルの中で行われているらしい。
だから僕が“大砲”と口にした時点で、ニーナは驚いたようだ。
機密情報で誰も知らない兵器の名前など、誰も知っているはずがない。
もちろん、この世界の常識から考えれば逸脱した思考だが、現代社会に当てはめれば、特別おかしいと言うこともない。
世界大戦が終わり平和になった日本では無縁になりつつある兵器だが、海外では今も当たり前のように戦争や内紛が起きている。
そのたびにテレビを通じて見るリアルな情報があるからこそ、こうした知識を忘れないでいられるのだと思う。
「別にどこかから情報を仕入れたわけじゃないさ。残念ながら、日本という国にも大砲はあったんだよ。厳密にはもっと高精度なものがね」
「…やはり分からないな。キミは何者なんだい?」
「言ったろ、俺は旅人だよ。それ以外の何者でもないさ」
「ふむ…まぁ、そういうことにしておこう」
「それで、その国家機密級の兵器…これから何があるんだ?」
「…やはりキミは察しがいいな」
少し間をおいてニーナは続けた。
「…近々、帝都で大規模な傭兵の募集が行われる。集められたら兵士はドワーフ族の住むノースフィールドに送り込まれ、ドワーフの殲滅作戦の駒として扱われるのさ」
「殲滅作戦…?」
「あぁ、作戦名は仮称だが“北方大遠征”というらしい。その作戦の要になるものをここで研究している…と、信頼できる情報筋からの話さ」
つまり、長年敵対してきたドワーフ族に対し、攻勢を掛ける要の兵器を研究しているらしい。
具体的にどの程度まで開発が進んでいるのかは分からないが、ニーナの口振りではある程度のめぼしがついているようだ。
ドワーフ族は厳寒大地であるノースフィールドで生き抜くため、地下に都市を作って生活している。
都市を中心に延びた地下トンネルは、蟻の巣のように張り巡らされ、総延長が数百キロにも及ぶそうだ。
彼らは太陽と決別して生活しているが、決して闇の中で暮らしているわけではない。
“光苔”の一種が放つ光を太陽の代わりにしているようだ。
これにより真っ暗な地下世界は常に照らされ、植物も育つらしい。
「話はわかった。それで、お前はドワーフに恨みでもあるのか?」
「いや、直接的な恨みはない。ただ、ドワーフやエルフは人類共通の敵だ。ヤツらはゴブリンやオークなどとは違い凶暴で危険なんだよ」
「…悪い、俺はとても遠い国から旅をしてきたんだ。故郷にはゴブリンもドワーフもエルフも居なくてな。正直、人類共通の敵と言われてもピンと来ないんだ」
「…キミは何者何だ?」
「いや…だからそれはさっき聞いたし、たった今説明したところだろ。あまり詮索するなよ」
とりあえず言えるのは、この世界で僕は異質な存在であること。
ただ、知らないことが多すぎて混乱しているのも事実だ。
何故、種族間で対立しているのか、そこが分からなければ「はい、そうですか」と納得することは難しい。
だから、詳しい説明を聞いておかないとこの先も同じ疑問を持つようになる。
幸い、ニーナは悪いヤツではなく、ちゃんと説明をすればわかってくれるだろう。
「…サフラちゃん、こんな男とは見切りをつけて私のところへ来ないか?」
「コラコラコラ!いきなり何を言い出すんだ!」
期待出来ると思っていた矢先にこの言動が飛び出すとは思っても見なかった。
当の本人は至ってマジメという顔をしているのが気に食わない。
「何だ、私は思ったことを口にしたまでだが?」
「余計にタチが悪いわ!まったく…お前には少し信頼をおけると思っていたんだがな…。勘違いだったようだ」
「ふッ…これはまた早計だな。私にはキミが何者なのか何て、実はどうでもいいんだよ。からかっただけだ、気を悪くするな」
「…で、知ってること、教えてくれるんだろう?」
「あぁ。ただし、誰でも知っているありふれた事ばかりだがね」
それだけ断ってニーナは説明を始めた。
まず、この世界の成り立ちについてだ。
世界に広く浸透する宗教の教義では、かつて天上界に住む神が世界を作ったとされている。
神はまず巨人族を創った。
しかし、彼らは旺盛な食欲で地上のすべてを食べ尽くそうとしたので、困った神は巨人族を外界の孤島に幽閉してしまった。
これは今も存在する巨人族“ジャイアント”のことだ。
続いて神はドワーフとエルフを創った。
彼らは信仰心に厚く、神の従順なしもべになるはずだった。
ところがドワーフとエルフは仲が大変悪かった。
お互いに小さなケンカが絶えず、両者は北と南に別れて戦争を始めてしまったらしい。
困った神は、最後にヒューマンを創った。
ヒューマンはドワーフのように頑丈な身体を持っておらず、エルフのように長寿ではなかったが、爆発的な繁殖力を持ち、環境への適応力も高かった。
ヒューマンは少しずつ勢力を拡大しながら、やがて大陸の中心に都市を築いた。
これが今の帝都である。
ヒューマンは神の教えに従い、ドワーフとエルフの仲介役を務めるはずだった。
ところが神に逆らう両種族は聞く耳を持たず、ヒューマンを敵として認識するようになる。
こうして過去に何度も戦争を繰り返し、三者は三つ巴の睨み合いをすることになった。
ちなみに亜人種たちは神が創り出した失敗作だと言われている。
本来ならヒューマンに代わって亜人種が両者の仲介役を務めるはずだった。
ただ、亜人種たちは粗暴で自制が利かず、ドワーフとエルフの攻勢にあって勢力を延ばせないまま今に至っている。
もちろん、ヒューマンも亜人たちを敵対視しているのは言うまでもない。
こうしてヒューマンは神の名の下に。数々の聖戦を繰り広げ、“神に選ばれた種族”を自負している。
ヒューマンの存在意義は、世界の安定と平和のためというのが一般的な常識だ。
「…これが誰でも知っている世界の常識だ。サフラちゃんでも知っているさ」
ニーナがアイコンタクトをすると、黙って聞いていたサフラは頷いて応えた。
「ふむ…話しは大体分かった。宗教の教義は知らんが、要するにドワーフとエルフは人類共通の敵…と言うことだろう?」
「その通りだ。ヤツらは我々の仲間を多く殺した。国民の中にも家族を殺されて恨みを持つ者は少なくないんだよ」
「だから戦争…か。道理といえば道理だな。何となくだがわかったよ」
全て理解できた分けではないが、これが常識ということらしい。
気になることはまだ残っているが、追々確かめていくことにする。
話が盛り上がるうちに宿へと帰ってきた。
ニーナは三階に部屋を取っていたので、夕食まで部屋で休むと言って姿を消した。
僕らも一度部屋に戻って、夕食の時間を待つことにした。
夕方。
外はすっかりオレンジ色の夕焼けに染まっている。
この星でも地球と変わらない営みが繰り返されているようだ。
窓の外を眺めながら物思いに更けていると、部屋のドアがノックされ扉が開いた。
「二人とも、そろそろ夕食にしよう」
「…ニーナ、中から返事があるまでは扉を開けるんじゃない。マナーをわきまえろ」
「あれ~そうだっけ?まぁまぁ、気にしないで飯にしよう」
「…ったく。準備するから、お前は表で待っててくれ」
準備を整えて宿を出た。
向かったのはニーナがオススメという酒場だ。
酒場は中央通りの外れにあり、店内は落ち着いた雰囲気らしい。
外観は一般的な酒場の佇まいと遜色がなく、入口には看板変わりの酒樽が並んでいる。
ここは旅人がほとんど訪れない穴場らしく、席に座る客たちは服装から町の住民だとわかった。
席に座った僕らはメニューから適当に注文をした。
「かしこまりました」
気さくそうな女性店員は最後にメニューを復唱して奥へと消えて行った。
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