シーン 11
2012/04/16 改稿済み。
僕の気持ちが落ち着いたところで、二人の手合わせを思い返した。
客観的に見て、実力は明らかにニーナの方が上。
身長差のリーチもあるが、それ以上に相手を傷付けないよう戦うのは、見た目より容易な事ではない。
反対にサフラは僕と手合わせをした時とは別人だった。
僕とやり合った時は、小手先だけで対応していたのに対し、ニーナの時は全身をバネのように使い、自らの非力を補っていた。
僕自身、剣術や武術に精通しているわけではない。
中学の時に体育の授業で剣道の基本動作を学んだ程度だ。
僕のように力任せに振るう剣とは違い、サフラの剣は繊細な剣裁きの中にも大胆さを兼ね備えていた。
単純に技術なら僕よりもサフラの方が上だと一目で分かるほど。
「レイジ、試験の結果はどうだ?私に負けるようでは合格とはいかないか?」
「…いや、アンタは手加減して尚あの強さだ。比較的にはならんだろう。それを差し引いてもサフラは良くやったよ。正直驚いたよ」
「じゃあ…」
サフラは期待を込め、上目遣いをしている。
これを見ると、何でも許してやりたくなるのは僕の甘さだろう。
隣で見ていたニーナはそれを見て、何故か顔を赤らめていた。
どういう精神構造をしているかは分からないが、良からぬことでも考えているのだろう。
障らぬ神に…の精神から、全力で無視をすることにした。
「…無茶はするなよ」
「それ…認めてくれるってことでいいのかな?」
「あぁ。それでも、あくまで自衛の手段として使うんだ。極力お前に降りかかる危険は俺が払う」
認めるかと言った以上、サフラにも武器を買い与えてやらなければならない。
ただ、僕はこの世界の武器事情に精通はしていない。
サフラにはどんな武器が適しているのだろう。
短剣が得意と言っていたので、素直にナイフを買い与えてやればいいだろうか。
短剣と言っても直刀や曲刀、両刃や片刃など種類は多様化している。
いろいろ思案しているとニーナが話を切り出した。
「サフラちゃんは“突き”に特化した短剣使いだろう?それなら扱うなら“スティレット”がいい。突き刺しに特化した短剣だから手にも馴染むだろうね」
「あッ、お父さんも同じ物を持ってました。形見は焼けちゃったけど…」
亡き父親を思い出したのか、サフラは俯き加減で黙り込んでしまった。
さすがのニーナもこの程度の空気は読めるらしく、茶化すような真似はしなかった。
変わりに新しい提案をした。
「それじゃあ、スティレットを買いに行こう。知り合いに腕のいい鍛冶屋がいる。案内しよう」
「え?いいの?」
「あぁ、私とサフラちゃんの仲じゃないか」
いつの間にかすっかりニーナのペースだった。
ここは僕がシッカリと舵取りをしなければいけないが、そうさせて貰えない空気が漂っている。
普段ならシッカリ者で通るサフラも、この時ばかりは新しい玩具を買ってもらえる約束をした子どものように、目をキラキラと輝かせていた。
鍛冶屋に向かう途中、ニーナはこっそりと僕に近づき耳元で囁いてきた。
内容はサフラに関するもので、このまま鍛え上げれば並み以上のバウンティーハンターに成長する逸材だと告げてきた。
下手をすれば近い内にニーナの実力を超える可能性も秘めているらしい。
もちろん、それにはちゃんとしたコーチの下で修行する必要がある。
先ほどの体裁きを見れば、サフラが普通の女の子でないことは良く分かった。
幼い頃に父親から受けた英才教育の賜物だろうと、ニーナは何故か一人ご満悦だった。
サフラの父親には会ったことはないが、剣の腕はそれなりに覚えがあったのだろう。
きっと、ゴブリンの襲撃事件も一対一だったらやられる事はなかったのかもしれない。
運命論を語るつもりはないが、父親の死が必然なら、彼女との出会いも偶然とは思えなかったのではないかと、今にしてそう考えるようになっていた。
ここで一つ気になったことがある。
サフラから話を聞いたところ、まだ実践経験は一度もないらしい。
正確には過去に一度、芋虫を大型犬程のサイズにした魔物“クローラー”と対峙ことがあるらしい。
その時は一緒に居た父親が倒したため、実質的な経験は皆無に等しいのだとか。
ちなみにクローラーはゴブリンに比べてかなり低級な魔物だ。
普段、農作業程度で身体を動かす農夫なら、二、三人で攻めかかれば容易に倒せるらしい。
ハンターギルドでの格付けも最低のランクに分類されている。
ニーナの見立てではサフラの能力なら、クローラー程度なら遅れを取ることはなく、ゴブリンが相手でも辛勝できる程度の実力のようだ。
それでも、集団戦や実力以上の相手と対峙した時の対処法など、今後の課題はいくつかある。
それでも、並みの一般男性よりは強いといことになるので、武器さえ手にしていれば町で暴漢に襲われても一人で対処できそうだ。
むしろ過剰防衛になるとは思うが、そこは気にしないでおこう。
ニーナの案内で町の南東にある鍛冶屋にたどり着いた。
外からでも鎚で鉄を打つ金属音聞こえてくる。
中に入ると強面の店主が剣を鍛えていた。
ニーナは軽く声を掛けると、作業が終わるまでの間、棚に並んだ品物を眺めて待つことになった。
一般的な常識として広く浸透して事のようだが、基本的に武具は鍛冶屋から直接購入するケースがほとんどだ。
中には各地から買い付けてきた武具を売る量販店もあるが、店の数はあまり多くない。
理由はいくつかあるが、最大の理由としては鍛冶職人と購入者の信頼関係にある。
購入者は鍛冶職人の人柄や製品の品質を精査し、総合的に判断をして商品を選ぶようだ。
反対に、量販店では製作者の事を知らないまま購入するため、粗悪品を掴まされる場合もあるらしい。
武具は命を預ける大切な道具なので、何でもイイというわけにはいかず、気軽に購入するものではないと教えてくれた。
また、すでに店頭に並べられたら武具であっても、購入者に合わせて微調整をするサービスがあり、これは量販店には真似できないサービスだ。
他にも武具は厳密に言えば消耗品になるため、ある程度使い込めばメンテナンスが必要になる。
そうした場合でも、購入した店に持ち込めば割引が利いたりもする。
ニーナも各地で贔屓にする鍛冶屋がいくつかあり、ここもその一つなのだとか。
店の中はそれほど広い間取りではなかったが、棚を最大限に活用して武具が展示されていた。
売れ筋は扱いが便利な短剣やショートソードの類で、数は少ないが両手で扱う大剣も置いてあった。
特に短剣は装飾が細かい物が多く、一見すれば美術工芸品のように見える。
反対に大剣は無骨な鉄の塊のような造りのモノがほとんどだった。
しばらくすると店の奥から聞こえていた鍛冶の音が鳴り止んだ。
「おまたせ。久しぶりだな、ニーナ」
「マスター、ご無沙汰だ。今日は客を連れてきたよ」
そう言って僕らを紹介した。
店主は納得したのか、カウンターに立って営業スマイルを浮かべた。
「で、お客さんはそちらのお兄さんでいいのかな?」
「いや、こちらの少女だ。彼女が扱いやすいスティレットを探している」
店主は少し驚いた様子だったが、すぐに気持ちを切り替え、思い当たる商品の説明を始めた。
「それじゃあ、鋼で作った物がいいだろう。鉄製よりは値は張るが、耐久性は申し分ない」
「うーん、鋼鉄製か、悪くない…が、前に“テイタン製”のスティレットがあっただろう。あれが見たい」
“テイタン”とは産出量のとても少ない金属だ。
一般的な鋼鉄よりも二倍程度の強度があり、重さに至っては半分程度いという特性がある。
また、その硬さから加工がとても難しいようだ。
加工するためには鉄を精錬するよりも高い温度が必要になるため、設備もそれなりの規模でなければならない。
この工房にはテイタン専用の炉があり、数は多くないが鉄製よりも上位の武具として生産している。
ちなみにニーナが愛用するショーテルもテイタン製だ。
店主は奥から革の鞘に収まった短剣を運んできた。
どうやらニーナが目を付けていた品らしい。
ただ、まだ完成しているわけではないらしく、持ち手の部分は地金が剥き出しになっている。
「これがご所望の品だ。まだ、グリップと柄の加工の途中だが…試しに持ってみるか?」
「はい。是非!」
短剣を受け取ったサフラは急に驚いた顔をした。
理由を聞いてみると、思っていたよりもずっと軽いらしい。
通常、この程度の短剣は重いもので一キロ近くはある。
スティレットは突き刺す事に特化した細身の短剣だが、それでも特別軽いと言うわけではない。
それなのにテイタン製のスティレットは、まるで自分自身が力持ちになったのではと錯覚するほど軽いようだ。
「…不思議。軽いのに、何て存在感なの?」
「だろう?ウチのテイタンは純度が高いから、そこらの安物とはワケが違うさ。それこそ、鉄製の安物と打ち合えば相手の方が刃こぼれを起こすぞ?」
「何だか凄い剣みたいだな」
「ウチがオススメする業物だからな。銘を“夜桜”と言う」
「夜桜?」
「刀身が黒っぽいんだ。嬢ちゃん、ソイツを鞘から出してみな」
サフラは言われるままに刃を抜くと、黒光りした刀身が現れた。
これもテイタンの特徴で、金属自体が黒色をしている。
ちなみに銘にあった夜桜の“夜”はテイタンの色を表し、“桜”はこれから施すグリップと柄の色を赤系統にする予定らしい。
「綺麗…」
「そうだろう、そうだろう。ソイツを研ぐ時はダイヤを使うんだ。並の砥石じゃ歯が立たないからな」
「マスター、一つ忠告を忘れているぞ?いつものアレだ」
ニーナは店主にそういうとアイコンを送った。
指摘を受けた店主は苦笑を浮かべながら、説明を付け加えた。
「おぉ、そうだった。テイタンの特性だがな、鉄製の武器に比べて軽い分、武器自体の重さが足りないから注意するんだ」
「つまり、重さに頼った攻撃は期待できないって事か…」
「そうだ。相手の武器が重ければ、勢いに押し負けることもある。そこは注意が必要だ」
サフラも理解出来たのか、短剣を眺めながら感慨深げに頷いている。
確かに軽ければそれだけ早く振ることが出来るが、真っ向からの打ち合いにはあまり向いていないらしい。
サフラのスタイルは突きに特化しているので、非力は手数で補えばいい。
それに直接受け止めるより“いなす”方が得意なのだから、必ずしもデメリットにはならないだろう。
「どうだい、嬢ちゃん?気になったのなら、急いでこしらえるが?」
「ぜ、是非お願いします。あッ…お兄ちゃん…いいよね?」
「もちろんだ。その代わり大事にするんだぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「と、言うわけだ。急ぎの仕事で悪いが、サフラちゃんに合った調整もしてくれないか。彼女はあまり手が大きくはないから、グリップは少し薄めがいい。あとは、マスターの判断に任せるよ」
「了解だ。じゃあ、少し時間をくれ。そうだな…完成は明日の午後までには何とかしておく。お代はその時にでも」
「分かった。よろしく頼む」
僕らは店を後にした。
サフラとニーナはどこか晴れ晴れとした顔で満足気だ。
僕はと言えば少し複雑な気持ちが残る。
本当にサフラを戦場に駆り出すのかという不安だ。
実際、ニーナとの手合わせで実力は把握できてはいるが、いざ実戦となれば訓練とはまるで違う。
相手が自分よりも強ければ命を落としても不思議ではない。
僕には銃があるから少し距離が離れていても援護をする事は出来るが、咄嗟の判断が常に理想通りに働くという保証はない。
短剣は常に前衛に立って戦う必要があるため、間違ってもそんな危険な真似は許したくない。
戦いのスタイルとしては、僕の背中を預けるくらいがちょうどいいだろう。
サフラは賢い子だから状況に応じて僕を助けてくれるような気がする。
「ニーナ、悪かったな。買い物に付き合ってもらって」
「気にすることはない。何せ私の嫁のことだ、自分の事のように真剣に考えているよ」
「…だから、サフラが困ってるだろ。嫁とか意味不明な事を軽々しく口走らないでくれ」
「ふむ…あながち冗談ではないのだがな」
ニーナは少し悲しそうに言っているが、どこまで本気なのかはよく分からない。
きっと大袈裟に言っているのだろう。
いや、そうでなければ困るのだが。
きっと娘を持つ父親はこんな気分を味わうのだろう。
願わくば、娘の幸せを願わずにはいられない。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等がありましたらよろしくお願いします。