シーン 107
旅を続けて二日目の朝。
前方に巨大な森林が見えてきた。
どうやら目指していたフォレストメイズにたどり着いたらしい。
全長が二十メートル近い針葉樹で構成された森は、不気味に僕らを待ち構えている。
フォレストメイズには決まった入口が存在しない。
以前、ここを訪れたアルマハウドは徒歩だったため、森をかき分けていったそうだ。
しかし、今回は馬車のため、通れそうな道を探すしかない。
セシルは教皇を尋問した際、馬車が通れる道を聞き出していた。
地図も用意してあり、迷う心配はない。
セシルは屋根から御者台に移り、ニーナの隣でナビゲーター役を始めた。
しばらく進むと情報の通り入口が見つかり、馬車が十分通れる道幅が確認できる。
道が悪く馬車が多少揺れるのは気になるが、文句は言っていられない。
森の中に入ると背の高い木々に目を奪われた。
遠くから見ても巨大な針葉樹は、間近で見ると尚大きい。
対照的に、満足な光が届かない影響で、背の低い草木はほとんど成長出来ず、歩くやすくなっている。
道をよく見ると、定期的に馬車が行き来している痕跡が見つかった。
「轍だな」
「まだ新しい。信者を移送した馬車のものかもしれない」
「つまり、この道を辿ればホリンズの根城が見付かるかもしれないと言うわけか」
御者台のセシルは手応えを掴んでいた。
反対に手綱を握るニーナは緊張した様子で、表情にはあまり余裕がない。
聞くところによるとフォレストメイズには初めて来たらしく、この森にまつわる様々な噂が緊張の原因だった。
“一度入れば出られない”と聞けば誰でも身構えるだろう。
僕も少し緊張はしているが、普段のパフォーマンスを発揮出来ないほどではない。
ほどよく肩の力が抜けているため、感覚はいつもに比べて鋭敏になっている。
周りの安全を確認しながら馬車は森の奥深くへと進んでいった。
道は複雑に入り組んでいるが、轍が目印になり迷う事はない。
そんな時だった。
周囲に警戒していたセシルが声をあげた。
「何か来るぞ!気を付けろ」
全員に注意が行き届いた直後、森の奥から地響きが聞こえてきた。
姿は見えないが巨大な何者かが迫っているようだ。
同時に嗅いだことの“ある臭い”を感じ、身体に緊張が走った。
「グリプトンだ。みんな、戦闘準備!ニーナ、サフラと一緒に馬車を守れ。アルマハウドとセシルは俺と三人でヤツの迎撃に向かう」
僕は咄嗟に声をあげ、馬車を飛び出した。
馬車からそれほど離れないところで気配の正体が姿を現した。
思った通り、巨大なアルマジロウの化け物“グリプトン”だ。
以前戦った事のあるグリプトンと同様に、頭を振りながら獲物を探している。
前回はニーナとの連携で何とか倒すことが出来たため、今回の戦力は申し分ない。
走りながら“AK-47”を取り出した。
急所は二つある頭だが、片方を倒してもすぐに死ぬわけではない。
確実に仕留めるには両方倒すしかないが、近付きすぎれば“酸”を食らってしまう。
「二人とも、あまり近付きすぎるな!動きが鈍くなったところを確実に仕留めるんだ」
グリプトンまでの距離は約十五メートル。
以前戦った相手と同じなら、これ以上近付けば“酸”の射程圏内に入ってしまう。
僕は距離を保ったまま頭に向けて照準を合わせた。
弾は頭から首にかけて数発命中すると、確実なダメージを与え、右側の頭の動きが鈍くなった。
セシルは剣先に雷を集中させ、剣を横に薙払うようにして電撃を飛ばした。
雷は一直線に右側の頭に向かい、バチバチと音を立てている。
しかし、雷が直撃する瞬間、グリプトンは身体を大きく回転させると、甲羅の部分で雷を受け止めた。
普通なら感電してもおかしくない一撃だが、ダメージを受けた様子はない。
甲羅の一部が少し焦げた程度だ。
「雷を防いだ?」
「気を付けろ、あの甲羅は銃では破壊出来ない!」
「…それなら!」
セシルは“ライトニングソード”を鞘に戻し、背中に差していた“ブレイズソード”を取り出した。
雷が効かないなら炎で対抗しようと言うわけだ。
僕がグリプトンの注意を引きながら、セシルは刀身の炎を灯した。
“ライトニングソード”とは違い、多少の精神的な疲弊が起こるものの、多用しなければ問題はないらしい。
燃え上がった炎は上昇気流を生み、周囲の空気が彼女に集まっていく。
次の瞬間、真っ赤になった刀身を真横に振るうと、剣先から巨大な炎の渦が発生し、そのままグリプトンを飲み込んでいった。
「やったか!?」
「いや、怯んだだけだ。アルマハウド、一気に首を斬り落とせ!」
アルマハウドは炎に巻かれて暴れまわるグリプトンに飛び掛ると、落下速度を生かした一撃を左側の頭に叩き込んだ。
分厚い鉄板のような刀身は、一抱えほどある岩でも簡単に粉砕する威力がある。
グリプトンの頭は、まるで“スイカ割り”のスイカのように粉々に砕け散った。
片側の頭を失い完全に動きが止まったところで、セシルは“ライトニングソード”に持ち替え高く跳躍すると、電撃を纏った刃で残った右側の首を斬り落とした。
「凄まじい切れ味だな」
「あぁ、雷の能力で細胞から焼き切ったからな。見ろ、切断面が美しいだろ?」
指摘されて倒れたグリプトンを見ると、右側の首は切れ味の鋭い包丁で豆腐を切ったように切り口が滑らかだった。
銃の弾一発では明確なダメージが与えられず、何発か撃ってやっと致命傷になる程度だ。
そう思うと、彼女の持つ魔具の強力さを実感する。
アルマハウドが破壊した左側の頭も、熟れたトマトのように潰れ、肉片が辺りに散らかっている。
見た目にもグロテスクであまり直視したくはない。
彼の場合、純粋な腕力だけで自分の身長とほぼ同じ大剣を、まるで竹刀のように振り回していた。
これも人間とは思えない動きだ。
「相変わらず、お前らは化け物みたいな戦闘力だな」
「いや、レイジの働きはなかなか良かったぞ。指示も的確だった。キミの場合、前衛に立つより後衛で司令塔をするのが向いているんじゃないか?」
「後ろに居ると戦闘を客観的に見られるからな。その点で、向いているんだろうな」
「なるほど。それは一理あるな。何にしても助かったよ」
馬車に戻ると戦闘を見守っていた二人が待っていた。
戦っている間、特に危険はなかったらしい。
以前、二人はグリプトンと対峙したことがあり、恐ろしさを十分理解している。
そんな事もあって、余裕で帰ってきた僕らを見て唖然としていた。
実際、セシルの活躍が大きい。
僕はただ後ろから援護射撃と指示を出しただけだし、アルマハウドは弱っているところへ一太刀入れただけだ。
そう考えると、人間の中で最強と言われる彼女の強さを改めて実感する。
僕よりも華奢な彼女のどこにそれだけの力を秘めているのだろうか。
疑問は尽きないが、彼女の強さが心強いという事実は変わらない。
「公爵、いつの間に“ブレイズソード”を?」
ニーナが一番驚いていたのは、セシルが“ブレイズソード”を使った事だった。
彼女がセシルに会うのはこれで二度目だが、大聖堂へ潜入した時に不参加だったため経緯を知らなかった。
セシルは背中のブレイズソードを手に取り、昔話のように思い出を説明した。
それを聞いてニーナも納得したようだ。
「…なるほど。雷と炎を操ることが出来る最強の剣士…。私がいくら修行をしても追いつけそうにない」
「おやおや、自信をなくしてしまったのかい?大丈夫だよ、キミも自分に合った魔具に出会うことが出来ればきっと強くなる。確か、キミの持っている剣は氷…いや、温度を操る能力だったかな」
「えぇ。ですが、まるで適合しない諸刃の剣です」
「ふむ…では、一度この剣を使ってみるといい。私もこの剣は完全に適合できているわけではない。もし適合すれば譲渡しても構わんよ」
そう言って“ブレイズソード”をニーナに手渡した。
「これがブレイズソード…。クオルの物と似ているな」
「確認されている魔具の能力はそれほど多くはない。ただ、その“器”となる剣や鞭などはまったく同じではないんだよ。試しに能力を使ってみるといい。適合すれば精神的な負担をほとんど感じないはずだ」
「やってみます…」
ニーナは意識を集中して刀身に炎を灯した。
さらに集中すると炎が激しく燃え上がり、松明のように辺りを明るく照らした。
「どうだい?」
「…やっぱりダメみたいです。コイツを使った時のように精神が磨り減るのを感じました」
「そうか。それなら、この剣とは適合しなかったと言うことだ。良くある話だ、気にする必要はないよ」
セシルがさりげなくフォローを入れた。
それを聞いてニーナも小さく頷いた。
「あ、あの、私も使ってみていいですか?」
隣で黙って二人のやり取りを見ていたサフラが声をあげた。
どうやら“ブレイズソード”に興味を持ったらしい。
それを見てセシルも嬉しそうに笑った。
「そうだね。キミも試してみるといい」
「ありがとうございます」
セシルから許可を貰い、剣を受け取ると、さっそく意識を集中した。
サフラには“鞭”と適合しているため、「もしかすると…」という期待も僅かにある。
僕は黙ってサフラの様子を伺っていると、剣に炎が灯った。
ニーナの時よりも激しく燃え上がっているが、顔は辛そうに歪んでいる。
「辛そうだね。どうやら適合しなかったらしい」
サフラは現実を受け止めて炎を収めた。
「…すみません、お手数かけました」
「いや、気にする事はないよ。確かキミは鞭と適合していたね。一人でいくつもの魔具と適合するのはあまり例がない。まぁ、私がこう言うのも変な話だがね。何事も、魔具に限らず、適正に合った武器を使うのが一番だ」
今回のやり取りを見ても、セシルが特別だという事は良くわかる。
僕の隣にいたアルマハウドは黙って馬車に戻っていった。
その顔には少し寂しそうに見えた。
彼はどの魔具にも適合できていない。
そのため、魔具に頼らない戦い方に特化するため、大剣を軽々と振るうまでに身体を鍛え上げている。
セシルが“才能に恵まれた天才”なら、アルマハウドは“努力の天才”だ。
僕も才能に恵まれた彼女を羨ましくは思うが、それ以上に努力を欠かさないアルマハウドには感心している。
そのストイックな生き方を“かっこいい”と思うほど。
僕らは馬車に戻って先を急いだ。
この場所ではそれほど時間を使っていないが、空が木々の枝葉に覆われ太陽の位置を見ることが出来ない。
今が何時頃なのかわからない以上、安心して馬車を止められる場所が見つかるまでは気が抜けなかった。
しばらく進むと前方に明るい場所が見えてきた。
見ると木を伐採した後があり、空に穴が開いている。
そこから空を眺めると太陽はちょうど真上から西に傾きかけた頃だった。
“努力”が出来る人は、努力の才能がある人ですね。
何でも“三日坊主”で終わることの多い作者が一番憧れるタイプの人です。(苦笑)
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