シーン 105
教皇を捕らえてから数日が経った。
その間、自分なりに情報収集をしてみたが、目立った成果は得られていない。
セシルからの連絡もなく、あれ以来進展はないようだ。
町の様子も目立った変化はなく、日々の営みが淡々と行われている。
ただ、このまま安穏と過ごすわけにもいかない。
立ち止まっていても状況は変わらないため、そろそろ行動を起こそうと思う。
セシルが指摘した通り、ドワーフたちと和解をする前に、ホリンズの方を片付けておきたい。
そのためには帝都の南にあるフォレストメイズに向かう必要がある。
もちろん危険は承知だが、それ以上の正義感に燃えていた。
「レイジ、何か難しい事でも考えてる?」
ソファーに腰掛けて一点を見詰め、考え事をしていたら、リビングにサフラが戻ってきた。
彼女はペオの手伝いで午後から外に出ていたが、無事に用事が終わったらしい。
「…ん?あぁ、おかえり。ちょっとな」
「ちょっと?」
「あぁ。近いうちにフォレストメイズに行こうと思うんだ。たぶん、ノースフィールドに行った時よりも困難な旅になると思う」
「そっか。私は何処へでもついていくよ。きっと、ニーナさんも協力してくれると思うから」
「そうだな。ただ、これは決定事項じゃないんだ。陛下に許可を貰う必要がある。今日は遅いから、明日陛下に相談する予定だ。詳しい話はそれからさ」
僕が単独で動いてもいいが、何かあった後では遅い。
仮に、考え得る万全を期しても、“十分”とは言い切れないだろう。
周到に周到を重ねても、得られる評価は“普通”か“それ以下”と言ったところか。
根回しと言えば頼りになるのはペオだ。
「ペオ、頼みがある。このメモにある物を揃えてくれないか?」
仕事を終えリビングに戻ってきたペオに遣いを頼んだ。
「これ、急ぎの方がいいですか?」
「出来れば早い方がいい。だけど、無理なら急ぐ必要はないぞ」
「そうですか。ココにある物を手に入れるには、少し時間が掛かると思います。知り合いに当たって確認してみますね」
「悪い。あと、ニーナを見なかったか?」
「ニーナさんでしたら裏庭ですよ」
ペオに教えられたら裏庭に移動した。
ニーナは愛用の剣を手に難しい顔をしていた。
少し汗ばんでいるところを見ると、一人で剣術の稽古でもしていたのだろう。
「ニーナ、ちょっといいか?」
「ん?珍しいな、どうした?」
「まだ決まった話じゃないが、耳に入れておこうと思ってな。近いうちにフォレストメイズに行こうと思う」
「フォレストメイズ…ホリンズの根城か」
「あぁ、ドワーフとの和解の前にハッキリしておこうと思ってな。それで、お前にも参加してもらいたいと思ってるんだ」
「そういう話か。大丈夫だ。私はいつでもキミの味方だよ」
「ありがとな。まだハッキリ決まったわけじゃないから、また改めて話すよ」
翌日。
皇帝にフォレストメイズ行きの件を相談に向かった。
傍らにはセシルも控え、三人で相談をすることにした。
「珍しいな。そなたから私を訪ねて来るとは。何かあったか?」
「えぇ、今日は陛下に折り入って相談に来ました。フォレストメイズの一件です」
僕はフォレストメイズに行かなければならない理由について、真実だけを伝えた。
それを聞いて皇帝の顔は少しだけ曇ったが、すぐに気持ちを持ち直したようだ。
「…話はわかった。ホリンズという男が教皇と関わっているという報告は受けている。だが、そなた自ら出向く理由はあるのか?」
「私は以前、ホリンズにフォレストメイズに来るよう誘われた事があります。その前には仲間になれとも言われています。ですから、それを口実にヤツに近付き、本人から直接情報を得られる事が出来るでしょう。その方が賢明だと考えました」
「なるほど。それで、勝算はあるのか?ホリンズという男は“キメラ”という化け物を生み出し、手駒にしていると報告を受けている。少なくともそれを打ち破るだけの戦力は必要だろう?」
「その通りです。ですから陛下に彼女を貸していただきたいんです」
そう言って皇帝の傍らに立つセシルを見た。
彼女よりも強い者が居ない以上、セシルの戦力は頼りになる。
ただ、彼女には皇帝の護衛という役目があるため、以前のように許可がなければ連れ出す事はできない。
それを良くわかった上で、皇帝へ相談をしている。
「なるほど…。確かに彼女の能力があればキメラを打ち破るのは容易いか。セシル、そなたはどう思う?」
「私は陛下のお言葉に従うのみです。ただ、私が彼に加勢した方が、作戦の成功率が飛躍的に向上するでしょう。問題は、彼がホリンズという男とどれだけ渡り合えるか、それだけのことです」
セシルの言葉を受けて皇帝は目を閉じた。
頭の中で様々なシミュレーションが行われているのだろう。
自分の身を案じるか、それとも作戦の成功を優先させるか、その二択でしかない。
しばらく考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ…わかった。セシル、そなたは彼の協力をしてやれ。それと、アルマハウドにも同行するよう、私からの委任状を今日中に手渡しておいて欲しい」
「わかりました。私が留守の間、宮殿の警備はフランベルクの総力を上げて当たらせます。それで私が居なくなった穴は埋められるでしょう」
「わかった。では、フォレストメイズへの侵攻、私から正式に要請しよう。レイジ、成果を期待する」
フォレストメイズに向かうのは一週間後に決まった。
それまでの間に準備を整えなければいけない。
特に時間が必要なのは、事前にペオに頼んでおいた物の調達だ。
食料の他に、鉱業用の“火薬”を頼んでおいた。
今持っている“火薬玉”では、相手の気を引く事は出来ても、致命傷を与えるのは難しい。
特に、銃で対応できないような巨大な相手の場合、攻撃手段がないのは致命的だ。
そこで考えたのは、火薬玉よりも強力な爆発物を作ること。
理想とするのは携帯性に優れ、相応の破壊力を秘めている事が条件だ。
具体的なイメージで言えば“ダイナマイト”と言うことになる。
ただ、ダイナマイトと作るには“ニトログリセリン”という有機化合物が必要だ。
ここで問題になるのは、僕に理系の知識がない事だ。
元々、文系だった僕は、“ミリタリーオタク”に毛が生えた程度の知識しか持っていない。
いろいろ思案した結果、ダイナマイトではなく、“花火”のような物を作ろうと思っている。
実際には火薬が燃焼して爆発するだけの単純な物だが、工夫すれば十分武器になり得るだろう。
「レイジ様、例の物ですが、近日中に手配出来そうです。ただ、危険物のため、取り扱いには十分注意するようにと言われました」
根回しの早いペオはすでに“火薬”の調達先を見つけたようだ。
「それなんだが、出来れば火薬を専門に扱う職人を探して欲しいんだ。探せそうか?」
「それでしたらすでに手配は出来ています。よろしければここへお連れしましょうか?」
「出来るのか?」
「はい。それと言うのも、僕が火薬を手配したのがその職人なんですよ」
「なるほどな。わかった、ではそのように頼む」
相変わらずペオの情報収集能力と機転には感心するばかりだ。
一体、彼の頭の中はどうなっているのだろうか。
実際、僕が労さず事が運ぶのは手間が掛からず助かっている。
ペオに感謝しつつ、作戦の決行日を待った。
皇帝からフォレストメイズ行きの指示を受けてから一週間が経った。
準備は滞りなく済み、あとは出発を待つばかりだ。
ペオに協力を依頼した“火薬”の件も、職人の助けによって思い通りの物が出来たていた。
効果を試そうと町の外へ出て、オークを相手に使ってみたところ、想像以上の破壊力があり、対象は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
恐ろしいほどの威力だが、携帯できる数には限りがある。
それに、一発あたりの費用が金貨一枚と高額で、銃のように多用出来るものでもない。
必要に迫られた時にのみ使うという形になるだろう。
ちなみに、完成した物は“炸裂弾”という名前に決まった。
使用するには烈火石で導火線に火を付け、強制的に発火させる必要がある。
そのため、咄嗟に使用することができないため、相手の虚を突いた時に十分か効果が期待期待できるだろう。
「レイジ、こちらの準備は整ったぞ」
馬車に荷物を積み込んだニーナが御者台に座っている。
いつでも出発できるという意志の現われだった。
「こちらも準備完了だ。あとはアルマハウドとセシルの到着を待って、最終確認だな。今のうちに忘れ物がないか再確認しておけよ?」
ニーナと話をしていると、予定時間より早くアルマハウドとセシルが現われた。
アルマハウドは相変わらず鎧を着込み、巨大な剣を背中に携えている。
対するセシルは驚くほど軽装で、腰に愛用の剣を差し、背中にも一本背負っている。
柄の形から察するに、バーサーカーの男から奪った“ブレイズソード”だとわかった。
「早かったな。二人とも準備は大丈夫か?」
「あぁ、問題ないよ。キミたちはどうだい?」
「こちらも準備万端だ。問題がないなら出発するぞ」
最後に家に残るペオにマオとエール、そして店の事を頼んでおいた。
僕に万が一のことがあれば、ペオがオーナーとして二人を支えて欲しいと伝えてある。
ただ、それを聞いたペオは不機嫌そうな顔をした。
彼が僕と話していて不機嫌になるのは珍しい。
いや、今回が初めてと言っても過言ではないほど。
理由を聞いて至極納得してしまった。
「必ず帰ってきてください。家族が皆さんの帰りを待っていますから」
もちろん、この作戦で誰か一人でも欠ける事は許されない。
僕は出発前にみんなに良く言い聞かせ、南に向かって馬車を進めた。
セシルは例によって屋根の上で待機し、周囲に敵が居ないか注意を払っている。
ニーナは地図を頼りにフォレストメイズに続く道をひたすら南下していった。
帝都が遠ざかるに連れて人の姿が見えなくなり、代わりに亜人や魔物の姿が多くなっていく。
セシルはその都度屋根の上から飛び降りて、敵勢力の殲滅に当たった。
おかげで僕らが動く必要はほとんどない。
ノースフィールドへ行った経験から、馬車での長旅にも慣れ、暇を持て余したサフラは僕を背もたれにして静かに寝息を立てていた。
主人公には“魔具”の適正値があまり高くないため、銃と別の武器を使用して戦うことがあります。
今回の“炸裂弾”もその一つになります。
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