シーン 102
地下から侵入して三十分近くが経った。
それでも、僕らは未だに教皇のところにたどり着けていない。
理由は先ほどから遭遇するバーサーカーたちのせいだ。
建物内の要所で警備をしているため、その都度対処しなければならない。
今のところ、こちら側に目立った損失はないが、見つからないように注意するのは神経を使う。
「…またか。いったい何人居るんだ」
「深夜でこの人数だ。昼間だったら今ごろ取り囲まれているだろうさ」
セシルは状況を冷静に分析して吹き矢を取り出した。
一度使った“矢”は使い捨てになるため、数には限りがある。
確認したところあと一発が限度らしい。
セシルは狙いを定め行く手を阻むバーサーカーに矢を放った。
相変わらず恐ろしいほどの精度で正確に首筋を捉えると、毒が身体を巡って神経を麻痺させた。
「これで矢は終わりだ。ここからはまた近接戦闘で乗り切るしかない」
「教皇が居るところまであとどれくらいだ?」
「調べが確かなら、もうそろそろのはずだ。突き当たりを右に曲がって、さらに突き当たりを左だな」
内部はまるで迷宮だ。
いくら地図が頭の中に入っていても迷ってしまうだろう。
僕はすでに来た道でさえ正確に戻れる自信がない。
「チッ、またか…」
前を走っていたセシルが立ち止まり、舌打ちをした。
前方には三人の見張りがいる。
聞き耳を立てると三種類の下品な笑い声が聞こえてきた。
「短剣や鞭だけで相手をするのは無理だな。仕方ない、覚悟を決めるか。一瞬で片付ければ気付かれずに済むかもしれない」
僕は銃を抜いた。
さすがに最後まで使わずとはいかなかった。
消音器付きの“M1911”を取り出した。
セシルも太ももの鞘に短剣を収め、愛用する剣を両手に構えた。
刹那、セシルは雷の能力で跳躍力すると、天井スレスレの高さまで飛び上がった。
電気を帯びた右手のライトニングソードがバチバチと音を立てている。
狙われた三人のうちの一人は気付くのが遅れ、被っていた兜ごと頭を粉砕された。
同時に高電圧の刀身に触れた身体は真っ黒に焦げになった。
「て、敵だ!敵襲ーッ」
残った二人のうち、若い声の男が叫び仲間を呼んだ。
建物に反響した声はよく通った。
僕は冷静に銃口を浮き足立つ男に向け、額を打ち抜いた。
いくらバーサーカーとは言え、頭を撃ち抜かれれば即死する。
残りの一人はセシルが首を跳ねて呆気なく終わった。
「今のは下級構成員だな。まるで歯ごたえがない」
「それより、背後から気配がする。セシル、気を抜くな」
今の騒ぎで仲間たちが集まってきた。
統制の取れた動きで隊列を組み、素早く退路を塞がれてしまった。
「貴様等、生かして返さんぞ!」
集団のリーダーと思われる男が怒鳴り散らした。
声に凄みはあるが、恐怖して萎縮するほどではない。
「セシル、後ろから援護する。思う存分暴れてこい」
「わかった、背中は任せるぞ」
セシルはライトニングソードの出力を上げて斬りかかった。
まず一振りで二人を同時に感電させて黒焦げにする。
先制攻撃が成功すると、集団に仲間を殺された恐怖と怒りが一気に伝播した。
どちらの感情も冷静さを失わせるには必要にして十分で、感情に支配されれば普段の力を出すことが出来なくなる。
こうなればこちらのペースだ。
僕は捨て身でセシルに襲いかかる敵の急所を撃ち抜き、一瞬で息の根を止めた。
中には全身を覆う“フルプレート”で防御を固めた兵士もいたが、セシルは構わず電撃を放って中身を丸焦げにした。
相変わらず容赦がない。
仲間ながらに感心してしまった。
まだ、本来の力の半分も出していない彼女にとって、この戦闘はウォーミングアップ程度なのだろう。
顔色一つ変えずに黙々と敵を狩っている。
戦いながら敵の戦力を分析したが、彼らは先ほどの三人と同じ下級構成員のようだ。
素人の動きではないが、一人一人がゴブリン程度の実力しかない。
対するこちらは一騎当千のセシルと僕のコンビだ。
気が付くと一方的な暴力で相手を殲滅していた。
残ったのは屍の山だ。
「もはや隠密行動ではなくなったな」
「仕方ない、済んだことは忘れよう。それよりだ、この先に新たらしい敵の気配を感じる。殺気の質が今までのヤツらと違う。気が付いたか?」
「あぁ、恐らく幹部だろうな。レイジ、相手が二人以上の場合は各個撃破を心掛けるんだ。敵勢力を確実に殲滅する。情けはかけるなよ」
改めて作戦を立て直した。
ここまでの騒ぎになれば消音器を取り付けた銃で戦う必要はない。
鎧を着た敵を想定して、貫通力の高い“M500”に持ち替えた。
アルマハウドの鎧さえ貫通するこの拳銃なら、どんなに装備で身を固めても恐れる事はない。
「居たぞ!賊だ」
灯りを手にした集団が現れた。
中には炎が沸き立つ刀身を持った敵がいる。
それがすぐに幹部だと気が付いた。
能力はクオルと同等かそれ以上だろうか。
情報の通り、精神的な疲弊が極めて低い“リンカー”なら最大限の注意が必要だ。
「マズいな…この狭い廊下で炎に巻かれたら逃げ場がないぞ」
セシルに焦りの色が浮かんだ。
他に魔具を持った敵はない。
見たところ兵士は中級か下級の構成員だろう。
「よくも仲間たちを…死んで償え!」
リンカーの男が感情を爆発させると、刀身の炎が激しく燃え上がった。
火柱があがり離れていても熱気が伝わってくる。
以前、バレルゴブリンとの戦いでクオルが見せた技だと気が付いた。
一瞬でゴブリンを灰にした恐るべき能力だ。
「死ねッ!」
男が叫ぶと炎の塊が廊下全体を覆って迫ってきた。
炎の津波が眼前に迫っている。
まさに万事休すだ。
諦めかけたその時、セシルは炎に向けて可能な限りの電撃をぶつけた。
炎と雷はどちらも譲らず、激しくぶつかり合って大爆発を起こした。
まるで対戦車地雷が爆発したように、地響きと衝撃はが襲ってくる。
「レイジ、伏せろ!」
爆心地は巨大なクレーターが出現し、爆風と砂埃が廊下を覆った。
周囲を覆う石の壁は粉々に吹き飛び、瓦礫が散乱している。
頭を低くしたおかげで爆風の直撃は避けられたら。
少し身体が痛むのは飛んできた瓦礫のせいだ。
拳ほどある石が身体にいくつか当たったものの、軽傷で済んだのは不幸中の幸いだった。
セシルは僕ほどダメージを受けていないようだ。
対する敵勢力はリンカーの男を除いて、立ち上がる者はいなかった。
手下たちは爆風と瓦礫の直撃にあい、絶命したか動けなくなっている。
「俺の炎を雷で相殺しただと!?貴様…何者だ!」
「これから死ぬヤツに名乗る名前はない。大人しくしていれば一瞬で終わらせてやるよ」
「ほざくな!」
男は再び刀身に炎を滾らせた。
一度見ている技だが、二度目だろうと脅威には違いない。
直撃すれば骨まで焼き尽くされそうだ。
「レイジ、そいつでヤツの手元を撃て。剣が術者から離れれば技は使えない。ヤツには聞きたい事がある。情報を吐かせたい」
「わかった。お前はその隙に力を溜めておけ」
普通、暗闇で的を正確に撃ち抜くのは難しい。
しかし、自ら炎を発する剣のおかげで、男の周りは昼間のように明るくなっている。
もちろん顔までハッキリ見えた。
僕は剣を持つ腕に向けて弾を放った。
マグナム銃特有の爆裂音とともに撃ち出された弾は、腕を軽々と貫通して目的を果たし、背後の壁に奥深くに突き刺さった。
弾は腕の“腱”と“骨”を破壊したため、剣を握る事ができず、剣はそのまま床に落ちた。
だが、バーサーカーという特性上、痛みを感じないため平然と立ち尽くしている。
「き、貴様、何をした!」
狼狽える男に対し、セシルは無言で左手の剣で男の手首を切り落とした。
「き、貴様等…」
痛みは感じずとも出血で血圧が下がれば身体に力は入らない。
急いで止血をしなければ助からないだろう。
セシルは冷たい姿勢を男に向けた。
まるで地面を這う小さな虫を見ているような、そんな目だ。
「その腕では二度と剣を握ることもない。そこで一つ提案だ。命を助ける代わりに教皇の居場所を吐け。でなければこの場で首を切り落とす」
鬼神のような迫力で男を睨み付けると、身の危険を感じた男が一歩退いた。
「わ…わかった。教皇様は今ごろこの奥の礼拝堂だ。危険が迫れば広い場所に避難する決まりなんだ…」
「そうか、教えてくれてありがとう。さようなら」
セシルは目を見開いて容赦なく男の首を跳ねた。
初めから助けるつもりはなかったらしい。
どのみち出血が多すぎて輸血をしなければ助からなかっただろう。
苦しむくらいなら楽にしてやろうとでも思ったのか、それとも仕事と割り切っての事だろうか。
セシルは落ちていた炎を操る剣を拾い、テイタンの剣を鞘に戻した。
「その剣、お前でも使えるのか?」
「適合するかは運次第だ。それに、こんな物騒な物を置いてはいけないだろ?」
魔具はリンカーでなくとも代償を払えば使うことができる。
どちらにしても所有者がない武器や防具、道具に金銭の取得は特に制限は設けられていない。
つまり、“拾った者勝ち”だ。
「試しに使ってみたらどうだ?いきなり実践で使うのは危険だろ」
「そうだな。危ないから離れていろ」
セシルは剣に意識を集中した。
すると刀身には炎が浮かび上がった。
いくらか出力をセーブしているらしい。
「どうだ、精神的に負担は大きいか?」
「いや、あまり感じないな。まぁ、多用すれば疲弊はするかもしれない」
「さすがに適合まではいかないか。そう言えば、魔具を二つも操る事なんて可能なのか?」
「私はゼロリンカーだからな。ライトニングソードから受ける影響はゼロだ。問題があるとすればもう片方の魔具だな。これで答えになるか?」
つまり、彼女に限って言えば、炎の剣との相性もそれほど悪くはないため、両立する事は可能らしい。
ただ、僕の場合はライトニングソードを使って激しく疲弊したため、彼女のようにはいかないだろう。
「さて…周囲を探ったが敵の気配はない。この男の言葉が確かなら、奥の礼拝堂にヤツがいる。気を抜くなよ」
廊下を進むと視線の先に木製の大きな扉が見えた。
高さは背丈の二倍ほど。
扉の近くに護衛は見当たらなかった。
しかし、扉の奥には複数の気配を感じる。
扉を開けてすぐに襲い掛かってくる可能性もあるだろう。
気を引き締め、敵の本丸に乗り込む覚悟を決める。
ゲームなら如何にもボスが待ちかまえていそうな雰囲気がある。
たぶん、RPGのゲームなら、ボス前にはセーブポイントがありますね。
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