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GunZ&SworD  作者: 聖庵
10/185

シーン 10

2012/04/16 改稿済み。

風呂には思っていたより長く入っていたらしい。

太陽はちょうど真上、正午に位置していた。

今日は特に歩き回ったわけではないが、普段通りの程よい空腹がある。

サフラに聞いても同じことを言ったので、宿に戻って昼食を食べることにした。


今日のメニューはバゲットに蜂蜜を塗った“ハニーバゲット”。

瓶入りの蜂蜜は使い勝手がよく、昼食の際は度々世話になるだろう。

何の花から採取された蜜なのかは分からないが、クセも少なく滑らかな口当たりだ。

サフラはと言えば、すっかり甘い蜂蜜の虜になったらしく、恍惚の表情を浮かべて満足げだった。


「お兄ちゃん、明日の昼食もコレがいい!」

「気に入ったのか?分かったよ。でも、甘い物はたくさん食べ過ぎると太るから注意するんだぞ」

「そうだね~」


返事はしているが、声はどこか上の空だ。

本人に自覚がなくとも、僕が気を付けていれば大丈夫だろう。


「そう言えばね、お兄ちゃんに少しお話しがあるの」


サフラはハニーバゲットを食べ終え、少し姿勢を正して座りなおした。

何か大事な話だろうと分かるほど、いつもに比べて表情が強張っている。


「何だ?遠慮しないで言ってみな」

「うん…さっきね、お風呂の中でずっと考えてたの。このままじゃいけないって…。ほら、旅を続けるなら、いつかは危険な目に遭うと思うし…。それでね、お兄ちゃんに知ってて欲しいことがあるの。私、少しだけどね、少し弓とナイフを使えるんだよ。お父さんに教えてもらったの」


サフラは思っても見ない事を口にした。

僕の耳が正常に機能しているのであれば、それは戦いたいと言う意思表示になる。


「あのな、サフラ、俺はお前のお父さんがどれくらいの腕前だったのかを知らない。実力を見極めるにも、手合わせをして怪我でもされたら困るしなぁ。それに、元から俺はお前を危険な目に遭わせる気はないから安心しろ」

「うんん、旅をしていれば危険な事は必ず…あるよ」


サフラは悲しい目をした。

彼女がどこまで思い詰めているか分からないが、僕は言葉の通り危険な思いをさせるつもりはない。

危険だと分かれば、遠回りをしてでも極力避けて通るつもりだ。

今回のバレルゴブリンの一件も、僕一人だったらニーナの誘いを受けていたかもしれない。

金貨百五十枚は魅力だし、それだけあれば当分は不自由なく生活ができるだろう。

ただ、今の僕には“不自由のない生活”と“危険”を天秤に掛けた場合、どう考えてもサフラの安全を最優先に考えてしまう。

それに、しばらくは生活をするのに困らないだけの資金は手にしているのだから、無理に冒険をする必要もない。

それらを踏まえた上で、思いつめている彼女に何と説明すれば納得してもらえるだろう。

思案した結果、偽るよりも本心をそのまま告げる事にした。


「俺はさ、サフラには幸せになって欲しいんだ。いや、サフラと…だな。そのためにはどちらも悲しい思いをしてはいけない、そう思ってる。だから、俺がお前を守から、何も心配なんかしなくていいんだよ」

「…私はね、お兄ちゃんに悲しい思いをして欲しくないの。私を助けてくれた大事な人だから。それに、初めに言ったよね、“支えたい”って。そのために私、少しでも役に立つことが出来たらすごく嬉しいんだよ」

「…サフラ」

「じゃあね…一度だけチャンスが欲しいの。お兄ちゃん、私と手合わせして。それで、お兄ちゃんに納得してもらいたいから」

「手合わせって…」

「大丈夫だよ。私、本気だから!」


本気だから大丈夫という問題ではない。

気持ちが入ってしまえば手加減を忘れる事だってある。

でも、それでサフラが納得するなら、という気持ちもあった。

きっと、ここでうやむやにしてしまえば、この先の関係に溝を残すかもしれない。

サフラはシッカリした子だから、表情や言葉には出さなくても一人で葛藤を続けるだろう。

彼女が誰にも理解されず、一人で悩み続けるなんて僕に耐えられるはずはなかった。

やはりここは僕が折れておくしかないようだ。


「…分かったよ。ただし、ダメだと思ったらすぐに止めるからな」

「うん。お願いします」


手合わせをするにも部屋の中でというわけにはいかない。

僕らは宿の裏手に出た。

表通りとは違い、人の姿はなく井戸とトイレがあるくらいだ。

用がなければ立ち入らない場所のため、人目を気にする必要もない。

何か竹刀や木刀の代わりになるものはないかと探したが、ちょうどイイ木切れは見つからなかった。

世の中、そんなに都合のいい話はない。


仕方なく別の場所に探しに行こうとすると、そこへ宿の従業員の男性が偶然通りかかった。

ものは試しと話をしてみると、男性は何かを思い出して少し待つように言われた。

しばらくすると、二本の木剣を手に戻ってきた。

ただの棒切れではなく、ショートソードを模した模造刀は、丁寧に柄までついている。

聞くところによると、以前泊まった見習いのハンターが置いていった物らしい。

持ち主も現われず、時間も経っていることから自由に使っていいそうだ。

気に入れば貰ってもかまわないとも言われた。

男性はそれだけ言うと仕事に戻っていった。

改めて木剣を見ると、樫と思われる硬い木を使い、表面は黒く変色して年季が入っている。

丸く削られた刃先の部分には傷があり、前の持ち主はこれを振って鍛錬に明け暮れていたようだ。


「ナイフの長さじゃないが、構わないか?」

「うん。これぐらいならたぶん平気」


サフラは木剣を握り感触を確かめると、納得したように頷いた。

ナイフと言っても短剣とショートソードの間、つまりダガーナイフの経験があるらしい。

ショートソードでは扱い方に違いがあるので、実力が十分に発揮されないことを考慮に入れておく。


僕は合図をしてサフラに打ち込んでくるよう言った。

ナイフの扱い方ということで、剣を振り上げながら間合いを取るのではなく、フェイシングのように突きを繰り出すスタイルだ。

片手で扱う木刀は、素人とは明らかに違う動きだとすぐに分かる。

剣を受ける相手が、転生のボーナスを得た僕だと言うことを考慮しても、なかなかの立ち振る舞いだ。

剣を交える度に“カンカン”と木の乾いた音が響いた。


突きと言うのは相手を剣先、つまり“点”で捉える必要がある。

攻撃が当たった場合の貫通力は凄まじく、力加減や当たり所によって、相応のダメージを負わせることができる。

反対に力を伝える範囲が小さいため、攻撃を“けられたり、“いなされたり”した場合には隙が生まれやすい。

仮に突きに特化したレイピアや槍であれば、リーチを生かして優位に立ち振る舞えるが、短剣の場合はどうしても不利な場面が多くなる。

相手が武器を持っていない場合なら話は別だが、戦闘となればそうはいかない。

まだ数合しか剣を合わせていないが、現時点で下す結論としては“実践向きな技術ではない”と分かる。

この技術に用途を求めるなら“護身用”だろう。

力も並な女の子より少し上という程度なので、相手が男や怪物であれば力不足はすぐに露呈する。

ただ、サフラは腕力が不足している部分を剣裁きで補えるだけの技術を持っていた。

僕が振り下ろした剣を、刃こぼれしないよう剣の側面で受け、小さな力で受け流していく。

攻撃に転じる反応速度もなかなかで、一瞬だが気を抜けば危ういというシーンもあった。


「…どうかな、お兄ちゃん」

「…確かに、手合わせを申し入れるだけの腕はあるみたいだな。思っていたより隙がない」

「実力、認めてくれるかな?」

「それはもう少し様子を見てからだ」


今度は僕が積極的に攻撃を仕掛けて見ることにした。

剣道でいうところの面、胴、小手、突きと、別々の攻め方を試していく。

その都度、サフラは軽くステップを踏んで重心を変えながら受け流していった。

まるで踊っているようも見える。

そんな僕らの元に、乾いた拍手の音が聞こえてきた。

振り返るとニーナが手を叩きながらこちらへ歩いて来ている。


「いや~なかなかの剣裁きじゃないか。まったく、末恐ろしい子だ」

「…ニーナ、どうしてここに?」

「そんなに怪訝そうな顔をしないでくれよ。傷付くなぁ。どうやら偶然同じ宿だったようでね、客室から二人の姿が見えたんだ」

「…そう言うことか」


ニーナの宿泊先を聞いていなかったので、こういう事もあるだろう。

偶然というものは重なるものだ。

聞くところによると、この宿には三日前から滞在しているらしい。

ニーナがここに宿を取っていると知っていたら、きっと僕は敬遠しただろう。

今になってしまえば過ぎ去ったことなので、気にするだけ無駄というものだ。


「は、初めまして、サフラといいます」

「おや、礼儀正しいイイ子じゃないか。私はニーナだ、よろしく。お姉さんはキミみたいな子、大好きだよ」

「こらこら…ウチの娘に色目を使うんじゃない」


気分はまさに父親だ。

それを聞いてニーナは少し不満そうにした。

まるで駄々っ子のようだ。


「いいじゃないか、減るもんじゃないし。ね、サフラちゃん」

「は、はい…」

「こらこら、ウチの娘が困ってるだろ!まったく…。で、何しに来たんだ?」


ここへ来たということは何かあるのだろう。

夕食を一緒に食べる時間まではしばらくある。


「いいや、特には。面白い事をしていたから、ついね」

「考え無しか…」

「ところでキミたちは何をしているんだい?」

「見ての通り、試験を兼ねた手合わせだ」

「試験?」

「あぁ、サフラの腕を認めるかどうか試している」


ちなみに今のところ認めるか否かは悩んでいた。

思っていたより剣裁きも軽やかで、同じ武器同士なら僕とあまり遜色がない実力だ。

サフラはまだ涼しい顔をしているので、このまま真剣にやり合えばどちらが勝つのか怪しいところだ。

ただし、それは同じ武器の場合についてだ。

相手がリーチの長い武器を持っていれば明らかな力量差が生まれる。


「…ふむ、試験ね。サフラちゃん、ちょっといいかな?」

「何でしょう?」

「私と手合わせしてみないかい?もちろん、キミの全力で」

「ほえ?」


サフラは突然手合わせを申し込まれ、あっけらかんとしている。

当のニーナは真剣と言った表情で、冗談を言っている様子はない。

サフラもその空気を感じ取ったのか、僕に助けを求めるように視線を泳がせている。


「…分かったよ。ただし、怪我だけはさせるな。万が一、サフラに何かあれば、場合によってはお前を殺すことになるかもしれん」

「おぉ、何とも物騒だな。分かってるよ。サフラちゃんはいずれ私の嫁にするからね、傷を付けるわけないじゃないか」

「…冗談はよせ。サフラが混乱してる」


言われた本人も言葉の意味をよく理解せず、頬が少し赤くなっていた。

ニーナは木剣をよこせと笑顔で催促してきたので、最後に念を押して渋々手渡した。


「さぁ、全力でかかっておいで。でないと怪我するよ!」

「では…行きます」


二人の間にはお互いの剣が届かない程度の距離がある。

サフラは地面を強く蹴ってステップを入れ、一息で間合いを詰めた。

同時にニーナは突き出された木剣を刃先だけでいなし、サイドステップで距離を取った。

ニーナの腕ならあそこから反撃に転じられただろうが、あえて間合いをとったのは手加減からだろう。

むしろ驚くべきはサフラの方だ。

サイドステップに対応し、ニーナを追うように身体の軸を傾けて剣の軌道を変え、すぐさま次の攻撃を仕掛けていた。

もう少しリーチが長ければ狙い通り身体を捕らえていただろう。

相手が並みの剣士なら追撃でダメージを受けていたに違いない。

致命傷とはいかずとも、少し傷を負っただけでも機動力は落ちてしまう。

それに、今まで僕と手合わせをした時より反応速度が速く、まるで別人のようだ。

僕であれば致命傷とはいかないまでも、追撃を受けていただろう。


「うん。見立て通りなかなかやるじゃないか。お姉さんは嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます…」

「じゃあ、今度は私が攻めさせてもらうよ」


そう言ってニーナは一瞬視界から消えた。

同時に剣がぶつかり合う乾いた音が響いた。

ニーナは身体を低くして素早く詰め寄り、下から斜め上に切り上げていた。

サフラはそれを両手持ちで受け止めている。

続けてニーナは一度ステップを踏んで後ろへ跳び、右へ左へとフェイントを入れた。

例えるならサッカー選手がディフェンダーを交わそうとする“予備動作”にも見える。

分身していると言えば大袈裟だが、素早い重心移動で的を絞らせないようにしていた。

サフラは狙いを澄ませて剣を突き出したが、ニーナは当然といった様子で受け流し、ニヤリと口元を歪めた。

そして、ニーナは素早く剣を突き出し、剣先はサフラの心臓の手前で急停止した。


「…参りました」


サフラが降参の声をあげたので、手合わせは終了となった。


「いや~楽しかったよ。久しぶりにこういう遊びもいい。サフラちゃん、また相手をしてね」

「は、はい。是非」


サフラは深々と頭を下げてそれに応えていた。

僕はと言えば、怪我もなく無事に終わってホッと胸を撫で下ろした。

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