自覚
苦しい。寂しいという感情なんて、時がたてばすぐに慣れて平気になると、エミリオは考えていた。すぐに、認識の浅さを痛感した。
寂しさは、消えていくどころか、かえって強く心に残る。
ユウヤの作った食事は、おいしいはずなのに食べたくない。あれほど熱中していた本の山も、今ではただ無意味に積み上げられた本でしかない。体にたいした異常はないのに、起き上がるのも面倒になってきた。
「ちゃんと食わないと、骨と皮だけになっちまうぞー」
いつまでたってもベッドから抜け出さないエミリオに、ソールが軽い脅し文句でからかってくる。
「……食べたくない」
「わがままはダーメー。一口だけでもいいからさ、食べなさい。昴が戻ってきたときに、リオンがやせてがりがりになってるの見たら悲しむよ」
「じゃ、少しだけ食べる」
エミリオはのそのそと起き上がってソールの持ってきた粥に手をつける。スプーンに少しだけすくってちびちびと食べる。
「おいしい」
「だろ? ユウヤは料理もうまいからな」
「あ、やっぱりこれ作ったのはユウヤ兄さん? ソール兄さんだったらこうはならないよね」
「なんだよー、言ってくれるじゃねえの」
ソールと他愛ない会話をしつつ、結局のところ全部食べた。エミリオの知らないところで、気づかないところで、どうやら自分はよほど空腹だったらしい。
「ユウヤの作ったもん食って、いっぱい体動かして、ほどほどに勉強してれば、寂しさも紛れるさ」
「忘れることはできないの?」
「オレは忘れ方を知らないんだよな。せいぜい昴が来るまでの時間稼ぎにしかならないかな」
「そっか」
こうして、エミリオは寂しさとの上手なつきあい方を学んだ。
相変わらず、昴のいない寂しさは続いたが、前よりも苦しくはなかった。昴は、追われていると言っていた。そのために極東からここへ来た。あのいわくつきの武器を持った昴を追う連中のことだ、下っ端をよこすはずがない。きっと昴を困難に陥れるに充足した実力を持った者達が送り込まれている。だが、だからといってそれに屈する昴ではない。短い時間ではあったが、エミリオは昴の強さとたくましさを知る機会に恵まれていた。彼はやましい理由で追われているわけではないと推測した。人との交流を断ち切っていた自分が人間を評価するというのもおかしなものだが、エミリオは直感という当てになるのかわからない根拠を持って昴の人柄を信用していた。何より、門から外へ出ようという気持ちがなかったのに、あのとき――倒れていた昴を見つけたとき――たしかに外へ出なければという気持ちにとらわれた。ロックウェル兄弟やナノにあれほど言われても何とも思わなかったのに、昴は見ず知らずの人間なのに、自分は外へ出た。
こんな特別な気持ちを抱かせた昴は、ただものではない。ただし、決して悪い方向に傾くわけではないけれど。
――いつあえるんだろうね。
エミリオは窓から空を見上げていた。雲がどんよりと空に覆われていて、今にも降り出しそうだ。誰に聞かせるわけでもない心中の言葉を、エミリオは手紙に紡ぎ出した。宛名は藤枝昴。住所は書けない。別に届けたいと思ったわけではない。ただ、綴りたかった。
――昴。元気ですか? 突然こなくなって、ちょっと動揺してます。追われているって聞いたけど、けがとかしてませんか? 追いつかれてしまいましたか? 極東に連れ戻されてしまいましたか? 僕は、昴がそう簡単にやられるひとじゃないってこと、知っています。だから、無事だって信じてます。
実はね、昴と一緒にいる時間がなくなってから、僕は「さびしい」という感情を初めて知りました。胸が苦しくて、苦しくて、ご飯ものどを通らなくて、何をしても楽しくなくなって、こんな寂しさなんて死んじゃえばいいと思ってました。でも、この感情から教えてもらったこともあるんです。なんだかね、僕にとって昴はもう当たり前で、とってもとっても大切なひとだってことを。
寂しさともね、うまく折り合いをつけられるようになったんだよ。だから、最初のうちよりいまは平気かな。寂しいって気持ちを知って間もない頃はどうしていいか分からなかったんだよ。
でもね、会いたいや、やっぱり。僕には、折り合いをつけるだけで精一杯。苦しいのがなくなるわけじゃないから。
昴。僕のこと覚えていたら、お願い。
会いに来て。
「……なに書いてんだろうねえ」
エミリオは便せんを封筒に入れ、机の引き出し奥にしまい込んだ。
また昴が出てこない! 次くらいに出てきます。