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君だいなり世界  作者: みどり風香
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優しいてのひら

 昴という異国の少年は、ニーベルングから遠く離れた極東の島国から来たという。

千歳(ちとせ)っていってな、人間と妖怪が手を取り合って仲よく暮らす、どっかおかしな国だ」

 エミリオはその話に多少の興味を持った。彼の住むニーベルングでは、人間が人間と手を取り合うことはあっても、人外生物と共生していくという発想を抱くことがない。

「妖怪って、魔物みたいなもの?」

「違う。俺もはっきりした違いは分かんねえんだけど、知り合いの学者見習いが言うには、違うんだって。妖怪は魔物と一緒にされるのが嫌で嫌でたまんねえんだと」

 エミリオはうーんと考える。

「で? リオンはそんなことに興味を持つのか」

「え? 妖怪と魔物の違いに?」

 昴は頷く。

「さあ、よく分からない。今まで、何かに興味を持って熱中したことないから、興味あるのかな」

「おいおい……」

 千歳の少年、藤枝昴は、二日いらずで全ての傷を癒した。命に別状はないとはいうものの、かすり傷というには重い類のものだった。それを、すぐに治したのは、ユウヤの腕ではなかった。昴の持っていた、疾風という剣が原因だった。

 傷を負っていた昴は、疾風を鞘から抜き、刀身にまとう風を傷口にかざした。すると、その風が穢れを吹き飛ばすように傷をたちまち癒したのだ。昴が言うには、この剣は妖刀という種類の武器で、妖怪によって鍛えられた武器であるという。その刀は持ち主を選び、選んだ主人以外には決して鞘から抜かせない。エミリオが一度、抜いたことがあったのに対して非常に驚いていたのは、その特徴からだった。妖刀にはもうひとつ特徴がある。刀身にまとう自然が、持ち主の穢れを清めてくれるというもの。昴の国では、血を穢れとして考える。疾風は、その穢れである血を吹き飛ばしてくれたのだ。

 もうエミリオやユウヤの力を借りずとも、昴は一人で動けるようになったのだから、わざわざこんな家に滞在する必要もない。にもかかわらず、昴はグリニッジ家の監視をあっさりとかいくぐって、エミリオとこうして会話する日を送っている。

 現在は近くの宿で過ごしているらしいが、昼下がりから夕方にかけて、いつもここに来る。エミリオが学校へ行くこともできず、家に閉じ込められている事情を知ってか、退屈を紛らわそうとこうして毎日足を運んでくる。

「昴は、いいの?」

 エミリオはベッドに突っ伏する。窓の枠に腰掛けている昴に、聞いた。

「あん? いいって何が?」

「追われてるって言ってたよね。特定の場所にとどまってるのは危ないんじゃないかな」

「大丈夫だよ。リオンに迷惑はかけないからさ」

「いや、そうじゃなくて……」

 ベッドに顔を埋めてうなる。ちゃんと細かく聞くべきだった。

「僕の心配じゃなくて、昴のほう!」

「ああ、平気平気。俺強いから」

「あんなに傷だらけだったのに?」

「それでも、俺は生きてるだろ?」

 --何なのその妙にかっこよくて男らしい台詞は。

 茶化してそう冷やかそうと空気を吸い込んだが、声を発しはしなかった。昴は明るく微笑む。夕暮れ時の、橙に染まって輝く太陽の後光をその背中に受ける異国の旅人を、エミリオは冗談抜きで美しいと感じた。

 絶句した。返す言葉は見つかっているのに、発してくれない。

「……まー、あん時はマジで死ぬかと思ったけど」

 昴はがりがりと自分の黒髪をひっかく。

「昴は、強いの?」

「強いよ。自分の身一つ守くらいには」

 昴は左手に握りしめた疾風をエミリオに見せる。

「ガキの頃に、お袋から受け継いだ刀でさ。こいつは、いつも俺の無茶に付き合ってくれてた。疾風がいる限り、俺は平気だよ。……はい、リオンの心配はこれで解消っと」

 昴は窓枠から降り、ベッドに頭と両腕を預けておかしな体勢になっているエミリオの頭をぽんと撫でる。華奢で弱々しいエミリオの手とは比べものにならないくらい、大きくてたくましい。エミリオは、父親にだってこんな風に頭を撫でてもらったことはない。ユウヤとソールにはたくさん体を撫でてもらったが、昴のはロックウェル兄弟とは似て非なるものだった。

 思わず、エミリオの顔がほころんだ。体の一部の撫でてもらうことの経験はあるが、それを昴にしてもらうのがこんなに嬉しくて気持ちいいものとは思わなかった。自然と笑顔が顔ににじみ出たのは、今が初めてだった。笑顔になるのはいつものことだが、自分の意志で「笑え」と命じていた。自然と浮かぶ笑いは、今までなかった。

 昴の右手が、エミリオの頭から離れた。

「あ……」

 思わず、名残惜しそうに声を漏らす。どうか、昴に聞かれていませんように。

 見上げたそこに、昴がかがんでいる。彼のてのひらを注視した。

(まめだらけだ)

 エミリオは自分の手のひらを見下ろす。傷一つない、人形のような、手だった。怪我をしないようにとの細心の注意という籠の中で十五年も生きていたのだから、当然と言えば当然。そして何とも思っていなかったのに、今になって自分の手に自信がなくなってきた。……あったらどうというものでもないのだけれど。

「ん、どした、リオン?」

 昴が、床に行儀悪くぺったり座り込んでいるエミリオと視線を合わせる。覗き込むようにして、顔を近づける。

(うわわわ)

 顔を近づけられるのも初めてだった。今日はやたらと初めてを経験するのが多かった。

 エミリオはとっさに昴の右手を両手で頼りなく引っつかむ。

「おお? なんだなんだ」

 意図はない。初めてのことに戸惑って、どうすればいいか冷静な判断ができなくなって、反射でこんな行動をしただけだ。手を掴んでどうするというのだ、と、自分に問い詰めたくなった。

「……あ」

 直接、手で触れるとなおのことよく分かる。薄く刻まれた傷跡が、修行したのだろうと思わせる手のマメが、たくましいその手に、すべて記されている。手を、まじまじと見つめる。傷跡やマメを、指ですっとなぞった。

「リオン?」

「あ、ごめんね」

「そんなにこの手が珍しいか」

「まあね。だって、ほら。僕の手、小さいしマメもないでしょ? 両親は、この綺麗な手でいて欲しいみたいなんだ。だからさ、ちょっと不思議だなって」

「……ふうん」

 昴は、エミリオの華奢な手を握り返す。空いている左手で、エミリオの頬を撫でる。

「うん?」

「世にも珍しい手だ。存分に味わえ」

 昴はかかかと笑う。

「……うん」

 昴の左手に、自分の右手を重ねる。左手は、まだ彼の右手を掴んだままだ。

 これだけの行為が、自分の心をこれほどまでに満たすとは思わなかった。そして、その満たされた心が具体的に何を感じていたのかも、分かっていなかった。

 その心が、感じてはいけない禁忌の感情を抱いていたのにも、無垢なエミリオは気づいていない。

 その心が発端となって、取り返しのつかないものを呼び寄せることも、二人の心が歪んで狂っていくのも、まだ、気づかない。

ヤンデレ×ヤンデレ三話めです。

頭をなでなでしてもらうのが好きです。もっとやってーとねだると嫌な顔をされます。ちょっと寂しいです……

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