ふたりの男の葛藤が領地を救う?!(第46話)
領地を売って、敵をなだめるのか? そんな…。領主の息子として、それは許せない…。
どうすればいい? アンドリオンが最後の頼みの綱として呼んだのは…。
ミナはエカーリアとの交流を楽しんでいた。自分の子供の頃の学校のことや、四季折々の行事の話など、ミナも話しながら懐かしく感じていた。
ミナはひそかに計画を練っていた。もう少し親しくなったら、エカーリアのパニック障害のもとになる記憶を解除してあげたかった。それにはまだ早い。だから、それまでは楽しく過ごして、呼吸法を教えればよいと考えていた。
この日はエカーリアのところを辞した後、別棟のアンドリオンの執務室に来るように言われていた。ミナはドレスのままで城を出て、周囲に並ぶ行政棟の一つに向かって歩いていた。
(あっ、カイル、いるかな?)
自分が貴族の身なりをしているところをカイルに見せたくなった。カイルのいる騎士団訓練所は城門に一番近いところだ。そこを回ってから、そのあとアンドリオンのところに行けばいいだろう。どうせ、アンドリオンの話は長いのだから。
訓練所の受付でカイルを呼んでもらう。
カイルはちゃんとそこにいたらしく、出てきた。
「ミナ、それ、どうしたんだ…?」
初めて見たミナの貴族のいでたちにカイルは目を丸くする。
「ふふ。侯爵夫人が用意してくださっているの。ま、城内でしか着ないけどね」
そして、くるりと回って見せた。化粧をして、髪を結いあげて、うれしそうなミナを見て、カイルもほほ笑んだ。
「うん、きれいだ。ミナは最初に会ったときも化粧していたもんな」
「うん。ここには化粧品があるのがうれしいわ」
二人で城内を歩きながら話す。
「何日ぶり? カイルに会ったの」
「う~ん。…10日?」
「あれ? まだ10日」
「だな」
「そうか。もう1か月くらい会っていない気がしてた」
「ふふ、俺が恋しいだろう?」
カイルにしてはめずらしいことを言うなとミナは思ったが、それに乗っかることにした。
「うん、恋しい」
そう言って、笑った。その言葉を微笑んで受け止めたカイルに少し大人の余裕を感じた。
「カイル、依頼受けているんでしょ? 危険な仕事してない?」
「ま、してるな。おとといも死ぬかと思った」
「えっ、そうなの? …でも、やめないんだ」
「ああ、やめない。意義があるからな」
「そうか…。お城の仕事だもんね」
「ああ、そうだな」
そう言いながら、カイルはフフフと笑っていた。
「なに? カイルったら、何かおかしいの?」
(前はこんなふうに笑うことはあまりなかったのにな)とミナは思う。
「いや、ミナとこうして城を二人で歩いているのがおもしろい」
「そうか。そう言えばそうね。不思議よね。それに、私の恰好もおかしいんでしょ」
「そんなことない。それはよく似合っている。ヨーカのお古よりもずっといい。それに…」
「それに?」
「こういう、何気ない会話のありがたさがわかったってかんじかな…」
「ふうん。カイル、なんだか急に大人になったわね…」
「だろ?」
カイルにしてみれば、おとといの体験は人生に大きく影響するものだった。
アンドリオンを守るために多くの騎士たちが命を懸けた。その中にいたことが苦しくもあり、誇らしくもある。そんな心境は初めてだった。
今は命がある。なんと貴重なことだろう。そう思えるのも初めてだった。
「わかった! 変なところに連れていかれたんでしょ? 騎士の仲間とかに…」
「変なところってなんだよ」
「変なところったら変なところよ。ほら、酒飲んで女がぞろぞろいる…」
「アハハハ!」
ミナの疑いがおもしろかった。
騎士の仲間に連れていかれたし、それは確かに変なところで、命がけの体験をした。それをそんなレベルで怪しむミナがおかしかった。
ついこないだは、ミナに劣等感を感じていたのに、今日はミナが子供に見える。
自分自身が一皮むけた気がした。
そんなカイルをジト目で見るミナだった。
* * *
アンドリオンの執務室を訪れると、アンドリオンは腕を組んで不機嫌そうな目をしてミナを見た。
「どうなさったのですか? 何か困ったことでも?」
「あの男はなんだ?」
「あの男?」
「さっき、この下を男と歩いていただろう。笑いながら」
「ああ、見ていらっしゃったのですね。あれは私の…なんだろう? ええと…、家族のカイルです」
「カイル…は知っている。なんで家族なのだ?」
「彼が私を草原で助けてくれたのですわ。そして、今もカイルの家に住んでいます。ですから、家族ですわ」
「え、君がこの世界に入り込んだときに助けたというのはあの男か?」
「そうです」
アンドリオンには、どのようにこの世界に来たのかを話してあった。だから、冒険者に助けられたというのを覚えていたのだろう。
「そうか。あれがその冒険者なのか…」
「カイルがどうかしましたか?」
「あ、いや…。きのうまで、私と共にフレスタに行っていたのでな」
「まあ。そうでしたか」
「まあ、それはいい。座れ」
アンドリオンはソファに座り、ミナを正面に座らせた。そして、リドリーがお茶を持ってくる。
アンドリオンはゆっくりお茶を飲むばかりで、なかなか話をしない。
「あの、アンドリオン様?」
ミナが話を促すと、アンドリオンは思い出したように言った。
「ああ、河岸の工事は予定通り終わった。君に残りの報酬を払う手配をしている。後で確認せよ」
「まあ、ありがとうございます。よかったですわ! みなさん、喜んでお仕事を終えたのでしょうか」
「ああ、それはうまく行ったようだ」
そう言って、アンドリオンは深いため息をついた。
「で、お話はそのことで?」
「いや、そうではない」
「ご用がないのなら、わたくしは失礼させていただきますが…」
ミナがすね始めた。
「いや、待て。君は本当にそっけない。もう少し私にゆっくり付き合ってもいいだろう。あの男とはゆっくり話していたではないか。時間はあるはずだ」
「はあ…。とにかく、お話がおありなのですね?」
「あると言ったらある」
そのくせ、黙っているのだ。
(もう知らない!)とばかりに、ミナもふてくされた。
(一人、大人になったかと思ったら、一人、ここに子供になった人がいるよ…)
ゆったりと座って、勝手にお茶を飲むことにした。
「なあ、ミナ。君はこの領地の実情を知っているか?」
「実情でございますか?」
「カイルに聞いたとか…」
「いいえ。彼はそのような話はしませんので」
「そうか。知らないのだな。では、一から話そう」
「はい…」
アンドリオンはやっと身を乗り出して話し始めた。
この領土は港を持つため、いつも隣国から侵略を受けており、それを煩わしく思った次期王が、この領地を隣国に割譲しようとしていることを。
その値付けのためにすでに隣国からの調査団がやってきており、この領地が売られようとしているということを。
ミナは初めて聞く話だった。
「そうなのですね。存じませんでした」
「父上が城壁の強化を急がれたのも、先日危険を顧みずフレスタに行ったのも、そのためなのだ」
「はあ…」
(そんなことを相談されても、私にはどうしようもないよ…)とミナは思った。
「アラゴンキアには売られようとしている。グリダッカルには侵略される。どうすればよいものか…」
「はあ…。つまり、どちらからもほっといてもらえれば良いのですね?」
「ん? …どちらからも? アラゴンキアが我々を見捨てれば、グリダッカルが奪うだろう」
「ですから、グリダッカルも放っておいてくれたらいいわけですよね?」
「それができればこんなに悩んでおらん」
「はい。ですよね…」
ミナは元いた世界の今までの歴史を考えてみた。そんな場所がありそうだった。
「ええと…。今はどちらの国もブリア領にちょっかいを出す。理想は、どちらも手を出さない。ん…?」
ミナは何かを思い出しそうな気がした。
(なんだっけな。なんか聞いたことがあるんだけど…)
「どちらも手を出さないと一番オトクで、どちらも手を出すのが一番ソン。どちらかになるのは半分オトク」
ミナは声に出して言ってみた。
「なんだ、それは…。恋の手引きか? 一人の女に二人の男がいて、どちらも手を出さないのが一番オトクだということか? 男にジレンマを感じさせるのが女のオトク?」
「あっ!!」
ミナは声を上げた。
思わずアンドリオンの前で人差し指を立てる。
「『囚人のジレンマ』! これはゲーム理論だわ!」
ミナはポンと手を打った。
防衛でも割譲でもない。それ以外の方法は……「ゲーム理論」??
それってなに?!
ゲーム理論を知っている人も、ミナが提案するふうに使うとは思いつかないかも?!
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