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第40話 ポロスの祝福

競争原理で仕事を早く終わらせる!!

 リントンは野菜の見本を並べていた。

「これからコミンの収穫期になります。うちで扱う最初の果物です。等級をこのように3段階にしましたが、ミナさん、どうでしょうか」

「ええ、良いと思います。これはローベンさんのところの果物ですよね。ここを基準するのは良いと思います」


 はしりの果物を見て、そこで等級を決め、各出荷農家に連絡をする。

 いろいろな手順が整ってきたが、その分、大量の作業が生まれる。売り上げは上がっているので、リントンとミナは人員を増やしてもらえるかどうかをアンドリオンに打診してほしいと、ガナスに頼んでいた。


 ガナスがその報告に来る。

「アンドリオン様は農産部からもう3人、人員をよこすとのことです」

「えっ、3人?」


 ミナはその人数に驚いた。1人でいいのに3人も来るというのは、目的が異なるようだ。

「これはいったいどういうことでしょうか?」

「おそらくですが…」

 ガナスは難しい顔をして答える。

「来年の春からは、この事業を他の村でも始めたいというご意向なのではないかと…」

「ふーむ…」

リントンも腕組みをしてうなっている。


(他の街で始めるというのに、私に相談しない? それってつまり、テンソル商会はいらないってこと?)

 ミナは少しむかついていた。


 しかし、現代社会でもビジネスモデルをコピーされることはよくあることだ。一つの新しいサービスが現れると、次々とそれをまねたサービスが出て来る。ウーバーイーツが現れると、そっくりなサービスがどんどん現れたように。ビジネスモデルそのものには特許はないからだ。コピーされても、それはビジネスとして正当なもので、誰も文句は言えない。

 だからこそ、MBAでは差別化に重点を置くのだ。それがMBAを学んだ者を雇う理由にもなる。


(く~っ…文句が言えない…)

 逆に、バンリオルが移動販売をしたときには、すでに差別化ができている。

(うちでは扱えない乳製品や油を一緒に扱うなんて…。く~っ…、ひとつの村にはできない参入障壁をつくりおって…)


 あっという間に他者が入り込めない参入障壁を作り上げる。これが大商人になる人の考え方なのだ。ボリックのビジネスセンスがかなりのものであることがここからわかる。


 そのアンドリオンからまた呼び出しが来る。今度は城壁強化の村対抗戦の準備ができ、やっと開始するので、その開会式に例のドレスを着て参列してほしい、ということだった。


(まあ、あれに関してもしっかりと報酬をもらったことだし、もう一日費やしてあげてもいいか)

 そう思って、それを受け入れた。


(人を増やしてくれるのはありがたいけど、だんだん私がこの仕事から離れていくんじゃ…)

という不安がよぎるのも否めない。



 11月1日、ミナは前回同様、リドリーに髪を結われ、化粧をしてもらい、あのドレスを着て、アンドリオンの隣を歩き、馬車に向かう。


「また、エカーリア様の身代わりですね?」と小声でささやく。

「そうだ。私の言葉が足りないときには、補ってもらいたい」

「かしこまりましたわ、お兄様!」


 少し大きめの声で言って、クスッと笑った。二人は馬車に乗り込み、護衛の騎士たちを引き連れて、西側城壁に向かった。


村対抗戦の名前は土の神ポロスにちなんで、「ポロスの祝福」と名付けられた。それに参加するために、城壁の下に240人の村人が集まり、村ごとに分かれて整列している。


「見よ。君の言うとおりに触れを出したら、なんとあっという間に集まった。村対抗戦は初めてだからな。皆、おもしろがって参加したようだ」

「すばらしいですわ。名前も良いですね。神事のようです。これは模擬戦と同じですので、ぜひとも、お兄様のお声で士気を高めてくださいませ」

「う、うむ…」


 すっかりと妹になりきっているミナに少し居心地の悪さを感じながら、アンドリオンは馬車を降りた。ミナも後に続く。


 用意された壇上に上がり、アンドリオンが開会の宣言をする。ミナは下で待っている。


 エルノー村もこの12のうちのひとつだから、村の者でミナを知っている人もいるのだろうが、まさかこの貴族の娘がミナだとは思わないので、正体はばれない。


「皆の者! よく集まってくれた! これから『ポロスの祝福』を始める。これは新しく始められた村のための競技である。我々は自分の身を守るための力を身につけなければならない。

 いざというときに、一致団結して、頭を使い、一つの目標に向かって効率よく働くということを、日ごろから訓練して、常に油断のないようにすべきである。

 それが、国を、領地を、民を守る者の務めである。それでこそ、そなたらの家族も安心して暮らせるというものである。

 このたびの競技で優勝した村には、その名誉を称えるための板絵と、上等の酒が領主の手より授けられるであろう。さあ、皆の力を見せてくれ! 健闘を祈る!」

「おお~!!」

 全員が鬨の声を上げた。


 開始の太鼓がなり、「かかれ~!!!」という大きな声が響いた。すると、240人が一斉に動き出す。

 ミナから見ると、それは体育祭の騎馬戦の動きのようだった。

 壇上からそれを眺め、アンドリオンは満足そうに頷いた。


 壇を降りるとミナが扇で口元を隠しながら近づいてきてささやくように言った。

「お見事でございました、お兄様」

 そう言って、最高の笑顔を見せた。心から称賛した。

「うむ。うまくできたようだ」

 アンドリオンも満足そうだった。


 二人で馬車に乗り込み、帰途に就く。

「で、板絵はもう発注なさいましたか?」

「ああ、デザイン画がある。見るか?」

「はい、ぜひに」

 そんな話をしながら、馬車は城壁を回って、南門から城へと戻る。


 城の中をアンドリオンと共に歩いていると、反対側から貴婦人数人が歩いてくる。ミナは、この城でこのような人々を見たのは初めてだった。


「アンドリオン」

 中心にいる貴婦人が声を掛けた。

「母上」

 アンドリオンは立ち止まって、一礼する。そして近づくと、軽いハグをした。


 ミナはその場で礼をし、頭を下げていた。

「こちらがそのお嬢さんなの?」

「はい、ミナにございます」

「まあ。ちょうどいいわ。少しわたくしの部屋にお借りしてもよいかしら?」

「ええ。まだ少し話がありますので、終わりましたら、後でミナを母上のお部屋に連れてまいります」

(ええ~? 勝手に決めちゃってるよ…)


 ミナはどきどきした。アンドリオンには慣れたが、他のお貴族様には慣れていないのだ。しかも、許可したとはいえ、娘の名をかたる女など信頼できないだろうに…と思う。

 貴婦人一行は去っていき、アンドリオンとミナは彼の執務室に入っていく。


「あれが私の母上だ。突然で驚いただろう」

「はい、驚きましたとも…」

 ミナは正直に言った。呼吸法を思い出して深呼吸をする。

「ブリア侯爵夫人…とお呼びすればよいのですか?」

「ああ、それでいい」


「わたくしに何をお求めなのでしょうか?」

「ああ、大したことではない。心配するな。多分、エカーリアのことだろう」

「エカーリア様のこと?」


「ああ、エカーリアは城から外に出ないのだ。君は同じ年頃だから、少し話し相手にどうかと思ったのではないかな?」

「で、でも、わたくしは貴族ではありませんから、同じ趣味のお話などできませんが…」

「だが、君はおもしろいことを知っているだろう? もう一つの世界のことだ」

「まあ、そうですが…」

「きっと、エカーリアはそういうことに興味を持つのではないかと母上は思っていらっしゃるのだろうな」

「そうなのですね…」


アンドリオンは侍従が持ってきた図面を広げた。

「ほら、これが板絵のデザインだ。どう思う?」

 それは板に金を貼り、上に2頭のセイルフェンが中央の盾を囲む絵が描かれている。これはブリア侯の紋章だ、その下に「ポロスの祝福」のシンボルとして5つの農具が麦の穂で結ばれ扇状に描かれた図版がある。その下に、村の名前が彫られるのだ。


「まあ! これは素晴らしいです。これが村役場の壁に飾られたら、村人は毎日拝みたくなるでしょう」

「はは。そうだな」

「表彰式のときには、これが街のみんなによく見えるように、掲げてくださいませね。きっとキラキラと輝きますわ」

「わかった」


「ところで、アンドリオン様、一つお聞きしたいことがございます」

「なんだ? 改まって」

「最近、農産部の役人を3人うちに送っていただきました。あれはどのような意図があってのことでございましょうか?」


「どのような意図と言われても…。ただ多い方が手伝いになるだろうと思っただけだ。君がいつも忙しそうだから、少し暇にしてやろうと思った」

「そうなのですか?」

「他にどんな意図がある?」


「たとえば、来年は他の村でこの事業を広げたいと思っておいでで、そのために事業の内容を知る人を増やしたいとか」

「…なるほど。それも良い考えだな」


「いえ…。それならそれで、こちらも考えるべきことがございますので、そのような予定がございましたら、まずはわたくしにお教えくださいませ」

 むすっとした顔で釘を刺した。


「ああ、まだ他が忙しくて、まったく考えていなかった。考えるときには君に先に伝えよう」

(なんだ…。ほっとした…)

 憶測で判断してはよくないと改めて思った。


「ま、少し時間ができたら、他にもやってほしい仕事があるのでな…では、母上のところに行くぞ」

「は、はい…」

 聞き捨てならないことを聞いた気がするが、それよりも問題は侯爵夫人だ。これは逃げ出せそうもない。覚悟を決めて、ついていくことにした。


「母上。ミナを連れてまいりました」

「ああ、ありがとう、アンドリオン。ご苦労様」

 ミナは礼をして、顔を伏せたままだ。


「お顔を上げてちょうだい」

 正面に貴婦人を見る。まだ若く、とても美しい人だ。明るい茶色の髪の毛をふんわりと広がりを持たせて巻き込んでいる。ふっくらした唇が若々しさを醸し出す。瞳がキラキラと輝いて見えるのは緑の色のせいだろうか。


「ミナ・クロエでございます。ブリア侯爵夫人。お目にかかれて光栄に存じます」

 ミナは少し震えながら挨拶をした。


「ブリア侯爵夫人フィルベラ・ローガンです。よく来てくださったわね」

 夫人は優しく微笑んだ。

「アンドリオン、あなたは忙しいでしょうから、下がっていいわ」

「は、かしこまりました」

(ええ~、いっちゃうの~?! 一人にされたくないんだけど…)


 アンドリオンは出ていった。部屋を見回すと、侍女二人のほか、他の貴婦人たちはいなかった。

(つまり、二人きり?)

 かなりのプレッシャーだ。

 夫人は椅子を勧めてくれ、侍女にお茶を用意させると、侍女たちを下がらせた。


 広い部屋に、ミナは公爵夫人と二人だけだ。

(まずい、まずいわ。名前をかたっていること、お叱りを受けるのでは…)


「ねえ、ミナ、あなた、不思議に思っていらっしゃるのではなくて?」

「え?」

「なぜあなたがエカーリアを演じるのを、わたくしやアンドリオンが許すのかということ」

「あ、はい。理由がございましたら、お聞きしとうございます」


「ここだけのお話にしてね。…あの子はね、この城からほとんど出ないのよ。貴族の娘たちの集まりにも出ないし、城で催す宴にも出ない。人をとても怖がるの。

 だから、貴族たちのあいだでは、エカーリアは頭が悪いのではないかとか、身体に支障でもあるのではないかと、悪い噂が立ってしまっていてね…。年頃なのに、これでは縁談も来ない」


 夫人は大きくため息をついた。ミナが思ったほど夫人は威圧的ではなく、どちらかというと優しい話し方をしてくれる。娘の悩みを打ち明ける普通の母親だ。


「アンドリオンがあなたの話をしたときに、ふと思いついたの。あなたがエカーリアの代わりに良い評判でも広めてくれたら、少しは悪い噂も消えるのではないかと思ってね。少なくともアンドリオンのそばにエカーリアとして立っているだけでも噂を否定できるのではないかと…」


 そう言って、夫人は悩ましい顔つきを傾けて目を伏せる。

「まあ、そうでございましたか。わたくしがエカーリア様のお名前をお借りすることで、多少なりとも良いことがあるのでしたら、それは大変うれしく存じます」

 そう言って、ミナは微笑んだ。

(ああ…ほっとした…)


「そのドレスもね、わたくしがエカーリアのために作らせたのよ。舞踏会で着るためにね。ところが袖を通そうともせず、そのまま…」

「そうだったのですね…(どおりで派手だと思った…)」


 夫人はふうっとため息をついた。

「ねえ、そこであなたにもう一つお願いがあるの」

夫人はテーブルに乗り出して、ミナに近づいた。


「アンドリオンが言っていたわ。あなたは神隠しにあって、別の世界からいらしたのですってね。わたくしにはよくわからないのだけど、つまり、わたくしたちが知らない話をたくさんご存じなのではなくて?」

「え、ええ。まあ、…その通りございます」


 ミナは正直に答えた。話ならばいくらでも知っている。ネトフリ全盛世代なのだ。


「でしたら、ぜひ、エカーリアが興味を持つような話をしてくださらないかしら? あの子、このままでは侍女たちとしか話さないし、アンドリオンともわたくしともまともに話をしないの。

 でも、本は好きなのよ。本の中身のようなお話をあなたがしてくだされば、興味を持つと思うの。そしたら、少しは変わってくれるのではないかと思うのよ」


 ミナは目を見開いた。親とも兄ともまともに話をしないなんて。それは親として悲しいことだろう。

「まあ…奥方様はエカーリア様のことをとても心配しておいでなのですね。わかりました。わたくしがお役に立てることがございましたら、なんなりとさせていただきます」


 そう言いながら、心の中では(いや、何言っているのよ、ミナ~! 忙しいって言っているくせに!)と自分で突っ込みが入る。


「君がいつも忙しそうだから…。少し時間ができたら、他にもやってほしい仕事があるのでな」

アンドリオンの言葉を思い出した。

(そうか。彼はこういうこともありそうだから、私を楽にして、もっと他のことに使いたいんだわ)

 そう納得した。


 結局、夫人が日を見てエカーリアに打診して、そのあとでミナを城に呼ぶことになった。


 だんだんと城に来る機会が増えていくミナであった。


エカーリアの身代わりとして令嬢のフリをするうちに、ミナはだんだんと取り込まれて行きます。


次回はタンブリーの祝祭。あっという間に終わった城壁増築の表彰式です。


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