第38話 大商人の邸宅
村のインセンティブで始めた婚活ツアー。その行先はなんと…あの…。
ガナスの引率で村の男女がタンブリーのお屋敷街の見学に行く日が近づいた。
ミナが「これは婚活…いえ、縁結びのための場の提供です」とガナスに言うと、ガナスは青ざめて、「自分にはそんな気の利いた引率役はできない」と言い出したので、ミナが同行することになった。
すると、レイが一緒に行くと言い出した。
「なんであんたが一緒に行くのよ?」
「俺だって交流会に申し込みたかったけど、申し込めなかったんだからいいじゃん」
「あんたは収穫の手伝いに参加できないんだから、仕方ないでしょ」
「俺、役に立つよ。だいたいミナだって12人の顔、一度に覚えられないだろ? 俺ならほぼ全員わかる」
「う…。それは確かに」
ということで、レイはミナのそばから離れない、ということで参加を許可した。
結局、当日、ガナスは街の東の城門で一行を待つことにし、村からはミナとレイが引率することになった。
10月の半ばの晴れた日、役場の前に広場に男女12人が集まっている。6人の女の子たちはみんな一番良い服を着ていて、大きなリボンのついた帽子、赤い木の実のネックレス、刺繍のついたポシェットなど、めったに見かけないようなおしゃれないでたちだ。
男の子たちも負けず劣らず、一張羅の上着と、つばのある帽子をかぶっている。中には短剣を差した者もいて、男ぶりを上げている。
参加できなかった者たちがそれらの男女を取り巻いて、少し離れたところから眺めている。その数約20人。参加者をうらやむと同時に、参加者の値踏みをしているのだろう。
「はあ~。この村にはこんなに結婚適齢期の人たちがいるのね…」
ミナが彼らを見回しながら言った。
「ミナもその人口増やしてる一人だって、わかってる?」
レイがあきれたように言った。
「え?」
わかっていなかった。
「引率のミナと、こちらはレイです。よろしくお願いします。このツア…この小さな旅は男女の交流を促す旅です。目的地はタンブリーのお屋敷街の散策です。
途中、市場で休憩しますので、屋台で簡単なお昼ごはんを召し上がってください。交流が目的ですから、今回は全員と必ず一度はお話ししていただけるよう、こちらで調整させていただきます。街の中では自由に話しかけてくださいね」
タンブリーまでの2時間の道のりを男女2列で歩くのだ。当然、隣の子と話すことになるだろう。すべての参加者とちゃんと話せるようにするのが婚活ツアーコーディネーターの腕の見せどころだ。行き帰りで3回ずつ組み合わせを変える。
みんなが歩き出すのをミナとレイは一番後ろから見ていた。
「あ、あの子…」
ミナは最初気づかなかったが、前に見たことがある女の子がいる。
「レイ、あの子、小花柄のピンクのドレスの子、なんていう名前の子?」
「ああ、あれ? エルンだよ」
「エルン? ふうん…」
「ミナ、なんであの子が気になるのさ?」
「あの子、前にカイルに声をかけてた」
「ふうん、でカイルは無視したんだろ?」
「そう。よくわかるね」
「わかるさ。別にあの子だけじゃないよ。カイルはいつも女の子を無視する」
「へぇ~! そうなの?」
「ま、冒険者って儲かるだろ? かっこいいし…見かけだけだけど。だから、女の子は冒険者が好きなんだ。だから兄貴はそういう子たちがどうでもいいんだな」
「へぇ~!」
「でもさ、やっぱり女の子が好むのは優しい男だろ? カイルなんか、実際には全然もてないよ。あいつほど愛想のないやつ、いないから。遠くから見ているうちが花だな」
「へ~! そうなんだ…」
(で、あんたはもてるの?)と聞きたかったが、やめておいた。
(ま、カイルのいない婚活ツアーに参加している時点で、別にカイルにお熱ってわけではないよね)と、ミナはカイルが無視したことに納得した。
城門でガナスと落ち合った。そして、まずは市場で休憩をする。参加者はそれぞれに分かれて屋台に買いに行った。
ミナたち3人も市場の飲食コーナーのテーブルについて、フライドポテト風のスナックを食べながら、簡単な打ち合わせをした。
「ミナさん、お屋敷のひとつの内部の見学ができるようになりました」
「え、それはすごいですね!」
内部見学は許可がいる。だから、予定していなかったのだ。
「ええ、たまたま許可していただきまして…」
ガナスは嬉しそうだ。
「おっ、あの子、パタの屋台にいる。俺も!」
突然レイが話の腰を折る。
「ちょい待て!」
女の子のそばにいこうとするレイをミナが引っつかまえる。
「主催者側が参加者にちょっかいを出すことは禁止です」
「いや、パタが食べたいんだよ…」
「どうだか…」
ミナの目が逆三角になる。
市場での休憩が終わっていよいよお屋敷街に歩き出す。貴族のエリアは城郭の周りで、一般のものは立ち入りできないが、大商人の住むお屋敷街は誰でも歩けるのだ。
とはいえ、怪しいと門番に誰何されるので、用もなくうろつくことはできない。ミナもこのあたりに来たことはない。今日は役人の服を着たガナスの引率なので、堂々と歩けるのだ。
参加者たちはきょろきょろと周りを見回しながら、時には感嘆の声を上げながら幸せそうに歩いている。
「見て、あの窓! キラキラしてる!」
「わぁ~、あのテラス、すてきねぇ…。あそこに立ったらお姫様みたい…」
「おっ、この門の紋章、かっけぇ!」
ミナがカリフォルニアのベルエアを巡ったときのような興奮状態だ。
(わかる、わかる、その気持ち…)
「さあ、着きました。こちらが、今回見学を許してくださったお屋敷です」
ガナスがみんなに言った。
門番とガナスが交渉している間、ミナはその紋章を見る。
(ヤツデに三本の麦の穂?)
「王都の大商人でいらっしゃるボリック・バンリオル様のお屋敷です。今回は玄関ロビーと、お庭を見学させていただきます」
(ええ~?! バンリオル…)
ミナは一挙に血の気が引いた。
(や、やばいよ、やばい…)
「ミナ、バンリオルだってさ」
レイは無邪気に喜んでいる。
「バ、バカ! 喜んでいる場合じゃないわよ。顔、隠さなきゃ」
(ぼ、帽子、かぶっていてよかった…)
ミナは深く帽子をかぶり、目をかろうじて帽子から出した。
そして、レイの帽子も深くかぶせて、顔を隠す。
「みつからないようにね」
「大丈夫っしょ。どうせ偉い人はいないよ」
(この子はなんでこんなに緊張感がないんだ…)とミナはジト目で見る。
執事らしき人の案内で、玄関を開け、大きなロビーに通された。まるでどこかの美術館のようで、全員が入ってもたっぷり余裕のある空間だ。
天井は吹き抜けでドーム状になっており、そのサイドにある天窓から光が差し込む。中央からは太い鎖につながれた巨大なシャンデリア。そして、白と黒の大理石を組み合わせたモザイク模様の床。
奥にはゆるやかな曲線を描く優美な階段。壁にはどこかの街の風景が描かれた大きな絵が何枚もかけられている。
「こちらは、バンリオル商会が支店を持つ街の絵でございます。で、こちらは本部のある王都の絵にございます」
執事の説明に、みんな「はぁ~」「ほぇ~」とため息をついている。
ミナも帽子のつばを片手で押さえて顔を隠しながら、その絵を見ていた。王都の絵はさすがにすばらしかった。建物がぎっしりと並び、塔のある城が描かれている。
この各地の街の様子を描いた絵を見るだけでも、ここに来た価値があるだろう。ほとんどの農民が他の街を見ることは一生ないのだから。
「こちらの彫像は商いの女神エビーナでございます」
執事は階段の下にある大理石の彫像を指示した。
(へえ。商いの女神っているんだ…)
その彫像は、片手に天秤を持ち、もう片手にたくさんの果物や布などが盛った籠を抱いていた。
ミナはちょっと興味を示した。
五神道の神以外にも、戦いの神、商いの神など、民間信仰のさまざまな神がいるとのことだった。
「では、お庭にご案内いたします」
そう言って執事は階段裏手にある奥の扉を開けて、見学者を誘導する。
すると、そこは美しいバラ園で、ちょうど満開の時期だった。
「うわ…」
全員が歓喜の声を上げた。こんなに美しい場所は今まで見たことがないだろう。甘いバラの香りが漂い、それだけでもここが別世界であることを思わせる。中央の大理石の丸い東屋には丸テーブルと2脚のネコ足の椅子が置かれている。絵になる美しさだ。
もちろんミナにとってはバラ園は馴染があるものだが、それでもこのバラ園は美しかった。一つ一つの花が大きく、色とりどりで、バラとバラの間には青やピンク、白の小花のつく草花が隙間を埋め、一面の花園なのだ。
参加者はまるで魔法がかかったようにふらふらとバラの中を歩いていく。自然に笑顔になり、目と目があった者は誰でも一緒にバラをめでる。
(婚活ツアーとしては最高の場所だわ)
ガナスの交渉には感謝するが、先に知っていたらもっと変装してきたのに…と思った。
「皆様、お茶のご用意ができました。こちらへどうぞ」
執事が声をかけ、建物のそばに戻ると、建物沿いの石畳の上に置かれたいくつかのガーデンテーブルには、細やかな絵が描かれたティーセットが人数分置かれ、侍女たちがポットをいくつも運んできた。
参加者はまた「うぉ~!」と感嘆の声を上げ、バラの中から建物側に戻ってくる。目を輝かせてそれぞれ椅子に座る。その座り方で、ある程度のペアが生まれる。
そっちに座ろうとするレイの服を引っ張って、ミナとガナスと3人で、端っこのテーブルについた。
「お茶まで出していただけるなんて…。これ、無料で許可をしてくださったのですか?」
小声でガナスに聞く。
「ええ…。いや…。私もここまでしてくださるとは思いませんでした…」
ガナスも恐縮して、額の汗を拭いている。
「まあ、うちとしては本当にありがたいことですね…」
ミナは心から感謝せざるを得ない。
今年のイベントの評価次第で、来年の収穫の手伝いの希望者の数が左右されるからだ。ここまですれば、参加者はみんな村中にこの体験を触れ回りたいに違いない。
とはいえ、今のミナはそれどころではなく、いつこの屋敷の主人が出て来るか、気になっていた。
(このまま出てこないでくれたら、なにも問題ないんだけど…)
おそるおそる紅茶を飲む。村人たちはきゃっきゃっと大喜びで、幸せそうに談笑している。
お茶のお替りをいただきながら、しばらく時間が過ぎたころ、執事が前に進み出て、告げた。
「旦那様は普段、ご不在でいらっしゃいますが、今日は運よくご在宅です。旦那様がみなさまにご挨拶をさせていただきます」
一気に談笑から緊張に変わり、みんなが青ざめる。
(ど、どうしよう…)と全員が心の中で思ったに違いない。ミナもその一人である。
(ば、ばれなきゃいいかな…。いや、ガナスさんのそばにいるんだから、ばれるか…)
ガナスと離れて、参加者の席にレイと一緒に紛れ込みたかったが、遅かった。
「やあ、皆さん、お楽しみいただいてますか? バンリオル邸にようこそ」
この家の主人という男が高級な衣服に身を包み、さっと登場した。
そして、ミナの前に立ち、一礼する。
「ようこそ、ミナさん」
白いシャツに吊りズボンではなく、膝近くまである長い貴族風の上着に、首元には太めの白いリボン。服装はまったく異なるが、特徴のある一文字の眉はどう見てもリックだった。
「よ、よ、よ…」
思わず立ち上がったが、何を言うべきか、頭が真っ白になってしまって、言葉が出ない。
「こ、こ、こ…」
今度は(この度はお招きいただき…)と言いたいのに、言葉が出ない。
「あ、リックさん、こんにちは。お茶、いただいてます!」
レイが立ち上がって、代わりに挨拶した。
「ああ、こんにちは。…ミナさんを驚かせてしまったようですね」
ミナの手を取って、一歩歩かせた。
「皆さんはどうぞお茶を楽しんでください」
全員、あっけに取られて呆けていたが、その言葉でさっと立ち上がり、一礼してまた座った。しかし、誰も声が出せず、静まり返っている。
リックはミナの手を取って歩かせながら、東屋へと向かった。すでにティーセットが用意され、後ろから侍女がポットを持ってついてくる。
ミナは合気道の呼吸法を思い出し、深呼吸した。鼻から吸って、口から吐く。
「足元、お気を付けください」
段差の前でそう言いながら、リックはミナを東屋に入れ、椅子に座らせた。
「あ、あの…」
やっと頭が働きだした。リックは向かいに座り、侍女がお茶を注ぐ。
「この度は、このようなご歓待をいただき、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらも大いに楽しませていただいておりますよ。それに…」
リックは一呼吸おいて、ニコリとして続けた。
「ミナさんはもうお気づきでしょう? 移動販売の件、すでに稼働中であることを」
「あ、はい」
「ま、そのお礼です。大変好評ですので」
「そ、そうですか…」
まだ戸惑いを見せるミナに、リックははっと気づいたかのように姿勢を正した。
「失礼。まだ正式にご挨拶しておりませんでした。バンリオル商会の、ボリック・バンリオルです。お見知りおきを」
そう言って、座ったままきれいな一礼をした。
ミナも思い出した。自分も正式に名前を言っていなかった。向こうが勝手に名前を知っていたのだ。ミナは立ち上がった。
「ミナ・クロエです。定期便では大変お世話になっております。心から感謝いたします」
ミナのつんつんした態度の謝罪については触れないことにした。今から別人になるしかない。
「これはご丁寧に…」
ボリックは優し気な微笑みを返した。
「ミナさん、移動販売について、詳しくご存じですか?」
「いえ、詳しくは存じませんが、野菜だけでなく、乳製品や油なども販売していらっしゃるとか」
「ええ、そうです。よくご存じですね」
「すばらしいと思います。それはもう、私の発案を超えています。さすが、手広く商売をなさっているだけありますね」
「ええ、地の利もあります。タンブリーにはいくらでも物が集まりますからね」
「そうですね…」
本当にそうなのだ。エルノーでは、どこに行くにも遠すぎて、他の村へのアクセスはかなり難しい。だから、うちで扱うものはエルノーで獲れたものに限られる。タンブリーで仕入れていたら、当然二次卸となり利益がない。
「ミナさんは今住んでいるところは、ご実家ではないのですよね?」
「え? ええ」
「ご結婚して入られた家でもない」
「はい」
「では、タンブリーの街に住むという選択もできるのでは?」
「え、ええ。そうかもしれません」
「よろしかったら、うちの一部屋をお貸ししますよ。部屋は余っていますから。別棟になっているところもございますし。気兼ねなく過ごせますよ」
ボリックは首を傾けてほほ笑んだ。
「え?」
ミナはふっと不安がよぎった。
(あの家を離れる…)
空想では街に住むことにあこがれていたのに、現実味を帯びると、急に寂しくなる。
(カイルと離れる…)
急に太陽が雲に隠れて、心が曇っていくようだった。
大企業だからできる、ワンストップ戦略。エルノーに住んでいるミナには手が出せない。
これが資本の差。
この家に住みませんか? と言われて、住みたい~!!と思っているミナだが、しかしそれは…。
ミナの人生が変わっていく。そして、カイルの人生も変わっていくのであった。次回はその成り行き。
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