ep9:特性
「羽だ......羽化だ」
珍しく、ロスルが言葉を淀ませた。
黒煙が風に流され、完全に晴れる。抉り取られた山の斜面。その中央に、虫が浮かんでいた。
ゼンは息を呑む。大きくなっている、という認識は間違いではなかったが、正しい表現でもなかった。
山喰いの姿は影を潜め、背からは薄く、巨大な羽が生えていた。昆虫のそれとは似ても似つかない、有機的で滑らかな曲線を描く翼膜。朝日を淡く透過させる造形、不吉なようでもあり、美しくもある。通常個体から遠ざかった姿に、ゼンは違和感を覚えた。
「……だから、虫、ということか」
ゼンの唇が、声にならないまま形を作る。天堕ちの特異性によるものなのか。あるいは、本来の姿か。
慣れとは頼もしいもので、強く意識せずともスコープを覗き、弱点を探している自分がいた。羽を備える本体は、しかし透明とも言えないストレージがそのまま外殻をまとったようにも見え、チップやコアの位置を特定できない。
外部エネルギーの吸収と蓄積、爆発。そして、その爆発に耐える本体。
打つ手がない。
思考が停止しかけたその時、元・山喰いが身じろぎする。巨大な羽が振動し、それまでがホバリングだったかのように、ゆっくりと旋回し始める。向かう先は、変わらず街の方角。登山の続きというわけだ。
ただし、以前とは比べ物にならない速度で。
「移動が……早い!?」
エラの声が響く。ロスルが即座に応じた予測が、ゼンの耳朶を打つ。
「浮上、時速約25km。3時間もしないうちに防衛ラインを突破しかねない」
止めなければ。しかし、どうやって?
答えを見つけられずにいる間に、エラは覚悟を決めたようだ。
「とにかく、気を引かないと……!羽根を裂いたら減速するかも」
ライルの仇と言わんばかりに、彼女の機体が一直線に飛翔する。一振の刃は、羽根に穴を開けるべく、変貌したスカイフォールの巨体に吸い込まれていった。
「あの爆発がまた起きる可能性は?」
「否定はできないが、ここまでの蓄積、ライルとゼンの攻撃のエネルギー総量が目安と推定される」
「吸われないチャージは相性が良いのかもしれない、ってことか」
「妥当といえる」
エラのチャージは猛攻と言って良かった。高速で離脱と突進を繰り返し、羽の付け根や側面を切り裂いていく。外殻の破片が千切れ、舞い散るが、本体が減速する様子はない。
ゼンは援護のためにライフルを構えながらも、何も映さないレーダーの表示が気になった。
「caution。周囲の磁場が増大している」
レーダーは像を結んでいないが、ノイズの走り方にもクセがある。この揺らぎは、境界付近で目にするものに近い。
「コア反応に類似。多数」
「そんな...。どこだ?」
周囲を見渡すが敵影はない。見落としていた?
ロスルが否定する。
「違う。いま、生まれる」
その言葉に導かれるように、ゼンは再びスコープを覗いた。
爆発で抉れた地面。いま、山肌からの動きは煙だけではなかった。いくつもの球体が斜面を覆うように浮かび上がる。
「コア、あんなに......」
すぐさま狙撃。浮いたままのコアを貫通し、いくつかを巻き込んでバーストが炸裂する。
しかし数が多すぎる。数百、いや千以上かもしれない。
コアは山肌から50mほどの高さで止まると、見慣れた討伐時のシーンを逆再生するかのように外殻が形を成す。
見る間にマンタが生まれ、サーペントがうねる。スカイフォールが通った跡が一転、光る虫の海へと変わっていく。
ゼンは論理的帰結にたどり着いていたが、すぐに受け入れることができなかった。自ずと、その特性を示すのはロスルになった。
「推定、繁殖個体」
虫の繁殖。このスカイフォールの本質は、破壊と再生を司る、母体だ。




