ep8:伝播
その爆発は地を揺るがすものではなかったが、雷と呼ぶには重い光と音は、街で報告を待つ者にも届いた。
* * *
彼女は司令室にひとりだった。空気に違和感を覚え、手元を操作する。
開いてあった南方の監視映像には、山あいから立ち上る煙が映し出されていた。
素早く立ち上がり、司令室に続くさらに狭い個室、仮眠室へ入る。
司令室は機密保持もあって窓がないが、仮眠室は外の様子を伺える作りになっていのだ。
部屋に備えられた窓は西向きだった。素早く南に面したバルコニーに出る。
白み始めた空に、もくもくと伸びる煙が肉眼でも確認できる。あの下で戦っているのか。
80kmは離れている。足止めは成功していると言えるだろう、しかし、この規模の爆発は…、
「頼むぞ、お前たち」
毅然とつぶやく。それが司令の責務で、求められる振る舞いだと十分に理解している。
* * *
タワーの中層、その一室でジェリは眠りから引き剥がされた。低い、雷鳴のような音。
彼女の部屋は、身寄りのない防衛人員に割り当てられた宿舎の一角にある。フロアには砦の部屋もいくつか並んでいるが、ゼンの住居はない。とはいえ、彼がミリタリーショップに自室を持っているわけでもないことを、ジェリは知っていた。誰も、そのことに触れようとはしないけれど。
ベッドから降り、窓辺に立つ。南の空から、雲ではない暗いものが広がる。
祈るように、冷たい窓ガラスに指先を触れる。今、彼女にできることは何もない。コアの力がみんなを守ってくれますように。
――帰ってきたら、水浴びに連れて行ってもらおう。
街のそばを流れる川の上流に、彼女お気に入りの場所がある。ゼンは嫌がるが、頼みこめば渋々付き合ってくれるのだ。
勝手な約束を胸に、ジェリは再び地平線へ視線を向けた。
* * *
世界から、音が消えた。視界が真っ白に塗りつぶされる。
引き金を絞った指が、まだライフルの感触を覚えている。ゼンが放った十発目。それが着弾した瞬間、大爆発が引き起こされたのだと理解するのに、数秒を要した。
耳の奥で甲高い音が鳴り響き、平衡感覚が狂う。身体にかかる負荷で、機体が回転しながら飛ばされていることがわかる。
「状況を…」
声は出なかった。喉が張り付いている。
視界が戻り始める。最初に映ったのは、やや離れた空中で、同じように体勢を立て直そうとしているエラの機体だった。そして、自分たちを覆うように展開された、うっすらと紫に色づく半透明の外殻。ライルのものだ。
ゼンとエラを爆風から守る盾。2人とスカイフォールとの間に、傘のように開いたライルの機体が浮いていた。
その前面に構えられた金属製の盾が、役目を果たした代償に、片方ひしゃげて見えた。
聴覚が戻る頃、紫色の巨体がゆっくりと降下を始めるのが見えた。重力に引かれるまま、森の中へと落ちていく。
「事象、対象より高エネルギー爆発。現在位置、当初の交戦ポイントより20m上空、300m後方。機体に損傷はない」
「ライル!」
ロスルの状況整理と、エラの叫びが重なる。エラがライルを追って、急降下していく。
ゼンは高度を下げながら対象の様子を伺う。スカイフォールがいた地点が、抉り取られたかのように消失している。もうもうと立ち上る黒煙は、噴火を思わせる勢いだ。
煙の向こうで、何かが蠢いている気配がする。
「ダメ。意識がない」
ゼンがライルの近くまで降下すると、彼の機体によじ登ったエラが振り返って言った。
ゼンのホバーから半透明の管が伸び、ライルの首筋に触れる。ロスルによるバイタルチェックだ。
「生体反応正常。しかしどこか骨折している可能性もある」
ロスルの音声で、エラが少しだけ安心したように表情を緩めた。
「さすがはウチの防壁ね。……山喰いは倒せたの?」
「たぶん、まだ。そろそろ煙が晴れる。念のため、ライルを移動させよう」
ライルをスカイフォールの進行方向と重ならない位置に下ろす。ホバーコアを追ってこないならば、安全なはずだ。
吹き飛ばされる前の位置まで戻り、スコープを覗く。まだいくつか細く立ち上る煙の中から、じりじりと前進するスカイフォールの輪郭が、ゼンの瞳に映った。
間違いない。大きくなっている。