ep7:山喰い
ゼンの巡航速度は時速100km程度だが、重量級であるライルの速度はその半分に満たない。街を離れて約2時間。天には散りばめられた星が、地には折り重なった虫たちが淡く発光している。
エラの説明通りルートは綺麗なもので、わずかな群体を処理するだけで目的地が見えた。3人一組となった今では道中の殲滅速度は司令の話よりも短い。
ライルによる事前の支持通り、共闘を通じて連携を確認し合った3人は、スカイフォールに会う頃には役割分担を共有していた。
こんな具合に。
会敵した際、まずゼンが離脱し高度を上げる。当初の役割は、削りのサポートだ。
ライルとエラは同じ側面でやや距離をとって攻撃する。互いの攻撃範囲に入らないように。彼らの攻撃でマンタが散らばるのを見守りつつ、それぞれの溜めのタイミングでバーストを撃つ。
エラが群体の幅を保っているサーペントを裂くと、群れの片翼が散り散りになってバランスを崩す。彼女の範囲外にいるサーペントをゼンが撃ち抜き、コアが一つ二つと浮かぶ頃には、行き場を失くしたマンタたちがゆっくりと沈下し始める。
申し合わせたわけではないものの、なんとなくサーペントのコアを分け合って討伐完了だ。
* * *
スカイフォールが登攀する山は火事でも起きたかのように発光し、夜間であることも手伝って遠くからでもよく見えた。
3つの浮遊盤は500mの距離で停止し、言葉を交わしながらその動きを見守った。
「俺が頭を押さえる。エラは探りだ。まずは特性を見極めながら、コアとチップが露出していないか観察する」
ライルの指示に2人が頷く。
「どう動くかわからない。ヒット&アウェイでいい」
「了解」
「ゼンはこの距離を保て。周囲の警戒は任せる。ヤツがコアを感知している素振りを見せたら知らせろ。余裕があれば俺に合わせて狙撃で削ってくれ」
「わかった」
ライルは二人の顔を見てニッと笑い、下降しながら外装を展開させる。
「チップに当たれば勝ちだ。ある意味ギャンブルだな……、俺の引きを祈ってくれよ」
エラはゼンに肩をすくめて見せ、ライルの後を追うようにスカイフォールに向かう。ホバーによる誘導の可能性を考慮して、対象の後方、やや南寄りから仕掛けるようだ。
ゼンは周囲を見渡し、虫の不在を確認する。深呼吸してから、銃を構える。
ゼンがスカイフォールを直接見るのは初めてだ。ロスルのレクチャーを思い出す。
「群体に比べて、コアが一つだから討伐が容易と考える狩人は多い。しかしそれは正しい認識ではない。形状にもよるが、基本的にスカイフォールは浮遊していない。山喰いもそうだ。浮遊に割り振られないエネルギーがどのような変質を生んでいるかが肝心だ。硬質化は前提として、蓄電、発火、爆発、有毒ガス、まれに再生能力の報告例がある。一部の性質は、移動の痕跡から推測可能だ」
山喰いが通った跡は、くすぶるように木々が燃えている。つまりまず考慮すべきは、硬質化と発火、あるいは爆発。
自身が爆発しても耐えられる外装となると、ゼンのバーストが貫通しない可能性もある。早めに撃っておきたい。
ライルは爆発個体との戦闘経験があるのだろう。臆することなく初撃を加えている。その様子を確認したのか、別の角度からエラがチャージを放つ。
数分後。2人は順調に攻撃を続けている。対象の外殻も少し吹き飛んでいる。しかし……
「変だね。硬質化も、爆発の様子もない」
ゼンはつぶやく。
むしろ、柔らかいようにすら見える。これがホエールなら、時間をかけさえすれば、安全に終わってしまう。
そんな甘い話があるだろうか。
「どう思う?」
「情報不足」
「ホバーを感知している様子もないよね」
「コアではない可能性。熱源、あるいは活動量」
「……一発、様子を見る」
ゼンが構えたと同時、ライルが下がる。
ライルの攻撃跡に重ねて撃とうと引き金を絞りかけて、彼が浮上しているのが見えた。
エラも合わせて戻ってくる。
「おかしい。効いている感じがしない。何だアレは」
「こっちも切り取ってはいるけど、手応えがないのよね」
ゼンはその間もスカイフォールを観察する。
ライルとエラの攻撃は当たっている。外殻も剥がれ落ちている。
そのはずだが、状況を見れば山喰いの歩みは止まらず、ゆっくりと、しかし確実に山を登り続けている。
「外殻が柔らかいけど、思ったより損壊していない。柔軟ってことなのかな。撃っていい?」
呟きながら、ゼンは照準を定める。
「ああ、試してくれ。爆発しそうなものだが。特性に関係しているかもしれない」
ライルのGOサインを待ち、ゼンは引き金を絞った。
一発。
放たれた光の矢が、スカイフォールの側面に命中する。
ライルが戦っていたあたりだ。外殻を吹き飛ばした、かに見えた。
「……炸裂の光が小さい気がする」
ゼンは呟き、すぐに二発目を放つ。三発、四発……
まるで水面に石を投げ込んでいるかのようだ。
「硬い、のか?」
八発、九発と撃ち込んでも、結果は同じだった。
そして、十発目。
その瞬間、スカイフォールの巨体が、光に包まれた。