ep4:ラボ
少し冷え込んできた。毛布の中で身震いし、目を覚ました。
雲間からやわらかな月光が差す。0時を少し回ったところだ。
「銃弾、オイル、鎮痛剤と、充填補修材……」
梟が提示したリストは簡単なものだった。コアをくすねているゼンには食糧の心配がなく、健康管理もホバーに頼っているため当然と言えば当然だ。物資の補充はオヤジのところだが…。
「その前にまずラボだな」
タワーはまだ明かりが灯っている。地下に8機のクラス5コアがあり、街のエネルギーを賄っているのだ。エネルギーコアの統括者はラボの室長で、その住処である研究室は、タワーの低層をいくつかぶち抜きで陣取っている。
砦を街の矛と盾とするならば、タワーは背骨で頭だ。研究室の上層には病院もある。
ラボに隣接した格納庫に滑り込んで、ロスルを伴ってフロアに入る。
「バースト強化したら、ホエール早く倒せるかな?うまく嵌められればすぐだけど、速い奴とか、ゴチャつくとなかなか終わらないからなあ」
「現状、最少で1体あたり15発程度。バースト強化以外にも通常弾の速度も上げられる」
あれこれとまだ決まらぬことを話しながらラボに踏み込むと、うひゃあという声とともに、大量の煙が吹き付けてきた。
ゼンはとっさに床に伏せ、転がる形で入口の端に退避する。
「無害。水蒸気」
梟は動じずに安全確認をしていた。
事件の元凶が何やら言い訳しながバタバタと寄ってくる。見習い技師のジェリ。歳下だがゼンより大人びて見える、長身の少女だ。
「ごっめん。オーファルさんがいない隙にちょっと内臓捌いたらカッコイイよねって、そしたら水辺から来た個体引いちゃったみたいで大惨事だよアハハ.....。だ、大丈夫?」
ジェリはゼンの脇の下に両手をまわし、親が子供を立たせるようにゼンの体勢を整えた。ゼンとしては不本意だが、反論してもジェリはペチャクチャと話すだけで改めることは無いと知っている。こちらは慣れっこだ。
大丈夫、大丈夫とラリーを強制終了して本題に入る。
「うん、聞いてるよ。スーツの触覚保護を緩和して、点火時の酸素供給の増加に回せばいいのね。スーツとアシストの副回路借りていい?...確かに、お預かりします。明日朝には仕上げておくよ」
ロスルが作業机の上のトレイにチップを落とす。
その、尻のあたりから出すのをやめろ。
ジェリは意に介さず、真剣な表情を作っている。これでも砦のメンテナンスを任される若き才能だ。ときにゼンと並べて話されることもある。この表現には抵抗があるが、早い話が同期だ。
「でも驚いた、さっきの、ストレージの解体で水を引くとああなるんだ」
「虫は消化したものの一部を圧縮して保持してるからね。外殻を傷つけると爆発するのはだいたいこのせい。ストレージの中身も均一じゃなくて、徐々に中で変質していくんだよね。チップの色と混ざって、コアや外殻の性質にも影響してくるから...」
ジェリの技術講義は終わらない。放っておけば夜明けまでしゃべり続けるだろう。
「…だからね、チップだけを機能停止させる狙撃は採取効率が段違いで、キミが砦になってからは興味深い資材が運ばれてくる頻度が上がったんだよね、ホントありがたいことなんだよ。もちろんライルさんみたいな絶対防壁もロマンあるんだけど…」
ゼンはまたあとで来るねと言って、そっと立ち去ることにした。
* * *
街から離れた場所にホバーを移動させてから降り、歩いて街に入る。
ホバーの乗り降りは見られたくない。タワーと街の外だけならば、砦としての注目をある程度は避けられる。ロスルは留守番だ。
人混みを縫って進む。数え切れない人々だが、いつかロスルが話していたことによれば「街というより町の規模」らしい。ゼンにはわからない。人が多かろうが少なかろうが守る。それが砦だと言われてきた。
商店が並ぶ一角のはずれに目的の店がある。一軒のアーミーショップ。店の奥にまだ光が灯っている。
金属と油の混ざったような、懐かしい匂い。「CLOSE」の札を無視して中に入り、ゼンは声をかけた。
「オヤジ、いるか?.....ただいま」