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ep30:狩人

海洋研究所を離れたのは夜明けだったが、東に進んだストレージ鉱山に落ち着いた頃には、日も沈みかけていた。


その一帯は土砂と鉱物を取り込んだ虫たちの堆積物でできており、ミオ曰く「海底が隆起したようなもので、危険性は少ないよ」とのことだった。


堆積物の密度の差によるものか、ところどころ崩落した跡が洞穴となっており、雨風をしのぐことができる。

ホバーが通れるほどの大きさの穴もいくつか口を開けていて、乗り込んでしまえばドックで過ごすのと大差ない空間だった。


内通者オーランドは知らされなかったが、さらなる亡命先は研究所のメンバーが見つけ次第、通信が入る手筈となっている。

それまでの間、身を隠す場所としてはまずまずだった。

虫の脅威がないし、何より人がいないのがいい。


「ジェリ、僕は人を撃てなかったんだ」


ゼンは水を火にかけながら話し始めた。

敵襲があった時どうするか。対策を決める前にできることとできないことを明らかにしておかなくてはならない。


ゼンは戦闘中に感じたこと、甲板で考えたことを伝えるために、2人だけにしてもらった。

ミオとロスルは見張りという名目で洞穴入口に居てくれている。


「敵は敵だ。動きも追えなかったわけじゃない。それに、相手を思いやったわけでもない。でも……虫じゃないんだ。それが僕にとってこんなにも大きい違いだということが、わかってなかった」


ジェリは黙って聞いていた。ゼンは、彼女の目を見て話すことができなかった。


ジェリが立ち上がり、洞穴の壁から尖った金属片を折って再び座った。

その金属片で地面にカリカリと模様を描き始める。特に意味はなさそうだが、彼女なりのリズムのとり方なのか、しばらくして、うん、と言った。


「わかるよ。たぶん……私の言葉で整理するね。ニュアンスはだいぶ変わるかも」


ゼンはひとつ頷き、促す。


「それは、優しさとか、甘さとかって思ってるよね。それもあるのかも。でもまず言えるのは、ゼンは街の砦だってこと。街では人は撃つものではないし、砦は人と街を護るもの……でしょ」


そうだ。ゼンにとって単純かつ核心であり、街を離れることが世界を複雑にし、核心に変更を強いている。


「構成設定が必要だよ。マザーに対応したように、違う条件には違う構成で臨む。街も砦も捨て去る必要はないの。ゼンの本質を変える必要もない。でも、敵が変わるなら闘い方も対応しないと、だね」


ジェリの足元の砂はもはや模様とも言えぬ崩れ方をしている。理屈立てて話しているようで、まだまとまっていないのかもしれない。

しかし彼女は敢えて言い切る。それはジェリの覚悟であり、ミオへの庇護であり、ゼンへの想いでもある。


「私は、撃つよ。……これはどっちが良いとかじゃないけど、私は街の人間である前に研究者だから。その道を絶とうと悪意をもって撃ってくる相手に、邪魔はさせない。……ゼンは、狩人である前に街の砦なんだと思う。でも今は、狩人として私を護って。一緒に勝とう」


彼女の言葉は決して押しつけではない。

ここに至る前、ストレージ鉱山の探索中に、迷い込んだ虫との戦闘が何度かあった。


一体のホエールを処理しようとした時。ジェリとミオが戦いたいと言い出した。


「武装の試運転をしたいの。結局ミオにしか使いこなせない状態なんだけど。ホエールを落とせるなら戦力になるでしょ?」


ゼンが遠距離からフォローできる形で始めた戦闘は、圧巻のひと言だった。

戦力どころではない。アレスでさえ翻弄できるのではないか、とはロスルの弁。


「傭兵の追っ手程度ならば束になっても敵うまい」

「単体で向かってくる相手なら負けないよ!ただ回避はできないから、防壁で耐えられない相手と、硬い相手には分が悪いんだよね……」


相性はさておき、敵機と相対したら撃墜するだろう。撃つのがミオか、ジェリか、彼女らは気にしていない。


ーー狩人として私を護って。


ジェリの言葉は、その願いをゼンが撃つ言い訳にしていい、と言っているのだ。


ゼンは何人かの言葉を思い返す。

オヤジ。司令。

ライル、エラ。

レシオ。ソルヴェ。


人の想いから離れて、と言いながら、飛ぶ理由も撃つ理由も、誰かのためだったのだ。

それが悪いわけではない。


しかし、本当に人から離れるならば、自身に理由がなくてはならない。

それを見つけていない甘さ。見つけられないもどかしさ。

空を狭くしていたのは、そういった迷いだったのかもしれない。


「わかった。撃つよ」


望まれたからではない。ゼンが狙いを定める時、彼女の言葉に寄りかかりはしない。


狩人として。

空を狭くする悪意。

それを発する者。

敵であろうが、自分であろうが、撃ち抜いてやろう。


火にくべられた枯れ枝が爆ぜる。

迷いのない気持ちで飛べるような、少しだけそんな気がした。

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