ep3:定時報告
窓のない、息が詰まるような空間。司令は無表情で画面を睨んでいる。
「ご苦労」
彼女は立ち上がることもなく、ちらりと視線を送った。
「何か変わったことは?」
問いかけが壁に吸い込まれてゆく。ゼンはドアの前に直立して、早く終わりますようにと念じた。
「特にありません」
「そうか。コアの品質だが、もう少しなんとかならないか」
うっ...と息が漏れかけるのを、お腹に力を入れてこらえる。エスパーが過ぎるだろ。
それ見たことか、と言う相棒が浮かぶ。
司令を見たまま、目を逸らさないよう努める。証拠はないんだ、うろたえるな。
「今回の収穫は、上々です」
「その通りだ。わかった。よろしい」
司令は少しだけ頬を緩め、小さくため息をついた。ゼンのため息と彼女のそれは同質ではないだろう。
お咎めなしということか。
「この後、調整を予定しています」
「わかった。ラボには言っておく。お前は優秀な砦だ。働きには期待している。以上だ、下がれ」
敬礼し、速やかにドアを出る。正直、虫よりも怖かった。
司令はこの街の砦を統括している。正確には、クラス5コアの軍事利用である浮遊盤の運用責任者だ。ホバーは現在8機運用されており、その付属品である砦も8名いる。曲者揃いの砦が成果を出しているのは、司令の度量によるところが大きいとゼンは思う。
* * *
来た時と逆順でホバーへと急ぐ。薄暗い廊下がとてつもなく長く感じられる。
無駄なく行動したつもりだった。しかし、間に合わなかった。通路の向こうから伸びてくる人影に、足を止めるより他にない。
ゼンよりも頭二つ分背の高い、大柄な青年がさわやかな笑顔で向かってくる。司令との落差が凄い。
「おう、ゼン。調子はどうだ?」
明るい、悪意のない声が響く。ナチュラルに声が大きいこの男は、ライルという。
ゼンは軽く頷き、言葉を選ぶ。それを沈黙ととったのか、
「どうした?腹壊したか」
呆れ半分、心配半分といった声。いいえ、腹の調子は最高です。
「ううん、あの、ありがとう…。今回のホエール、やりやすかった」
「おお。そうか。そうかそうか。お礼を言えるようになったな。えらいぞ」
うんうん頷く男は、兄貴ヅラである。そうじゃないだろ。
ライルはホバーを外殻として展開する型のパワーファイターだ。虫の海に埋もれても単独突破できる火力があり、ひとりで境界の三分の一を抑えている。現砦のリーダー格だ。
* * *
浮遊盤(鎧)/搭乗者:ライル
コア:ランク5
高度:最大75m
速度:時速80km
ストレージ:
・操縦席(単座)
・格納庫(合金製)
・盾(連結型)
チップ:
・浮遊盤
・防護服
・砲門
武装
・近接砲(一門)
・射程:中、威力:大、範囲:中
・近接砲(二門)
・射程:小、威力:特大、範囲:大
・鉄壁
* * *
「ライル、司令が砦だったとか、わかる?」
「ん?いや、知らないな。あの方は昔、海上研究所に居たんじゃなかったか。狩人じゃない。研究畑だよ。まあ、強そうだけどな」
歴戦の勘というわけでもなさそうだ。なぜバレたのだろう。臭いか?臭かったのか?
俺の定時報告が済んだら何か食わないかという誘いを、ラボに行くからと断り、なんとか逃げ出すことができた。
ホバーに戻り、郊外の林まで滑らせる。司令にライル...、圧が強い。緊張の連続だ。
「ふらふらだよ」
「MPの枯渇」
「マジック...?仮眠をとりたい。物資リストを頼むよ。起きたらラボに行く」
まだ街は眠らない。喧騒から少し離れた木々の間はゼンにとって落ち着く場所だった。
梟が光を遮るように翼を広げているのを瞼に感じる。その気遣いも心地よく、ゼンは眠りに落ちた。