ep29:針路
夜明け前の甲板は、散らばった資材がかすかな影を落とす。
どこから来たか、はぐれ者が一体、遠く沖へ飛び去ってゆく。
甲板へ繋がるドックでは、ジェリとミオがマザーホバーの最終調整に没頭していた。
外殻が放つ不規則な明滅が、壁に二人の真剣な横顔を大きく映し出している。
ゼンとロスルは、少し離れた場所からその様子を黙って見守っていた。こちらは、いつでも飛べる。
静寂を破ったのは、意外な人物だった。
「これ、持ってけよ」
ヘッドホンを首にかけたカイが、素っ気なく小さなチップを差し出した。
「襲撃機の分析データだ。お守り代わりにはなるだろ」
ゼンは無言で受け取る。彼と、初めて言葉を交わしたかもしれない。そう思った。
入れ替わるように、レシオが姿を見せる。
「私もそろそろ発つつもりです」
彼はミオに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「ユニオンで会えることを楽しみにしています。…幸運を祈ります」
構造物内へと向かう途中、ふと振り返る。レシオの目は、ゼンの肩に止まる梟を真っ直ぐに捉えていた。
「あなたとも」
大きな背中が、廊下の先に消える。ロスルは何も言わなかった。
準備を終えた機体が、静かに甲板から浮上する。
見送るのは、手を振るソルヴェと、モニター越しにこちらを見ているカイだけ。
白み始めた空の光が、飛び立つ機体を照らし出した。
* * *
研究所の影が水平線の向こうに消え、どこまでも広がる青い砂漠だけが眼下に広がった。
新型機は順調に飛行している。そのパイロットであるジェリが叫ぶ。
「このままだと航続距離がちょっと心配かも。ねえ、東のストレージ鉱山沿いに行かない?資源が補給できるかもしれないし、面白そうじゃない?」
無邪気な提案に、ゼンとロスルは即座に反応した。
「危険すぎる」
鉱山地帯は地形が複雑で、はぐれ者の虫も多い。ホバーが飛べている今、わざわざ危険に近づく理由はない。
一刻も早くこの海域を離れるべきだ。
しかし、ミオの声がその反論を制した。
「いいかもしれないわ。この先の地形は頭に入っている。それに…傭兵たちも、まさか危険地帯に自ら飛び込むとは思わないはずよ」
それは、ただ守られるだけではないという、彼女の決意の表れだった。
「いいじゃん!」
ジェリがミオに同調する。二対一と一羽。ゼンは短く息を吐いた。
「……爆発は、勘弁してよ」
その言葉を合図に、2機はゆっくりと東の鉱山地帯へと針路を変えた。
* * *
海上研究所の一室。
主任研究員のオーランドが、安堵のため息をついていた。部屋に備えつけの壁を通してではない、隠した通信機での報告が、今しがた終わったところだ。
「…ええ、たった今、研究所を離れました。行き先は…北へ、ユニオン方向へ向かうかと…」
彼が知り得た情報から導き出される、当然の推測だった。
通信が切れ、緊張の糸が緩んだ、その瞬間。
「……オーランド主任。ちょっといいかな?」
背後からの静かな声に、オーランドの心臓が凍りつく。
振り返ると、そこにはファンブ副所長が、全てを見透かすような目で立っていた。
「君が個人的に進めている『外部との通信記録』について、少し聞きたいことがあるんだが」
オーランドは下を向いた。今さら何を話そうと、自分の役割は終わったのだ。
* * *
傭兵団の仮設ハンガーに団長ゴルドルの声が響く。
内通者から「北へ向かった」との報告を受けた彼は、しかし、目の前の図面と何枚かの写真を睨みつけ、にやりと口の端を吊り上げた。
「北は陽動だ。あのガキども、ストレージ鉱山に逃げ込む気だ。一番厄介なルートを選びやがった」
側近のバジギが問う。
「どうします?鉱山ごと吹き飛ばしますか?」
「爆破しちまえば簡単だが、火力が足りねえ。…そうだ」
ゴルドルは楽しげに目を細めた。
「虫を使う。奴らを追い込んで、誘爆させる。そうすりゃ、どこに隠れようと木っ端微塵だ」
彼はバジギに向き直る。
「虫に捕まらねえで動ける奴を二人、連れてこい。俺と、お前と、そいつらでやる」
四人一組。それが、彼らのやり方だった。




