ep28:しがらみ
ジェリが嵐のように去った後、ゼンは一人、部屋の静寂に癒されていた。
荷物はまとめた。まとめるほどなかった、と言うべきか。この部屋への愛着は、ゼンよりもロスルの方があったかもしれない。
いくつかのクッションを積み重ねた簡易ベッドに横たわり、ジェリから聞かされた話を思い返す。
ミオは、帝国の皇帝の孫なのだという。
そうは見えなかったが、わかりやすく大物だ。
継承順位こそ低いものの、その才覚を疎んだ皇子によって命を狙われ、留学という名目で故郷を追われた。
有力貴族からの求婚話が、その動きに拍車をかけたらしい。暗殺者を差し向けられた留学先から、さらにこの海上研究所へ。だが、追手は傭兵に姿を変え、執拗に彼女を追い続けている。
本来ならば、ゼンや街には関係のない世界での出来事だ。
しかし今となっては知らぬ存ぜぬという訳にもいかない。不器用なりに立ち回るしかない。
「なあ、ロスル」
ベッドから身を起こし、壁際の情報端末に止まっている相棒に声をかける。
「なんであんな奴一人のために、傭兵まで出てくるんだ?ただのお姫様なんだろ?」
ロスルは、わずかな間を置いてから答える。
「推測だが、理由は二つある」
梟の影が、モニターの光を受けて壁に揺れる。
「一つは政治的価値。継承順位が低くとも、彼女を担ぎ上げようとする勢力が帝国内に存在する可能性がある。次期皇帝、あるいはその次の皇子候補らの中に、過激な思想の者がいるのだろう」
「……」
「一つは技術的価値だ。彼女は優秀なチップ開発者であり、その頭脳がユニオンのような敵対勢力に渡れば、帝国にとって軍事的な懸念になる。生かして捕らえるのではなく、敵に渡るくらいなら消す。傭兵を動かすには十分な理由だ」
そういうものか。
ふと、レシオの顔が脳裏に浮かんだ。
彼も何か確信を得たのだろうか。遅れて参戦したのは、思惑あってのことなのか。
「ユニオンに行けば、安全なのか?」
「どうだろうな。ユニオンと帝国は緊張関係にあると聞く。ミオを保護すれば、帝国に干渉を許す要素にはなる。彼女の持つ技術すべてと引き換えに、身の安全を保障する。そんな取引になるかもしれない」
「……街は?」
「街は中立だ。現状では帝国の眼中に無いが、彼女を連れ帰れば、目を付けられる可能性が高い」
ロスルは結論づけるように言った。
「安全な場所など、どこにもない。ユニオンに辿り着いたとしても、ミオにとっての不自由が形を変えるに過ぎない。今はただ、追手から逃れられる第三の場所を目指すしかないだろう」
ミオの背景や血筋の意味はゼンには理解しきれないものだ。
それでも、縛られる窮屈さに共感はできる。
ソルヴェの部屋を訪ねる前に、ゼンは一度ハンガーに立ち寄った。
ジェリとミオが、例の機体の前で何事か話し込んでいる。その真剣な横顔を遠目に確認し、ゼンは踵を返した。
ソルヴェは、自室にいた。よく見るといくつかの打撲、裂傷がある。さすがに無傷というわけにはいかなかったようだ。
ゼンの来訪に気づくと、彼は人の好さそうな笑みを浮かべる。
「よお。ジェリたちの様子は、どうだ?」
「……問題ない」
「そっか。まあ、あいつらなら大丈夫か」
別れの言葉は、うまく出てこなかった。ただ、短い会話を交わし、部屋を出る。
「ありがとう。楽しかったよ」
「こちらこそ。また寄ってくれ。平和な時に」
通路を歩きながら、胸の内で渦巻く疑問をロスルにぶつけた。
「ミオが逃げるのはいい。追手は、どうやってそれを知る?研究所は安全になるの?」
「問題ない。おそらく、内通者がいる」
なるほど。でなければ、傭兵の襲撃はあまりにタイミングが良すぎる。
「だから、ミオは出ていくのか」
「彼女の存在が、研究所を危険に晒している。その事実を理解しているのだろう」
彼女なりの、覚悟。
ジェリと、ゼンを頼る意味。
少しだけ、世界が広がって見えた。
* * *
どこかの山中。
いくつかの機体が野ざらしになっている。
その近くのバラックで、不釣り合いなほど精巧な機材が稼働していた。モニターの大部分が半透明の外殻に覆われている。
「……で、言い訳はそれだけか?」
通信モニターの向こうで、豪奢な装飾に身を包んだ人物が、不機嫌そうに眉をひそめる。
モニターの前に立つ男は、顔に走る傷跡を歪めて激昂した。
「言い訳だと?狩人が一人と三人では話が違うだろう!しかも、一人はユニオンの騎士機だ!どうなっている!?」
男の怒声にも、貴族は表情一つ変えない。
「おかげで腕の立つ部下を三人と、機体を三機も失ったんだぞ!」
「下っ端を差し向けるからだ。お前が出張れば、済んだ話だろう」
貴族は心底つまらなそうに吐き捨てた。
「浮遊盤なんぞ、五機でも十機でもくれてやる。だが、次はない。あの女の価値がわかる場所に逃げ込まれる前に、消せ。いいな」
通信が、一方的に切れる。
残された傭兵の男は、怒りにわななく拳を握りしめ、静かに呟いた。
「……次は、俺が出る」




