ep23:教え
甲板の上で、2機のホバーが静かに浮上する。風が唸りをあげ、眼前の空に4つの黒点が大きくなっていく。
身体が、芯から冷えていくのを感じた。
緊張が皮膚を粟立たせる。
その感覚の中で、遠い日の記憶が蘇った。
* * *
街の郊外、山の裾野。オヤジに連れられ、初めて狩りに出た日。
渡された古いライフルのストックが、小さな肩にずしりと食い込む。鉄と油の匂い。
「息を止めろ。風を読め」
ぶっきらぼうだが、確かな声が耳に残っている。
風が木々の葉を揺らす音。湿った土と草の匂い。遠くの茂みで、一頭の鹿が、くりくりとした瞳で彼方を見つめていた。
心臓が大きく脈打つ。引き金を絞る。
乾いた発砲音が、山の静寂を切り裂いた。
反動で視界がぶれる。次に見た時、鹿はもう動かず、静かに地面に横たわっていた。
倒れた鹿のそばに、ゼンは立ち尽くしていた。まだ温かい身体から、小さな命がゆっくりと消えていくのを感じる。
オヤジの無骨な手が、ゼンの肩に置かれる。
「銃口を向ける時、何を奪うか、何を護るかを考えろ。それが覚悟だ」
そして、続けた。
「引鉄を引く時はすべてを忘れろ。ただ当てる、それだけだ」
この教えを、忘れたことはない。
ホバーで飛ぶ時、あらゆる気持ちは地に置いてくる。
スコープを覗く時、あらゆる考えは指にかかっていない。
シンプルになる。
そうでなくては、重すぎる。
* * *
機影が、さらに大きくなる。機体の輪郭がはっきりと見えてきた。街のホバーと異なる鋭角的なデザイン。レシオのアレスに似ている。
虫を相手取るだけならば必要のない形。速度。
あれらの設計思想は、始めから虫以外の命を狙うものだ。
そしてゼンの手にあるものも。
みたび、機影を見る。
あれは、敵か。
撃つべき時が来たら、自分は何を狙う?何を奪う?
護るものは揺るがない。
だが、狙えるのか。あの機体を。中にいる、人の命を。
小さな声で、絞り出すように相棒に問いかける。
「ロスル……浮遊盤は、どこを狙えばいい……?」
こんな気持ちを、甲板にすべて残して飛べるだろうか。
銃は、応えてくれるだろうか。
慣れ親しんだはずのライフルの感触が、今はよそよそしく、冷たく感じられた。




