ep21:歓迎
鋼鉄の鯨がその全容を現すにつれ、ゼンは機体の速度をわずかに落とした。巨大な構造物へ敬意を払うように、レシオのアレスも並走している。
甲板から、一機のホバーが垂直に上昇し、こちらへと向き直る。街の機体とも、レシオのアレスとも違う、ずんぐりとしたフォルム。戦闘用というよりは、作業艇に近い印象を受ける。
通信機から音声が響く。若い男のようだ。
『こちら海上研究所所属、ソルヴェ。識別コードは確認済み。最終的な所属と目的の確認を。コアで間違いないか?』
「そうだ。コアの調整と、技術者の研修で来た」
『了解。そちらのエンジニアさんも初めましてだが、街からの案件はたまにある。いつでも降りていい』
通信の主は、次にレシオへの確認に移った。
『そっちの機体はユニオンだな。相手がいたら教えてもらいたい。悪いが、降りてから少し待ってもらうことになる。それでいいか?』
「問題ない」
ソルヴェ機に続き、3機は甲板へと降下していった
* * *
指示されたポート周辺は、虹色に鈍く輝くストレージの欠片が散らばり、黒く焦げた爆発の跡がいくつか残っていた。手入れされているとは言い難い、荒れた作業場。
どこか集積所を思わせる。ゼンはこの場所を好きになれそうな気がした。
3人がそれぞれの機体から降り立つと、先導していたホバーからパイロットが姿を現した。
年の頃はライルくらいか。人の好さそうな顔立ちの青年だ。
「どうも、ソルヴェです。一応、狩人と言えるのかな? 戦闘員兼調査員ってところ。中のみんなは、海の虫としか戦わないからね」
彼は屈託なく笑い、肩をすくめてみせた。
「ここには、狩人はあなただけなんですか?」
ゼンの問いに、ソルヴェは、まあね、と軽く頷く。
「何かあっても逃げれば終わりだから。問題ないよ」
なるほど。
ソルヴェはレシオへ向き直り、二、三言葉を交わす。
「じゃ、少し待ってて。そこの貴族さんのホストに確認してくる。すぐに済むよ」
言い残し、彼は身軽な足取りで甲板から船体構造物の中へと消えていった。
残された3人の間に、潮風が吹き抜ける。
「レシオ卿のお相手というのは?」
「ファンブという研究者です。今は副所長をしていると聞いています。彼の弟子が、我々ユニオンの中央研究所で主任研究員を務めていましてね。色々教えていただけることでしょう」
レシオは穏やかな表情で、遠い水平線を眺めている。ジェリはレシオの真似をしたかと思えば、散らばっている欠片をつつき、ロスルと何事か話している。
ほどなくして、ソルヴェが壮年の男性を伴って戻ってきた。白衣を纏い、柔和な目をしたその男がファンブなのだろう。
簡単な挨拶の後、ジェリとレシオはファンブに案内され、所長への挨拶と今後の打ち合わせのためにその場を離れることになった。
「ゼン。君はどうする?」
ソルヴェが尋ねる。その問いに答えたのは、去り際のジェリだった。彼女はファンブとの会話を中断し、振り返って叫ぶ。
「ソルヴェさん! その子、働かせていいですよ! その代わり、おいしいお魚を食べさせてください! 私に!」
「……ということのようです。仕事をください」
ジェリの言い放った言葉に、ゼンはため息一つで応じた。ソルヴェは面白そうに笑い、頷いた。
「わかった。じゃあ着いてきて。座って話せるところへ行こう」
* * *
構造物の中は普通の建物と同じだった。入ってすぐの小部屋はいくつかの什器がまとまって配置されており、壁には紙がところせましと貼られている。
それらは天気や海流、海底の様子を記したものらしかった。
ひと組の椅子とテーブルにつくと、ソルヴェはゼンの肩から飛び立ち、椅子の背に止まったロスルをしげしげと見て言った。
「そのエージェントは君の機体のもの? へー、離れても活動できるなんて凄いね。たぶん、みんな気にするんじゃないかな。人気者だ」
「ここの人たちは人よりモノに興味があるんですね。仲良くなれそうです」
「嬉しいなあ。君もなかなか、変わり者だね。……ランク5のコア加工は、だいたい1ヶ月が目安になると思う。それまで、空いた時間があれば哨戒任務を手伝ってもらえると助かる」
「哨戒?」
「うん。空中や海底から沸いたはぐれ者が甲板に穴を開けないように追い払うんだ。ほっといても大きな問題はないんだけど、資源にもなるし。なんせ、僕のホバーは浮いてるだけだから、狩りのプロがいるならありがたいんだよね」
その言葉に、ロスルが合成音声で割って入った。
「武装は実弾か? 贅沢だな」
「ここでは、真水より弾の方が安いよ」
* * *
どこかの一室。その人物は、壁面のモニターに映し出された館内情報――新たに登録された来訪者のリストを眺めていた。
“所属:街/ゼン”
“所属:街/ジェリ”
“所属:ユニオン/レシオ”
その名前を指でなぞり、うなだれ、また意を決したように顔を起こす。
「……ようやく駒が揃った。あの計画を実行する時が、来たのかもしれないな」
呟きは、誰に聞かれることもなく静かな室内に溶けていった。




