ep2:拾いもの
街へと向かう道すがら。
「ロスル、レーダー」
操縦席のパネルに円が表示される。虫はコアやストレージから電波を発生しているらしく、これを利用して探索する技術がある。
精度は高いとは言えないが、ゼンはお守り程度に使うことが多い。
機体が滑るように進んでいく。
山を避けて川沿いに飛行するうちに、視線の先で何かがキラリと光った。
「はぐれ者か」
つぶやくと同時、レーダーに反応あり。
パネルの端をペシンと叩く。黙ってろよ。
「減速。高度100」
サーペントの中には足の速い個体がいて、時折、単独で境界を抜けてくる。ゼンの声に反応して下向きの加重がかかる。
距離500。これならば気づかれることもない。スコープ越しにチップを探す…、ホバーから伸びた細い管が淡く発光し、ライフルにエネルギーが充填される。
サーペントの急所は頭部にあることが多い。その身をくねらせた瞬間を見逃さず引き金を絞った。光の矢が音速を超えて獲物を追う。
「完璧だ」
「当然だろ」
実は見えてなかったけどね。
急いで接近する。今ならコアを回収できるかもしれない。半透明の巨体がぶるりと溶けて、川に落ちていく。
ゼンが見守る中、すべてが崩れ去ったあとにはうっすらと光を放つ球体が浮遊していた。見慣れたものより、幾分光が明るい色をしている。
「ねえ、これって」
「クラス3と想定」
「低速でルートに戻って。これ食べたい」
「業務上横領」
減速したままホバーが滑り出す。
コアは大きさや光の濃淡に差異があり、明度が高いほどエネルギーが大きいとされる。そして、実は水分を含み栄養価が高く、食べることができる。
ただし、クラス1や2のコアは味が薄く、独特の臭いもあり、誰も食べたがらない。前線に張り付く砦の中には、やむを得ず補給食とする者もいるようだが…。
クラス3以上はエネルギー源としての用途が大きく、納品は必須。さらに高値で取引されるため、わざわざ購入して食べる物好きは多くないだろう。
つまり高級品を食べる機会は、幸運な砦の特権なのだ。納品必須?知ったことではない。
ゼンはロスルの無言のプレッシャーを無視して、思わぬ拾い物に舌鼓を打った。
「これで明日の夜くらいまでは飲まず食わずで大丈夫だね。さっと報告済ませて、オヤジのところに寄って、誰かに会う前に離れよう」
「調整」
「そっか、スーツ、少し薄くできるかな」
「ゼンの成長が著しい」
「クラス3コアのおかげだね。あーあ、またレアドロップしないかな」
「因果関係が不明。あまり続けると司令に察知される」
「それは、…ないとは言えないか。あの人怖いよ。でもそうだな、報告したら研究室で頼んでみる」
ロスルの主張は、ゼンの体格が良くなった分スーツの機能を減らす調整ができる、という意味だ。ゼンはホバーコアの出力を、機体制御と梟、防護服、火力補助に振り分けている。
スーツ機能を抑えることができれば火力の向上が見込める。ゼンの機体性能はこんな感じだ。
* * *
浮遊盤(梟)/搭乗者:ゼン
コア:ランク5
高度:最大120m
速度:時速100km
ストレージ:
・操縦席(単座)
・格納庫(木造)
・ライフル(一丁)
チップ:
・浮遊盤
・エージェント(梟)
・防護服
・火力補助
武装
・狙撃(通常弾)
・射程:最長、威力:小、範囲:小
・狙撃(炸裂弾)
・射程:長、威力:中、範囲:中
・レーダー
・精度:中、範囲:大
* * *
やがて狩場としていた山々とは別の山が見えてくる。この山の中腹に、ゼンが所属する街がある。
街の中央に、ひときわ高いタワーが首を伸ばしている。機体は吸い寄せられるように、その頂上にあるポートに音もなく着陸した。
梟を解放すると格納部が開き、淡い光を放つコアがバラバラと落ちる。一応、回収班に渡したもの以外にも成果があったことを示す。アリバイ作りだ。
先程ゼンが食べたものより幾分弱々しい光が、ゆるやかな傾斜に従って暗がりへと吸い込まれていく。
しばらくしてフロアから光がなくなると、ゼンは操縦席から降り立った。
「行ってくる」
コアが転がった方向とは反対の壁に無機質なドアがある。建物の中に入り、いくつかのドアと廊下をくぐる。
階段を昇り、フロアを上がった先に司令室がある。
ひんやりとした銀色のドアの前でため息をつき、意を決して二度叩く。間を置かずに短い応答があった。
ゼンは扉を開き、おそるおそる中へ入った。