ep16:青い砂漠
地表が虫たちの海ならば、海洋はどこまでも広がる青い砂漠だ。
水面は日光を、ときに月光を反射しキラキラと揺らめく。光る虫の海とは異なる広大さと、どこまでも底が見えない深さとを感じさせる。
半透明の脅威は海の底を這う。一定の水深をもつ沖合は虫と隔絶された世界と呼ばれ、そこでの生活を想像できる一部の人間にとっては、聖域なのかもしれない。
しかしながら、陸と海の境界線は、その平穏な景色とは一線を画す。
地表から追いやられ、あるいは海底から打ち上げられた無数の虫の亡骸は、融合と爆発を繰り返し、ガラス質に変異した長大な堤防を形成している。虹色に鈍く輝くその地形は「ストレージ鉱山」と呼ばれ、未知の資源が眠る危険な宝物庫でもあった。
海底に住まうのは、その圧力に適応した虫だ。彼らは地の兄弟たちとは似て非なる特性をもつ。エネルギーの大半は海水の循環と体躯の維持に消費され、動きも生態もひどく鈍重とされる。触れるものを貪欲に食らう特性を失った海中の虫を、知的好奇心は放ってはおかない。
青い砂漠を、一頭の巨大な鯨が悠然と進んでいく。
全長約100メートル。鋼鉄で造られた鯨は移動式海洋資源研究プラットフォーム、通称「海上研究所」と呼ばれている。街のタワーを横倒しにしたほどの威容を誇る、動く研究要塞。
その心臓部たる動力については諸説ある。街で使われるランク5コア20機分に相当するとも、幻のランク6コアが眠るとも噂されるが、その真実を知る者は、この船の研究員の中でもごく少数だった。
船体上部は重機や観測設備が並ぶ作業甲板、下部は潜水も可能な流線形の船体となっている。普段は安全な沖合で研究を行い、月に数度、ストレージ鉱山に接舷しては、貴重な資源とサンプルを採取する。
彼らの狙いは海底の虫だけではない。海洋では虫による電磁波障害が少なく、安定した機器の稼働が見込める。外海側50kmまでは無線通信も使用可能で、日々さまざまなチップの開発が行われている。
その日も、鯨の腹の中――ある一室で若い女性研究員が興奮気味に声を上げていた。
「主任、先月の鉱脈から大当たり!生きた青系の変質チップが出たのよ。基本測定を終えたら一緒に遊ばない?」
小型作業艇での調査を終えたミオが、ヘルメットを脱ぎながら乱暴に腰掛ける。壁一面のモニターの向こうから、オーランドの狂喜の声が響き渡る。
「なんだと。山か、海か?どちらでも、もちろんご一緒させてもらいたい。コア融合は長らく進展ナシなんだよ」
そんなやり取りも隣の部屋には届かない。分厚い防音壁に囲まれたステージに、さらにヘッドホンで外界を遮断した痩身の男が立つ。その瞳には、電波信号の受信を示す小さな赤いランプの明滅が映っていた。
彼は心底面倒くさそうに眉をひそめ、ヘッドホンをずらす。
「用件はコア調整……所属、"街"の"砦"。随伴2名……」
カイは忌々しげに舌打ちすると、誰に言うでもなく、小さく呟いた。
「お客サマご案内〜っと」




