ep13:重力
司令室は静かだった。
南西の山脈は、二度目の明滅を境に沈黙していた。あの稜線を超えてくるのは、虫か、機影か。
乾いた唇から短い息が漏れる。
「…そうか」
誰に言うでもない呟きが、がらんとした空間に吸い込まれていく。あとは、彼らの帰還を待つだけだ。
彼女は上着を手にとり、階下へ向かうべく、踵を返して部屋を出た。
* * *
タワーのポートに、二機のホバーが音もなく着陸する。先行したエラの機体もある。
ゼンとライルが降り立つと、暗がりからエラが出てきて口を開く。
「お疲れ。報告は済ませてある。司令から伝言よ」
どうやら面談はないらしい。ありがたいことだ。
「まず、コアはすぐにラボへ。機体はそのまま。修理班が回収する。それからライルは病院フロアで手当を受けなさい。…あと、ゼン。あなたに居室が与えられるって。最後に、明日の朝9時に全員司令室に参集。以上」
ライルが、居室ぅ?、と繰り返す。エラに肩を貸されながら病院のある下層フロアへと向かっていった。
こうして見ると、各浮遊盤のストレージには損傷が目立つ。人も機体も手入れが必要ということだ。
「機体を置いてけだって。ロスル、コアを頼む」
「部屋はどうする」
「……」
ロスルがコアに足をかけ、そのまま通路の中を飛んでいく。
ホバーならすぐだが、中を通るとそれなりの階層を下らなければならない。
研究室の扉を開けると、何かが焦げる臭いと、ジェリの呆れたような声が出迎えた。
「あー、もう!また穴空いてるよ。計算は合ってるはずなのになー、冷却時間かな…やっぱり室長に見てもらわないと…って、あ、ゼン! おかえり!」
「ただいま。これ」
「おみやげ?」
ジェリは巨大なコアを一目見て、わざとらしく首をかしげる。
「……そう」
「へえ、これが採れたてのランク5なんだね。新鮮フレッシュ!」
匂いを嗅ぐな。
「これがバーン!、ドーン!の子?」
「?」
「そうだ。ここへも届いていたようだな」
ロスルが答える。
爆発のことか。噴火のようなものだ。遠くから観察できるであろうことに、今まで思い至らなかった。
「特性も今度聞かせてよ。まずは、お疲れ様」
ジェリがねぎらいの言葉とともに、ゼンに近づく。
「そういえば、司令から聞いたよ。部屋、貰えるんだって?」
「いらない、って、前も言ったのに」
「えー、いいじゃん! 私の隣の部屋、あいてるよ?」
悪戯っぽく笑うジェリに、ゼンは少し考えてから答えた。
「……じゃあ、物置として使う」
* * *
司令室のフロアから一層下、ポートの対角に、応接区画がある。
司令は形ばかりの古びたソファに座り、顛末を簡単に話したところだ。
ローテーブルを挟んで向かいには、一人の男性が座っている。優し気な風貌、長い髪。簡素な服装だが、細かな装飾が走っている。
その背丈は大きく、部屋に入る際も屈まなければならないほどだった。
「おめでとうございます。天堕ちを犠牲なくして倒すとは、素晴らしい防衛力をお持ちだ」
話題に似つかわしくない、軽い口調だ。
「僥倖でした。砦たちが命を賭した結果でしょう」
「なるほど。しかし、繁殖能力を持つ母体とは興味深い。そのコア、いずれ拝見したいものですね」
「……ええ、機会があれば」
丁寧な言葉を返しながら、彼女は内心で警戒を強める。
いつまでも居座るとは。あるいはコア入手を待っていたのか。
(明日までに、出方を決めねばなるまい)
明確な要求があるわけではないが、いまひとつ良い兆しとは言えない何かを感じる。後手を取ることは避けたい。街のためにも。
* * *
困った。休む場所がない。
話し足りないといった様子のジェリの興味をなんとかコアに向かわせ、ゼンはラボから退散した。
まっすぐ自分のホバーへと戻ろうとして、使うなと言われていたことを思い出す。
操縦席の狭い空間が、今は何より恋しい。
そういえば、オヤジのところにも顔を出さないと。心配しているかもしれない。
今回の弾代、どうしようか。
思考がまとまらない。足は無意識に宿舎へ向いていた。
ジェリの右隣の部屋が空いていることは知っていた。以前、オヤジが使っていた部屋だ。
静かにドアを押し開ける。少し埃っぽいが、構わない。
銃を壁に立てかけ、装備品を床に転がして、木箱から毛布を引っ張り出す。
そのままベッドに転がり込んだ。
ロスルは勝手知ったるとばかりに窓際の情報端末に止まり、何やら演算を始めている。
壁にぼんやりと描かれた影が揺れる様子を眺めながら、さっきまでの戦闘を思い返す。
ライルとエラとの共闘。未知の敵と状況判断。根競べと勝利。
街を護る。砦であること。その中で誰かと一緒にいること。
その重さはわずらわしいが、時には受け入れてもいいのかもしれない。
そんな思考はしかし、そう長く続くことなく、ゼンは深い眠りへと落ちていった。




