ep12:光鱗片
何発撃っただろうか。
無心に引き金を絞る。機動と防御を捨てて得た一撃は、確かにマザーの歩みを鈍らせている。
巨大な相手とはいえ、残弾数からすると無駄撃ちはできない。精度が落ちてゆくのを頭の隅で自覚しつつも、一定のリズムで撃つ。ここで緩めたら、街に、砦に、ライルとエラに、顔向けできない。そしてジェリにも。
「指揮まがいの行動に、単身連射。本当に、聞いてないよ……」
呟きは誰にも届かない。ロスルのサポートが恋しい。自身の脆弱さを痛感する。
汗を拭い、天を仰いだ時、背後にホバーの気配を感じた。直後、視界に機影が滑り込んでくる。ライルと、エラだ。
ゼンは構えていたライフルを静かに下ろす。強張っていた口元が、わずかに緩んだ。
「いい判断だった。よく持ちこたえた」
ライルの声には、労いと信頼が滲んでいた。
「ランク3コア4つも食べて寝たままじゃ形無しよね」
軽口を叩くエラの声にも、少しの安堵が混じる。
残り時間も少ない。ライルが手順を確認する。
前半、エラが羽根を削ぎ、動きを鈍らせる。ライルは近接砲で、ゼンは炸裂強化で本体にエネルギーを供給し、再び「天堕ち」させる。
山喰いへ移行後、頃合いを見てライルが離脱し、ゼンの盾兼サポートに回る。エラは範囲外で待機し、爆発の後すぐに突進、外殻の破壊、あるいはコア奪取を狙う。
三者は互いの顔を見合わせ、力強く頷くと、エラが機体を反転させる。刃、砲門、銃口が並び、再びマザーと対峙した。
* * *
エラのホバーが、蝶が舞うようにマザーの周囲を旋回する。高速で弧を描く刃は不気味な翼膜を切り裂いていく。千切れた羽根の破片が、朝日に照らされて光の鱗のように舞い散った。
その眼下には重厚な鎧。半透明の筒が火花を散らし、虫の女王を見る間に太らせていく。近接砲は展開される盾から突き出ており、今回はライルの前方であれば、ある程度の距離に狙撃を加えても耐えられる備えだ。
ゼンはライルの後方に位置取り、光の矢の放出を再開する。フルバーストはライルの近接二門とほぼ同等の威力のようだ。
* * *
浮遊盤(砲台)/搭乗者:ゼン
コア:ランク5
高度:最大75m
速度:時速80km
ストレージ:
・操縦席(単座)
・格納庫(木造)
・ライフル(一丁)
チップ:
・浮遊盤
・エージェント(梟)
・防護服
・火力補助
武装
・狙撃(炸裂強化弾)
・射程:長、威力:特大、範囲:中
* * *
マザーはゼンとライルから注ぎ込まれるエネルギーを貪欲に吸収し続けた。失った外殻を再生し、その巨体をさらに膨張させていく。
やがてエラが切り裂いた羽根が、厚みを増した外殻に埋もれ、消失する。天を舞うことを諦めたかのように、再び地を這う「山喰い」が現れた。
数時間前の再現。しかし同じ轍は踏まない。
「エラ、下がれ!そろそろだ」
指示を受け、エラは機体を大きく後方へ離脱させた。ゼンを追い抜き、機を伺う。ライルも数発の攻撃を加えると、近接砲を格納しつつ、高度を上げた。
ライルの機体がゼンのホバーの真下に潜り込む形で浮上する。二つの機体の半透明の外殻が連結し、ひしゃげた盾が前面に展開された。一体となった連結機は、さながら巨大な固定砲台のようだ。
「ライル、砲門の冷却機能を銃身に転用できるかな?」
「なるほど.....面白い。任せろ。ついでに反動も衝撃も殺してやるよ」
ライルが調整しながら呟く。
「なあ。ゼン、お前と組めてよかったよ。助かった。お前も立派な砦だ。俺が保証する」
「僕は.....いや、ライル。まだ終わってないよ」
「そうだな。じゃあ言い方を変えよう。あいつを倒せ。そして、半分の砦はここに置いていけ」
ゼンは頷きで返す。置いていくなら、悪くない。今の自分の全てを、マザー、君に渡そう。
構え、狙い、撃つ。ライフルから極太の光条が放たれる。間を空けずに再充填が済み、すぐに引き金を絞る。連続する光の矢は、まるで砲台からマザーに落ちる雷のごとく、一体を照らし、空気を震わせる。外殻が苦しげに脈動し、内部のエネルギーが限界を示すかように、光る体躯が明滅した。
「.....来るぞ」
「ああ」
次の一射が着弾した瞬間、世界が再び白い光に塗りつぶされた。溜め込んだエネルギーが解放され、拡散する。その閃光と衝撃波の奔流を、ライルの盾が正面から受け止めた。
ゼンは白い世界に入る刹那、手探りで沈黙していたロスルを再起動する。相棒は状況の説明をするまでもなく構成設定をキャンセルし、ゼンとライルの機体を後方へ加速し、退避させた。
黒煙が晴れるより早く、待機していたエラが2人と入れ替わるようにして突貫する。彼女の刃が熱と煙を切り裂き、爆心地へと吸い込まれていった。
* * *
決着は一瞬だった。
エラの斬撃は、ひと回り小さくなった本体を確実に捉えた。かろうじて硬質化していた外殻が、内側から弾けるように崩壊する。それは無数の光の欠片となって、夜明けの空に飛散していった。
舞い踊る光の粒子の中心に、強く輝くコアがひとつ、静かに浮遊していた。
「ランク5と推定」
すでに連結を解いていたライルがゆっくりと接近し、その輝きを格納庫へと慎重に回収する。
三人が安堵のため息をつくのも束の間、爆散によって生まれたコアが、二つ目の虫の海を構成し始める。その中からやはり、ホバーを狙うはぐれ者がこちらを察知する。
「やれやれ、こいつらの相手があったんだったな。エラ、司令の指示通り、先行して報告を頼む」
「了解。タワーで会いましょう」
エラの機影はすぐに小さくなる。軽く見送ってから、虫の掃討に移った。
「呼び出しておいて悪いけど、相手をするのは向かってくる子だけだよ。あとは、置いていく。だろ?」
ライルがニヤリと笑う。
二つの機影は散開し、それぞれのやり方でアンコールに応じた。




