ep10:合わせ鏡
母体は進む。
その後方に何が生まれようと、意に介することはない。
山肌を覆った光球から生まれたサーペントたちは、互いに呼応するように集まり、やがて巨大な群体、ホエールへと姿を変え始めていた。
「対象の進行速度、変わらず。このままでは足止めとして効果が低い」
ロスルの分析が、現実を突きつける。
エラも同様の思いか、マザーの巨大な羽から本体へと攻撃を転換していた。しかし、その刃がダメージを与えるに至る前に、生まれたばかりのサーペントの中から、一際動きの速い数体が彼女の進路に割り込む。狙いはホバーコアだろうか。
「邪魔…だよ!」
忌々しげに吐き捨て、エラはそれらを切り裂くが、攻防の間にも、マザーとの距離が再び開き始める。
ホバー目的であるならば、当然、ゼンの元にも。さらに最も危ういのは、地上で眠るライルだ。
「エラ!仕切り直そう」
スコープ越しにエラに呼びかける。聞こえているといいのだが。呼びかけつつも、ゼンは自身に向かってくるサーペントの急所を探した。だが、その頭部にはあるはずのものが見当たらない。
「くそっ…」
速すぎる。間合いを詰められる。すれ違いざま反転し、一匹を追う。やはりチップらしき影は存在しない。
ゼンは判断を切り替える。狙うはどこかにはあるはずのコア。コアの露出は稀で、当てずっぽうになる。
引き金を絞る。放たれた光の矢がストラグラーの外殻で弾けるが、致命傷には至らない。続けざまに数発を撃ち込み、ようやくその動きを止めた。時間と弾の消費が激しい。
息つく間もなく視線を転じる。ライルに向かう数体の先頭が、すでに彼の機体に近いところに居る。エラも気づいているはずだが、遠すぎる。ゼンは機体を急降下させ、ライルの頭上からサーペントに狙いを定めた。
* * *
数分後。
ゼンとエラは、地上のライル機体のそばへ参集していた。
「どういうこと?あいつら、チップがない」
「発生時点では、まだ定着していないんだと思う。コアは撃つか抜きとるかだけど、見えてないと手間取るよね」
エラが答える。彼女はマザーの方を見据えたまま続けた。
「本体に攻撃した感じだと、あいつ、少し脆くなってる気がするのよね。羽を生やす前より」
「繁殖によってエネルギーと質量を消費してるんだ。本体が縮んで、硬質化も解けつつあるのかも」
ゼンの仮説に、ロスルが続ける。
「マザーは、攻撃エネルギーの吸収と、自己の繁殖に足るエネルギーの確保を両立させようとしていると推定される。サーペントの一部がホバーを狙うのは、安定した個体となるためにチップを形成すべく、外部のコアやエネルギーを求める本能的行動の現れだろう」
「そのための速さか。想定外だよ…」
ゼンは苦笑する。
「これまでのスカイフォールの記録に、似たような特性はなかったの?」
「私が持つ記録には、該当する情報はない。虫の海には数多く居そうだが、浮上が稀なのだろう」
「それか、生還者が稀なのかも」
エラが投げやりに言う。繁殖時の爆発に至近距離で巻き込まれたら、ライルでさえ生還できたかどうか。観測者がいなければ、存在しないのと同じだ。
ゼンはエラを、そして未だ青ざめた顔で眠るライルを見る。嘆いても仕方ない。ひとつの可能性に賭けることを決め、口を開いた。
「もう一度、爆発させる。意図的に繁殖させて、もっと本体を弱らせるんだ。そうすれば、チャージが通用するようになる可能性がある。運が良ければ、コアか…チップが剥き出しになるかもしれない」
そのためには、ゼンの全弾薬を献上すればよいだろうか。ロスルが応じる。
「その倍は必要」
「ライルを起こそう。近接砲を叩き込んでもらう。エラ、奪取したコアの中に、ランクの高いものはある?」
ゼンの問いかけに、エラは眉をひそめる。
「ランク3なら、2つあるけど」
「ライルに投与しよう」
「.....意味、あるの?」
ゼンが頷く。
「治療法として期待できる。僕はたまに負傷を癒すために食べることもある」
「わかった。やりましょう」
エラは格納庫からコアを2つ取り出し、ライルの首に繋がった管を刺す。経口ほどではないが、ロスル謹製の治具だ。少しずつ吸入されてゆく。
「エラ、ライルを守りながらコアを集めて、なんとか起こして欲しい。幸い、虫はたくさんいる」
「強そうなやつを選ぶわ」
「僕はマザーにエネルギーを供給してみる。少し、考えがあるんだ」
互いの役割を確認し終えると、ゼンはライルを狙う虫がいないか警戒しつつ、スカイフォールの元へ向かう。
「サブチップの構成設定を確認して。ジェリが、いくつかパターンがあると言ってたんだ」
「複数の構成設定を確認。有効化する」
「その中で一番高火力の設定を使う」
「了解」
機体が軋むような感覚。ホバーの浮遊・推進エネルギーの大半が、火力補助へと転用されていく。高度が下がり、機動力はライル機に並ぶほど鈍重になった。
スーツ機能も、ヘルメットと右腕の防護を残してカットされる。ロスルは観測と演算を残して沈黙した。
深呼吸して銃を構えると、半透明の管を通じて、エネルギーがライフルへと注ぎ込まれる。銃口に集まった光は収斂し、まるでひとつのコアを射出しようとしているかのようだ。
対象と自身はいま、合わせ鏡かもしれない、とゼンは思った。
「それはそれで良い。たくさん食ってくれよ」




