ep1:半分の砦
話が違うじゃないか。いや違わない。自分の思い込みだ。
スコープを覗きながら弱点を探す。速すぎる。通常個体とは別物だ。
歯を食いしばり、視線の先で奮闘する仲間をサポートしようと考えを巡らせるは、最年少の「砦」、その名はゼン。浮遊盤を制御し、地表100mの高さから狙い撃つ。
脳裏に、ある言葉が響く。
――早く一人前になれ
僕はいいよ。そう言ってきた。今のやり方でも戦えるし、街の役に立てる。みんなを守ることができるんだ。
それに、他の「砦」たちはもっと年上で、経験を重ねている。あせらなくてもいずれ機会が来る。
そんな風に考えていた。そして、それは必ずしも間違ってはいない。
ただその機会が、ゼンの都合とは関係なしに襲ってきただけ。
そしてその機会が、あまりにも強大で、分厚い壁だと今、気がついただけだ。
* * *
遡ること三日前。ゼンはいつものように集積場にいた。
朝日が眩しい。雲はなく、遠い山の切れ端がぼんやりと天地の境を示している。
集積場は街から10kmほどの地点にある、高層ビルが林立する廃墟で、境界から流れてくる獲物を狩るのにちょうどいい場所だ。
「ゼン。そろそろ定刻だ。回収班が来る」
「わかってる。あと1体。今日どれくらい狩った?」
「現時点の討伐数は22」
端的な応答は、ホバー搭載のおしゃべりエージェント、梟だ。
ゼンとロスルの眼下を、巨大なクリオネのような「虫」が泳ぐようにゆっくりと進む。30mを超える体躯はぼんやりと光を放っており、角度によって七色に見える。進んだ先は廃ビルの袋小路で、そのまま触れた建物を消化しようと動きを止める。
ホバーの高度を上げ、動きの止まった30m級の頭上後方に位置取る。構えたライフルには、ホバーから虫と同じ半透明の管が伸びている。
「すぐに終わらせる。炸裂弾」
4対のヒレを順々に狙撃する。銃口から放たれた弾はホバーによる火力補助で着弾とともに炸裂し、虫の側面を大きくえぐり取った。
ホエールはその実、2m級と5m級が200ほど集まった群体だ。ゼンの狙いは背骨を担うサーペントたち。
容赦ない削りでマンタは散り散りになり、サーペントの急所があらわになった。
ゼンがすかさずサーペントの脳を通常弾頭で撃ち抜くと、そのゼリーのような外殻が爆散し、いくつかの固形物がバラバラと落下していく。
続けて他の個体を処理すると、空中には5つのコアが残った。
浮遊能力をもたないマンタは、ゆっくりと降下していく。そのうち干からびるだろう。
「お見事」
「どうも」
ロスルの軽口を流し、さらに高度を上げて周囲を見渡す。
街の方角から砂煙が近づいてくる。間に合った。
「今回も大漁だなァ!」
到着するなり、回収班の親方が満面の笑みで叫ぶ。愛想笑いを返したものの、内心は嬉しかった。ゼンとしても今日は上出来だと思っていたところだ。
資源の積み込みを手伝い、彼らが街へ戻るのを見送る頃には、陽が傾き始めていた。
ホバーを覆う半透明の外殻から人の頭ほどの球が分離し、その形を変えていく。現れたのは一羽の梟。
「オッサン共についていかなくていいのか」
「うん……いまは、気分じゃない」
ゼンは飛ぶことが好きだ。地表を漂う透明な虫たちを狩っている間は自由でいられる。
奴らは何も考えない。何を考えているかわからない人間の相手は、少し苦手なんだ。
虫――半透明で巨大な外殻を持ち、内部からキラキラと輝く幻想的な浮遊生物。
地上は虫の楽園だ。地表から高度およそ50mまでは、深い霧が包み込むように、時に密に、あるいはまばらに。それらは揺蕩うように折り重なって、色とりどりに光る海を構築している。
虫は触れるものすべてをゆるやかに吸収し、互いに融合し、その巨体で人間を高所へ追いやった。昔は地表を覆いつくしていたのは人間だという。今では山か、土の下か、海の上にしか人間の住まう場所はない。
こんな風に言うと、街の大人たちは「虫の恵みを忘れるな」と返す。ゼンだってわかっている。虫の核は街のエネルギー源であり、内容物は天然資源の宝庫だ。街は虫の狩猟によってかろうじて今の技術・文化水準を保っている。
ただ、その狩猟は命がけだ。虫を狩って生きる人々を狩人と呼び、その中でも特に高い技術と殲滅力を持つと認められた者を「砦」と言う。砦は高度100mを浮遊できるホバーを与えられ、居住区と虫との境界を護る、文字通り「砦」としての役割を持つ。そして、境界にいる砦は前線を維持しながらも、ときに虫をわざと見逃す。
流れてきた虫の脳を撃ち抜き、コアとストレージを無傷で確保すること。これがゼンの仕事で、存在意義だった。
遠く境界の向こうに広がる虫の海が、夕日を反射して橙に染まっていく。
「風が出てきた。戻るか」
「定時報告まであと2時間」
しまった。忘れてた。
「おい、笑うな。だからついてけば良かったのにって言うんだろ」
「笑っていない」
どうだか。ゼンは慌ててホバーに乗り込み、見送ったばかりの道を、夕陽に向かって飛び始めた。
ポストアポカリプス的な、ディストピア的な感じにしたいです。よろしくお願いします。