第五話 「十二支将軍幹部ビルサ」
「参ったなァ。これじゃあ、飯にありつけねェじゃねェか」
一方その頃、町から少し離れた野原では、頭を掻くしゃらくの前に、先の侍達が倒れている。侍達が乗っていた馬は無傷で、道の雑草を食っている。
「しかし何もねェとこだな。あの城だけが立派でいやがる」
しゃらくが城を眺める。ぎゅるるる。しゃらくの腹が鳴る。
「腹減ったなァ。なァお前ら、この辺に飯屋はねェか?」
しゃらくが馬達に話しかける。すると馬は顔を上げブルルと鳴く。
「この辺りは何もねェ? じゃアどこにあんだよ」
ブルルル。別の馬が更に鳴く。
「あの城には食いもんがいっぱいあるだと?」
見窄らしい町の向こうには、対照的な煌びやかで大きな城が、怪しく聳え立っている。すると、向こうから一人の小さな少年がやって来る。少年は、水の入った桶を両手で持っている。着物は継ぎはぎだらけで、顔にはたくさん泥を付けている。
「おい、手伝おうか?」
しゃらくが話しかけると、少年は顔を上げギョッとする。
「お侍さんが! ・・・お兄ちゃんがやったの?」
「あァ」
「!!!」
少年が更に驚く。するとその拍子に、桶を落として中の水をぶち撒ける。
「水が!」
すると少年が、地面に流れた水を手で掬おうとする。その異常な姿に、しゃらくが眉を顰める。
「おい、また汲んで来りゃアいいじゃねェか。そりゃもう泥だぜ」
すると、少年がポロポロと涙を流し出す。
「・・・うちはお金がないから、一日に一回しかもらえないんだ」
「・・・?」
「あのお城でお水をもらうんだ。・・・今日の分のお水だったのに」
少年は泥を握りしめ、肩を震わせている。
「・・・何もかも、あの城が独り占めしてやがるって訳だな」
しゃらくが、少年の肩に手を置く。
「そんじゃアおれ達が、水も食いもんも、たんまり獲って来てやるよ」
しゃらくがニッと笑う。少年は目を丸くしている。
一方その頃、町中にて侍と睨み合うウンケイ。
「てめぇどこのどいつだ? 侍様に楯突こうとは」
「ふっ。くずは皆、同じことを言うんだな」
ウンケイがニヤリと笑う。すると侍の二人が刀を抜く。
「てめぇ、俺達を誰か分かっての無礼か? 俺達は、十二支将軍のお一人であるウリム様が誇る幹部、ビルサ様の侍だぞ」
「下がってな。危ねぇぞ」
ウンケイが、老夫婦を後ろへ避難させる。
「まあ丁度いい。お前は見せしめだ。侍様に従えねぇ奴はこうなるってなぁ!」
侍が二人同時に刀を振る。ウンケイも薙刀を振る。ガキン!! すると侍達の刀は折れ、折れた剣先は二人の後方へ飛んでいく。
「は!?」
「出直して来い。そんな刃じゃ俺は斬れねぇ」
侍達は唖然とし、後ろの老夫も尻餅をつく。
「まだやるか?」
ウンケイが尋ねると、侍達がパチクリと瞬きをしながら、顔を見合わせる。
「きょ、今日のところは見逃してやる! 覚えとけ!」
侍達が走り去っていく。老夫婦は尻餅をついたまま、ポカンとした様子で、小さくなっていく侍の背中を見ている。
「大丈夫か?」
ウンケイが手を差し伸べ、二人を起こす。
「は、はい。ありがとうございました」
「そうか。じゃあ」
ウンケイが二人に背を向ける。
「あとな、もう金の心配はしなくていいぜ」
そう言って去っていくウンケイの背中を、二人はポカンと見ている。
一方、見窄らしい街とは対照的に、巨大で大層立派な城の中の豪勢な大広間では、大量のご馳走に大量の酒、花のように艶やかな着物に身を包んだ女達。そしてそれに囲まれ、中央に鎮座する大男が一人。鮮やかな紫色の羽織に、でっぷりと太った巨体で、女達が人形に見えるほどである。
「ビルサ様ぁ〜。こっちも構って~」
「グフフフ! 拗ねるでない。今構ってやるぞぉ〜」
中央に座る、“ビルサ”と呼ばれる男が鼻の下を伸ばしている。
「ビルサ様。少々飲み過ぎでは?」
広間の端に座っていた家老が口を開く。
「うるせぇ! こんな美女に囲まれ、呑まずにいられるか!」
「ビルサ様嬉しい〜♡」
女達に抱きつかれ、ビルサが更に鼻の下を伸ばしている。すると、家老の後ろの襖が開き、侍が家老に耳打ちする。
「何!?」
家老が報告に驚く。侍は襖を閉じる。
「ビルサ様! 大変です!」
「うるせぇな。何だじじい」
「今し方受けた報告によりますと、うちの侍達が他所者にやられたそうです」
「何ぃ?」
すると突如ビルサの表情が一変する。そして持っていた酒を投げ捨て、女達を払い除ける。
「やられた、だと? ・・・仮にも天下のウリム様の名を語る侍が、やられたで済む筈はねぇよなぁ?」
あまりの気迫に、女達はそそくさと奥の部屋へ逃げていく。
「相手は城下にいるようです。如何がなさいましょう」
「殺すに決まってんだろ。あいつらを呼べ」
「・・・御意」
家老が広間を出ようとする。
「ついでに、他所者にやられやがった者も連れて来い」
「!?」
「弱ぇ奴は、俺の部下にいらねぇ」
*
日が暮れた城下の或る長屋に、キンキンと箸を鳴らす音が響いている。
「ご馳走さん! うまかったぜ!」
しゃらくが勢いよく茶碗を置く。その隣では先の少年が、しゃらくを真似るように飯を掻き込んでいる。
「そう。そりゃ良かったよ。こら、そんなに慌てて食べたら喉を詰まらせるよ!」
正面に座る少年の母親が、優しく微笑む。家は貧しいようだが、まるで三人が囲む囲炉裏のように、小さくも暖かな空気が流れている。
「いやァ悪いな。おれがぶつかって水溢しちまったのに、飯までご馳走になっちまって」
「いいのよ。・・・どうせこの子を庇ってくれてんでしょ?」
すると少年が飯を吹き出す。隣でしゃらくが笑う。
「なんだバレてたぜ。わははは」
*
少し遡り町外れの野原にて、膝を着く少年の肩に手を置くしゃらく。
「でもこのままじゃア、おっ母ちゃんに怒られんな」
それを聞き、冷や汗が吹き出す少年。
「うちの母ちゃん、すごく怖いんだよ! こうなったのはお兄ちゃんのせいじゃないか! なんとかしてよ!」
少年がしゃらくの着物を掴む。
「おれは何もしてねェぞ。お前が勝手に落としたんだろ?」
「そ、そうだけど! でもぉ・・・」
「わははは! 分かったよ。おれがやったことにすりゃアいいんだろ?」
*
「そうゆう事だったのね」
「あァ、だから本当はこいつが全部悪ィんだ。わははは」
時は戻り、町の長屋でしゃらくと母親が笑っている。少年は隣で、今にも泡を吹きそうな顔をしている。
「それは良いとして、あなた本当にお侍さん達を?」
「あァ。だからあんまり長居しちゃア、迷惑かけるからな。おれもう行くぜ。飯うまかったぜ。ご馳走さん」
しゃらくが立ち上がり、身支度を始める。すると、家の戸を誰かが叩く。
「はーい」
母親が立ち上がり戸を開けると、そこに見知らぬ男が一人立っている。
「どちら様・・・?」
刹那、突如男が刀で母親を斬りつける。倒れる母親の向こう、しゃらくと少年が目を見開く。
「ケケケ。どちら様だぁ? 侍様だぁ」
男が刀に付いた血を舐める。呆然とする少年の隣に既にしゃらくの姿は無く、脱兎の如く男に飛び掛かっている。
「ケケケケ。見ぃつけた」
完




