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第十一話 「バレぬよう」

 ガコン! 足下の床が消え、しゃらくが落ちていく。穴の面積があまりに大きく、()(すべ)無く真っ直ぐと、深い暗闇の中へ落下していく。見上げると、床が閉まっていき、隙間から武装した兵達が覗き込んでいる。

 「どわァァァァ!!!」

 悲鳴を上げながらも、穴の底へ向きを変えると、暗闇の中にうっすらと、こちらへ伸びる剣山のような無数の巨大な針が見える。

 「やべェェ!」

 しゃらくは(てのひら)を外に向け、顔の前で腕を交差させる。どんどんと針へ向かって落下していく。しゃらくの顔や体に、赤い模様が浮かび上がり、鋭い爪が伸びる。すると針の先が目の前まで迫る。

 「“獣爪十文字(じゅうもんじ)”!!」

 ガキィィン!! 交差させた腕を素早く広げ、鋭い爪で十字に切り裂き、巨大な針の山が砕け散る。しかし落下の勢いは止まらず、すかさず回転して尻から地面に落下する。

 「いってェェェ!!!」

 しゃらくが尻を抑えて転がり回る。痛がりながらも辺りを見回す。

 「・・・真っ暗だな。まァおれには関係ないけどな」

 しゃらくは牙王(がおう)の力で、驚異的な視力を有している為、暗闇の中に通路を見つける。

 「落とし穴ばっか掘りやがって! ムカつくぜ!」

 のそのそと立ち上がり、通路へ向かって歩いていく。パリパリ。すると、しゃらくの足元から妙な音がする。見ると何かを踏んだようで、白く細長い物が足元に伸びている。

 「何だァ?」

 何気なくその白い物体の先に目を向けると、暗闇の中から骸骨(がいこつ)がジッとこちらを睨んでいる。

 「ぎゃァァァァ!!!!!」

 


 ビルサ城最上階の大広間。城主ビルサが横になり肘枕(ひじまくら)をついている。その前には、血を流し白目を剥いたコルゾが横たわり、後ろで二本牙(にほんきば)の二人がガタガタ震えている。すると広間の(ふすま)が少し開き、侍が家老に耳打ちし、襖が閉まる。

 「ビルサ様。侵入者は大穴に落ちたようで御座います」

 それを聞いてもビルサは、変わらず険しい表情をしている。

 「小僧が死んだか確認しろ。運よく生きていやがるかもしれん」

 「御意(ぎょい)

 ビルサが、二本牙(にほんきば)の二人をキッと睨む。二人は今にも飛び上がりそうである。

 「初めから俺が出向けば良かったか? 俺がいねぇと小僧一人も捕まえられねぇのか? なぁおい」

 ビルサが目の前の(さかずき)を手に取り、ぐいっと飲み干す。

 「・・・お、俺達にもう一度行かせてください! 次こそは必ず!」

 カァン! ビルサが盃を投げつけ、二人の間を抜けて、後ろの襖にぶつかる。二人は硬直する。

 「・・・必ずだ」

 そう言ってビルサは立ち上がり、大広間を出ていく。

 「はっ!! 必ずや首を持って参ります!」

 二本牙が深々と頭を下げる。



 一方、城下を抜けた荒地に一人佇むウンケイ。目の前には、無数の大穴が広がっている。

 「こりゃあ異様だな」

 すると、ウンケイの後ろで侍達が隠れて様子を伺っている。

 「・・・なんて力だ。穴を全て出現させるとは。城に侵入してきた男との関係は分からんが、要注意人物だってことは、火を見るより明らかだ。ビルサ様に知らせよう」

 ヒソヒソと侍達が話をしている。ウンケイに後ろを気にする素振りはない。

 「いや、いっそここで仕留めちまおうぜ。奴の首を持ち帰れば、出世も夢ではねぇ」

 「しかし、奴はバンキさんを倒したと聞いたぞ。そんな怪物、俺たちにやれるか?」

 「だからこそ価値があんのさ。いいか? わざわざ出向く必要はねぇ。ここから弓を引けばいいのさ。それで怯んだところを斬ればいい」

 「なるほど名案だ。乗ったぜ。ここで奴を仕留めよう」

 侍達が全員一斉に弓を用意する。

 「おい! 誰がトドメを指すんだよ! 皆で弓引いてどうすんだ!」

 「それならお前がやれよ! 奴に近づくのが怖ぇのか?」

 「まぁまぁ。皆で弓引いて、皆でトドメを刺しゃいいじゃねぇか。それで抜け駆けはねぇ(はず)だぜ」

 「おぉ、名案だな。乗った! 皆で奴を仕留めよう!」

 侍達が大声で盛り上がっている。ウンケイは、侍達にはとっくに気がついており、会話も丸聞こえである。

 「・・・もう少し静かに話せねぇのか。奇襲するってんなら、せめてバレるなよ」

 ウンケイは侍達に呆れている。

 「いくぞ! 撃てぇ!」

 侍達が、奇襲とは思えぬ大声の合図で、一斉に矢を放つ。すると当たる前に、そのまま一斉に刀を抜いて突進する。

 「馬鹿め」

 ウンケイが振り返り、容易(たやす)く矢を薙刀で払う。侍達は怯んだが勢い止まらず、そのまま突進する。ガガンッ! ウンケイが薙刀を振り、侍達を殴る。侍達は全員のびてしまう。

 


 ビルサ城内地下通路。しゃらくが悲鳴を上げ、腰を抜かしている。目の前には骸骨が横たわっている。

 「ひえェェ! が、が、骸骨だァァ」

 ガタガタと震えている。実はこのしゃらく、幽霊やお化けといった類が大の苦手なのである。

 「・・・この針で死んだ奴なのか?」

 震えながらもようやく立ち上がり、再びその亡骸(なきがら)を見ると、頭蓋(ずがい)は依然こちらを見つめている。しゃらくも、怖気ながらも目を逸らさずその頭蓋を見つめる。

 「・・・まかせろ」

 そう言って、冷や汗をかきながらも前を向き直り、通路へ足を進める。前へ進むしゃらくの足音は、静かながら力強く、深い深い暗闇に響き渡る。すると、通路の先から何やら音が聞こえ、しゃらくは足を止める。その音は何者かの足音のようで、どんどんとこちらへ近づいて来ているようである。

 「・・・三人、いや四人か」

 しゃらくは壁に寄りかかり、じっと息を潜める。侍達がどんどんと近づいて来る。そしてしゃらくの目の前を、気付かずに通り過ぎようとする。

 「おらァァ!!」

 ズドォン!! しゃらくが侍達の脇から突進し、そのまま壁に激突する。侍達は全員白目を剥いている。

 「わっはっは! 誰にもバレずに暗殺だって出来ちまうんだぜおれはァ! 今バレるのは面倒くせェからなァ!」

 しゃらくが高らかと笑っている。しかし、その激突の衝撃があまりに大きく、城の上階にも衝撃が伝わっている。

 「な、何だ今のは! 地下で何かあったのでは!?」

 しゃらくの思惑とは裏腹に、上階では完全に警戒され、地下へ大勢の兵達が放たれる。

 そんな事とは(つゆ)知らず、しゃらくは呑気(のんき)に地下を歩いていく。

 「何だここ、迷路みてェだな。どっちに行きゃいいんだァ?」

 しゃらくは、複雑な通路に訳も分からず、あちこちを曲がっていく。しかし、気まぐれに曲がる道はどれも、奇跡的に大勢の兵達とすれ違わぬ道で、大勢の兵達は、全くしゃらくの姿を見つけることが出来ない。

 「おい、どこに行ったんだ奴は! 何故こんなにも兵を放って見つけられんのだ!」

 兵達は血眼(ちまなこ)になってしゃらくを探すが見つからず。一方のしゃらくは呑気に歩いている。すると、しゃらくの前に大きく頑丈そうな大扉が現れる。扉には、いくつもの(じょう)が掛かっている。

 「何だァ? 大判小判でも入ってんのか? あ! こんなに厳重にしてるって事は、食いもんだろ!」

 しゃらくが腕をまくると、赤い模様が浮かび上がる。両の手からは鋭い爪が伸びる。ガキィン! その爪で、錠を容易く切ってしまう。そして、上背の二倍はあろうかという大扉を開ける。()びれたような大きな音を立てて扉が開いていく。

 「食いもん食いもん! やっと飯にありつけるぜ! これであいつも・・・。ん? 鉄の匂い?」

 しゃらくが扉を開き中を覗くと、大量の銃や刀、槍や大砲といった武器が敷き詰められている。しゃらくが不思議そうに中へ入っていく。中には甲冑などもあり、その全てが黒々と怪しく光っている。奥を見ると、加工場のような部屋もある。どうやらこの城では、秘密裏に大量の武器を製造しているようである。ふと武器を見るとそこには「ウリム将軍(しょうぐん)献上品(けんじょうひん)」の札が貼られている。


 完

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