夕方。あなたに映るわたし。
多分きっと、あなたの目に映ってる私が、世界一可愛い私なんだろうと思う。
そんなことをなんとなしに言ってみたら、言われた相手が頭を抱えながら机に顔を打ち付けはじめた。
「え、奇行」
「奇行もしたくなるだろ」
普通にならないと思う。
平日の夕方。だんだんと学校の制服とおぼしき姿をしたお客さんも増えてくる。少し一般的な終業時間よりは早いこの時間帯だと、私たちはそれなりに周囲から浮いて見えるのかもしれない。
「なんで」
「あのな、まず年齢を考えてみろ」
私は首を傾げた。まったく文脈は読めない。しかしながら、ひとつだけわかることがある。
「女性に年齢を尋ねてくる男は、一発しばいたらいいっていう家庭方針なんだけど」
「男の立場弱そう」
「お父さんが立てた方針」
「…………男兄弟の中の末っ子長女め」
事実でしかない。そもそも、彼が私の家族構成を把握していることは当然だし。
まあ確かに、かなり私は父母兄達から甘やかされてきた自覚はある。
彼曰く、挨拶したときは針の筵だったそうだ。
「あくまで、一般論の話をするぞ」
こいつ固有の話なんだろう。
「俺たちは、いわゆるアラサーと呼ばれる年齢なわけだ」
「私はまだギリ違うけど?」
「とっくに四捨五入したらそうなるんだから、無駄な抵抗はやめような。で、その年齢に到達した男たちは、ストレートな好意表現を受けると、どうしたらいいか分からなくなるんだよ」
無駄に主語が大きい。私は脳に、こいつ限定、とインプットする。
「つまり?」
「話は終わり」
彼は、追加注文したブラックコーヒーを口に含む。分かりやすく、照れ隠しだろう。ということは、隠す必要がある照れがあるわけで、その照れには原因があるということに違いなく。
「つまり?」
「話は終わりって、聞こえてねえの?」
無駄な抵抗はやめて、観念すればいいのにと思う。
「それで?」
「…………すげー可愛いこと言われて、どうしたらいいか分からなくなりました。もう許してください」
目を逸らしてそういった彼は、今度は多分最初とはちょっと違う理由で机に顔を突っ伏し始めた。素直じゃなさすぎるなあ、と思うけれど、これはこれで私の目にはかわいくうつる。
しかしまあ、ちょっといじめすぎた気もしなくもないので。
「でも、私の目に映ってるあなたは、世界一かっこいいから、安心していいよ?」
ごほっと、彼が咳き込む。
私は、少しぬるくなってしまったレモンソーダを口に含む。
甘い炭酸が口の中でしゅわりとはじけていった。






