生徒会副会長 右高の告白
「春のチャレンジ」参加作です。
テーマは「学校」
オリジナルのBLを書いたのはもしかしたら初めてかもしれません。
注意書きをご確認のうえ、苦手な方はご注意くださいますようお願いいたします。
「阿佐美、右高、ちょっと」
教室の入口で学年主任の北野先生が手招きをしている。
学級委員の仕事をしていた俺は、右手に持っていた黒板消しを粉受に置き「はい」と返事をして廊下に出る。
「あー」と何かを察したようにのそりと隣に並んだ阿佐美はその長身を少しかがめて垂れ目をくしゃっとさせた。飄々としているのに、学ランの詰襟にに添えられた手が大きくてなんだか威圧感がある。
北野先生は視線を手元の資料に移して頭をかきながら口を開いた。
「今度生徒会選挙あるだろ? 立候補者がいなくてな。阿佐美が会長、右高、副会長引き受けてくれ」
◇
「——入学式についての説明は以上です。次の議題に移ります」
俺の進行に合わせて、書記の南さんがホワイトボードに『間宮中学新入生歓迎会会議』と整った文字で記していく。立候補で生徒会書記に就いた新2年生の彼女は真新しいやる気に満ちていた。
「例年と同じ流れでいいのでは?」
同じく新2年生、会計の西畑くんが発言してくれる。
「うん。基本的にはそれでいいと思う。ただ、部活動紹介で順番が後ろだと時間が足りなくなるって不満を聞く。初回の部長会でタイムテーブルを配布して時間厳守をお願いするっていうのはどうかな?」
俺は提案しながら生徒会室を進む。
「いいですね」
西畑くんは視線をこちらに向けながら、メガネのブリッジを中指で支えた。
「あとは、残り1分になったらこのベルを鳴らしたりね——」
俺は足を止めて、阿佐美の机にある卓上ベルの突起を押す。
チーンという金属音が小気味よく響いた。
「んだよ」
「聞いてるのかなって思って」
生徒会長の席に座る阿佐美はさっきから窓ばかり見ている。
「聞いてるよ。右高になら任せられるから」
「だからってぼーっとするな」
「はいはい」
阿佐美が席を立ち窓を開けると、強い風が入ってきた。
「うわっ」
「な、一息つこうぜ。花見もできることだしさ」
春休みの生徒会室に桜の花びらが舞い散る。
空は快晴だった。
◇
「バレー部の皆さんありがとうございました! 次が最後となります。書道部の皆さんよろしくお願いします!」
事前準備の甲斐あって、新入生歓迎会本番はオンタイムで進んでいく。
ゆえに、このままいくと5分余る。
余る分にはいいだろうと、書道部部長にマイクを渡し、やることをほぼ終えた俺は体育館の舞台袖で安堵していた。
そこに北野先生が近づいてくる。
「阿佐美」
何かを察した阿佐美が観念したように垂れ目を閉じて眉間に皺を寄せる。
「5分余るから、最後生徒会長の言葉で締めてくれ」
『え、そんなの計画になかった……』
俺は心の中で驚きの声をあげる。
「あー、5分くらいいいじゃないっすか」
気怠そうに答える阿佐美。それはそうだよ、新入生300人を前にいきなり締めの挨拶しろって北野先生も酷なことを言う。と、阿佐美に同情する。
「お前ならできるだろ。じゃよろしく」
おいおいおい。『じゃよろしく』ってそんな。え、まじ? 今ので阿佐美がスピーチするって決まったの? 嘘だろ、怖。
舞台袖に送り出された阿佐美の背中が静かだ。
正直……阿佐美が成績優秀者だってことは知ってたけど『会長』に阿佐美、『副会長』に俺が指名されたことに疑問を抱かないわけではなかった。
立候補しなかったんだから、口には出さなかったけど、会議中は『俺が会長でもよかったんじゃないか?』と思うことさえあった。だけど、だけど——
俺は書道部部長からマイクを受け取って、阿佐美に渡す。
落ち着いた礼から始まる阿佐美のスピーチ。
「新入生の皆さんご入学おめでとうございます——」
◇
阿佐美が何を喋ったのかもう覚えてないけど、彼はやり遂げた。
マイクを渡した瞬間に顔を上げた凛とした横顔が、まるであの日見た桜みたいだったから、あれから5年たった今でも春が来ると俺は会長を思い出す。
あの日俺は阿佐美に『負け』を突きつけられたし、同時にどうしようもない『憧れ』も抱いてしまった。
阿佐美のことを『会長』と呼ぶようになったのは明確にこのときからだった。
ことあるごとに「ライバルだ」って言い張る俺を会長はいつも笑って受け入れてくれていた。
俺は鈍感だった。
あんなにわかりやすく懐いてたのに、あんなにわかりやすく惹かれてたのに、あんなにどうしようもなく好きだったのに、それが『恋』だなんて、学校の勉強ばかりしていた俺には気づきようがなかった。
だから5年経った今『二十歳のつどい』後の飲み帰りに酔っ払った会長を見てこんなことを思うんだ。
会長がいつのまにか南さんと付き合ってて、浮気されて振られててすげーむかつく。あいつ何してくれてんだ。でも、俺こそ何してんだ。
俺は5年間、桜を見上げてはずっと会長を思ってた。
ようやく自分の気持ちに気づいたんだ。
「好きだよ、会長」
千鳥足の会長に聞こえたか聞こえてないかわからないけど、桜を散らす夜風が寒くて、俺たちは身を寄せ合った。