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第95話 Who are me

 花咲律歌の性別は不明である。心身ともに花咲律歌は自分が男なのか女なのかわからない。

 ヘラヘラとなんてことがない風に言うが笑いごとではない。名前も性別も消えてはいけないのだ。何もかもが失ってはいけない。

 それとも自分の大切な者よりも、自分の家族の方が大切なのだ。


「ぼくが妹を通行料にしてしまう前に、誰かがぼくの妹を奪っていった」

「え……」


 憎しみに滲む声色に彼は呼吸を忘れる。息も絶え絶え、吸魂鬼への憎しみが合わさる。

 彼はその気に飲まれる前に頭を振って「と、とりあえず」と声を絞りだした。


「先生たちと合流します。もう一度背負いますね?」


 事前に伝えられていた合流地点まで彼は、花咲を背負って向かう。その間に、花咲は疲労で意識を失っていた。

 路地を出て表通りを歩く。そこには調査に出ていた谷嵜先生たちがいた。合流地点からは少しだけ距離があり、新形が彼の匂いを追いかけて合流を速めた。


「バーテンダー、此処を頼む。百面獣、ついてこい」

「はーい! どこでもお供しますっ」


 彼が保護対象と一緒にいる所を見て、浅草と綿毛が小走りで駆けて来る。谷嵜先生は新形と暁を迎えに行くために動きだすと、新形は、ビルの壁を蹴ってその目にも止まらぬ速さに「はっやぁ……」と同業者である佐藤先生もぽかーんっと口を開いたままである。


「浅草と綿毛で、胡蝶の回復しろよォ」

「うぃ!」

「了解」

「え、綿毛さん、空想が?」


 浅草は慣れたように水の入ったボトルを傾けて身体のあちこちにある怪我を治癒するが、綿毛に空想はないと思っていた彼は尋ねる。


「夏休みに柳先輩にアドバイスをもらったのよ。それでコレ」


 そう言って出したのは、扇子だった。彼はそれをどうするのか首を傾げると、綿毛は閉ざされた扇子を構えて深呼吸する。バサリと開いて少し扇ぎ風を送る。花咲に向けられた風は、全てを吹き飛ばすように花咲の怪我を治していく。


「黎明家は、オールマイティのイマジネーションを所有するハウスだったのよ。私もそれと同じように、それに遵守しようと思って」


 扇子が開かれている状態は怪我を治す。閉ざされている状態は、吸魂鬼を至近距離で攻撃できるように空想を生み出しているのだという。

 空想を何か物を媒体にすることでイメージがついて、やり易くなるのだと浅草から伝えられたようだ。彼のように肉眼で強引に発現させるよりも眼鏡や何かレンズを媒体にした方が、なにかと都合が良い上、目を酷使しなくても済んだのかもしれないが後の祭りだ。


(そう言えば、大楽君もギターだっけ)


 佐藤先生もサイコロと何かしら道具を使っている。身体が資本としてる者たちは格の違いを見せつけられているようだった。


 花咲のゾーン内での治療が済んだのを確認して、佐藤先生がゲートを開き部室へと連れて行こうとした刹那、佐藤先生の頭上で稲妻が落ちた。


「先生ッ!!」

「副長!?」


 ゲートは封鎖されてしまい、身体を痺れさせる佐藤先生に彼と浅草が呼ぶ。


「アハッ! なぁに? 思ったより大したことないじゃなぁい」


 甲高い声が聞こえた。声のする方を見ると、佐藤先生を踏みつける吸魂鬼がいた。

 ピンヒールのブーツが、佐藤先生を踏みつける。

 口をへの字にさせて、泣いているような表情をした仮面を嵌めている吸魂鬼。


「どうして、仮面の吸魂鬼は先輩たちが抑えてるんじゃないの!」

「違う。見た目も仮面も違う」


 綿毛が言うが彼は否定する。花咲を攻撃していた吸魂鬼は別にいる。


「そう。グラータよ。そこのガキを殺し損ねて、遊んでるのはジュードって言う単細胞。ちょーっと、ちょっかい掛けに行こうとしたら、面白いガキどもがいるじゃない。それもあんたたちあれでしょう? 悋気を殺したとか言う吸血鬼部のガキども」


 グラートと名乗る仮面の吸魂鬼は、手振りを相手を挑発するような動きをする。


「でも、私、ガキって嫌いなのよね」


 その声と共に灰色の空模様が怪しくなる。黒い雲が彼らの頭上で集まると雷光が瞬く。さきほど佐藤先生に落ちた雷だ。


「まさか天候を操れるって言うの?」


 綿毛は信じられないと絶句する。神の偉業のようなことを引き起こすなんて不可能に近いというのに、目の前の高飛車な吸魂鬼はアハハハッと哄笑する。


「そう! 私たちは神に限りなく近い存在。人間は私たちにひれ伏すしかないのよ」


 圧倒的力を前に自分たちでは手も足もでない。勝てない。相手にされない。彼はグラータから感じる威圧感に動けなくなる。


「柳先輩! ジョン! 二人を連れて部室に離脱してください。此処は私が引き受けます」


 空想道具である扇子を構えて綿毛が二人を護るように立つ。サポート空想である浅草では相手の足止めは出来ない。ならば、花咲を連れて部室に帰るしかないのだが――


「ゲートが」


 佐藤先生が開いたゲートは、佐藤先生が襲われて維持力を失って消滅してしまったことを危惧すると「うい! 無問題」と浅草が親指を立てて彼に示す。


「二年生になってから、ゲートを開く方法を教わるらしいわ」


 綿毛が言えば、「うぇい」と浅草はゲートを開いた。佐藤先生と花咲を連れて行けば、依頼は完了して、被害も最小限であるが、佐藤先生を回収するにはグラータをどうにかしなければならない。それに運が良ければ、谷嵜先生たちと合流も叶うかもしない。

 けれど結局それは戦い慣れていない綿毛を残すなんて出来なかった。


「そんな、ダメだよ! 綿毛さんまだ空想を使い慣れてないんでしょう?」

「馬鹿ね。私は、サブハウスの一家。綿毛最中よ。空想の使役なんて朝飯前なんだから」


 彼の考えなど杞憂なのだと得意げに笑みを浮かべる。

 夏休みに空想を発現できなかったが、今ならば出来る。オールマイティの空想として、想像力を揮うのだ。


「それに、貴男はモグラと接点があるんでしょう? 救援要請も出来るよね?」

「っ!?」


 彼にしか出来ないのだと綿毛は、視線を逸らすことなく告げる。組織を跨いだ交流をしている彼ならば、どれだけの法外な要求を吹っ掛けられても助けを呼びに行ってくれるだろうと信じていた。


「なぁに? 小娘が相手してくれるの? 退屈させないでよね」


 グラータが綿毛を標的にする。

 仮面とは相反する声色と共に綿毛に落雷する。その一瞬の間を綿毛は見逃さない。地面を蹴り落雷を回避して、仮面の吸魂鬼に向かった。

 扇子を振るうと、それが空想の一部だと気づきグラータは後方に飛び退いて不機嫌な声を漏らした後、その手から雷を放つ。綿毛は刃のように扇子を振るって雷を払いのける。


「ふぅん。付け焼き刃の癖して案外やるじゃない。良いわ。遊んであげる。その代わり簡単に死なないでよね!」


 攻防戦が始まった。グラータは雷を落として、綿毛の逃げ道を塞ぐ。もっとも綿毛も逃げる気など毛頭ない為、攻め込む。扇子が流れを変える。


「ジョン! 怪我人、輸送、救助、荒波、信号」


 ただ見ていることしかできなかった彼に浅草が肩を揺らして我に帰らせる。

 綿毛の生み出した隙を無駄にするな。グラータは意図して自分たちを放置しているのだ。人が多ければ、遊ぶおもちゃが増えれば増えるだけ相手は本気になる。自分たちが格下だと思われている状態では、襲うことも詰まらない。綿毛が時間を稼いでいる間に空想使いに救援を要請して、一般人を巻き込まないようにしなければならない。


 浅草の言葉に彼は我に返って花咲を浅草に任せて、地面を蹴り佐藤先生を回収するために駆け出した。案の定グラータは、彼に見向きもしないで綿毛と攻防を繰り広げている。


「綿毛さん、お願いできる?」

「すぐ、助けてくれるならね」

「うん、絶対に迎えに行くから」


 そう言って浅草が開いたゲートに佐藤先生を連れて飛び込む。

 その場に残った綿毛はほっと息を吐いた直後、グラータに首を掴まれていた。


「仲間の前で随分とデカく出たじゃない。そう言うの嫌いじゃないわ。でも」

「ぐっ……」

「空想力が無ければ所詮は魂を収めるだけの器よね?」


 手に込められた雷が綿毛の身体に迸る。どさりと不用品を捨てるように手を離される。すぐに起き上がろうとしても身体が麻痺して動けずに踏みつけられる。


「良かったじゃない。勇ましい姿だけは見せられて……どうせ、空想だってろくに使いこなせてないんでしょう? あんた」

「……っ」

「サブハウスの一派だから期待したのに、とんだ期待外れね。あの子たち、追いかけて殺しちゃおうかしら。きっと驚愕するでしょうね~。あんたの安否が心配で敵である私に訊いてくるのよ。なんて答えると思う?」

「ぐぁっ」

「ぶっ壊しましたってね!」


 ピンヒールが綿毛を踏みつける。麻痺した身体では退かすことも出来ずに地面に這い蹲る。

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