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第94話 Who are me

 旧校舎の屋上で、暁は不機嫌な表情をしながら彼と共に空想を使っていた。

 暁はゾーンに入り彼へ結界を張る。彼は白昼夢の状態を維持させながら空想を発動した。


「モグラの所属の人ってどれくらい、いるのかな?」

「さあ、俺は知りません。組織の人数が明確になる事はないでしょう。ゾーン内で行方不明になることは珍しくありませんでしたからね。今回のように」


 変動が激しい業界なのだから、記したところで時間の無駄だと暁は言う。

 いつの間にかいないというのがよくある事で、名簿を作って存在を確認し合う人もいる。ハウスの中にも任務を終えたのちに始めと終わりで人数確認する。分かり切っていても、確認をして、死した者を弔おうとする人たちがいるという。

 ハウスが必ずしも非情な組織ではないことが分かる。


「ハウスも同様です。いつの間にかいなくなって、出て来る事もあります。記憶が無くなってしまう方もいれば、無傷で戻って来る方、何かしら欠損して現れる方と様々です。ハウス所属ならば、専属の医師や病院があるので、露見するようなことはありませんが」


 モグラだけではなく、他にも日本中に存在する吸魂鬼狩りの数は限りなく少ないが、全員を管理出来ているわけではない。吸魂鬼狩りの為に作られたアプリも気づいたものは登録をして情報交換をしてるがアプリやサイトを見つけられなかったものは、ただ闇雲に吸魂鬼を探している。


「花咲律歌と言う名前に馴染みはありませんが、胡蝶と言う名前には憶えがあります」

「知ってるの?」

「はい。モグラの監理人をしている方です。どう言った空想なのかはわかっていませんが、まあモグラと言うだけで、大した吸魂鬼狩りなんでしょうね」


 皮肉を言う暁に苦笑いをして彼は深呼吸をして、花咲を探すために空想する。

 灰色の空間を這うように視界が動いた。あの道を通って、この道を抜けて、この路地を通り過ぎて、建物を飛び越える。

 視ているだけなのに彼は鳥にでもなったような錯覚を覚える。全てを視ることが出来る。視たいものを視たいときに、会いたい時にすぐに見つけられる。


『おいおいおい、俺様を追いかけてきたわりには大したことねえなぁ!』


 白の仮面に眼の穴は空いていないが、自信ありげな笑みを浮かべる仮面をした吸魂鬼が、負傷したその人を見下ろしていた。退屈そうな声色だが、どこか楽しさを見出していた。いじめっ子のように弱いものを虐げる。


 見下ろす先には、金色に染めた髪を乱して浅く呼吸をする。頭部を怪我しているのか額から血を流している。視界もハッキリしてないだろう。


『妹を最後に見たのは君だと聞いてね』

『ああ、知ってるぜ。てめえも何度か会ってると思っているがなぁ。あの女は、恥じて顔を見せなかったか』

『あの子は、繊細なんだよ。君のように乱暴者の言うことだって従ってしまうんだから、大人になるまでぼくが護ってあげないといけないんだ』

『気色悪い程のシスコンぷりだなぁ』

『家族なんだから当たり前でしょう。君にはわからないだろうね』

『けっ! なんとでも言え。たいしたことも出来ねえネズミは、死んじまえ!』



 彼は我に返った。白昼夢の状態で暁を見つけて、視てきたものを伝える。


「仮面の吸魂鬼と対峙している。すぐに見つけられたのは、僥倖です。急いで谷嵜先生に報告しましょう」


 暁は谷嵜先生にメッセージを送るとゾーン越えをして、先に花咲を保護するように命じられる。彼の千里眼で仮面の吸魂鬼からの脅威を躱して逃げ切るように伝えられる。


「そんな無茶苦茶な」

「貴方のことを理解してのことだと思いますよ。貴方、今にも飛び出していきそうな雰囲気です」

「え、えへへ……実はそう」


 誰かが襲われているのなら、どれだけ優れた吸魂鬼狩りでも助けたいと思ってしまう。その為、もしも部室待機と言われてしまったら彼はソワソワと落ち着かないだろう。ならば、ゾーン内に慣れている暁が少しでも彼のサポートが出来ればと許可を下したのだ。


 暁が現実に戻り、花咲がいる場所を教えてもらい。暁はスマホで正確な場所を検索して位置を確認する。


「座標を理解しました。行きましょう」


「貴方は俺が護ります」と言ってゲートを開いた。



 ゾーン越えを完了する。灰色の空間。目標から二十メートル離れた場所で二人は身を隠す。


「俺が空想で相手の注意を惹きます。その間に胡蝶を回収して、谷嵜先生たちと合流してください」


 素直に頷くと暁はそれを一瞥して表に走り出した。

 現実では人が行き交っている。此処で死にそうになっていても誰も気づかない。


 暁は、彼に結界を張ってから路地を飛び出して空想を練り上げる。


「流れなさい! 流星結晶!」


 掌から結界を生み仮面の吸魂鬼に向けた。後頭部にぶつかる結晶に「んだぁ?」と不機嫌な声が漏れた。


(報告通りの仮面、さすがジョン君。空想を使いこなせていますね)


 暁では逃げ惑うことは不可能だが、時間を稼ぐことは造作もない。彼が花咲を回収して谷嵜先生と合流する時間を稼ぐだけでいい。


「怪我人を虐げるなんて趣味が良いとは言えないですね」

「ハッ! 勇敢な小僧が俺様に向かってきやがる。勇敢いや、無謀者かぁ?」

「どうでしょうね。試してみますか?」


 下手くそな挑発に相手は簡単に乗った。相手はそんな簡単な相手ではないのは、暁でも理解できる。普通の吸魂鬼とは気配も雰囲気も何もかもが違うのだ。

 夏休みに襲撃してきた吸魂鬼とはまた違うが、同じ匂い。

 ヒトを虐げる事を娯楽に感じている。人間を生き物と見ていない怪物の気配。


(気を抜いたら死ぬ。ええ、良いでしょう。危険レベルが向上している仮面の吸魂鬼の実力を俺にも教えてもらいましょうか)


 洋館で遭遇した悋気は、相手の心を見透かすような言動をしていたが今、目の前にいる個体はどうなのか。

 暁はその手で結界を生み仮面の吸魂鬼を包囲した。並みの吸魂鬼ならばこれで完全に身動きが取れなくなる。


「結界かぁ? おいおい、俺様をそんなちゃちな空想で封じれると本気で思ってんのかぁ?」


 失笑する吸魂鬼に暁は「まさか」と否定する。空想を使うことに慣れていても、慢心は死を近づけると知っている。

 結界の中で詰まらないと失望の声色を放つ吸魂鬼。

 その奥で呼吸もままならない花咲が暁を見ている。視界がかすむ中、突然の救助は誰かが頼んだ以外に考えられない。


「遊んでやるぜぇ」


 吸魂鬼は地面をえぐるほどの勢いで暁に迫る。その直後、這っていた結界は簡単に砕け散る。キラキラと光を乱反射させて迫り来る。

 拳を突き出して暁を攻撃するのと紙一重で回避する。風を切る音に一撃を受ければ身体に穴が出来上がると直感する。


「幾重に封じろ!」


 粉砕する結界を幾重に重ねる。足を止めて結界を観察する吸魂鬼。


「この結界、ハウスの…………なるほど、てめえかぁ。透明人間ってのは。気持ちが良いだろうなぁ。人助けって奴は、気分が良いだろうなぁ。誰かの記憶に無理やり入り込むってのは……だが、もうその感情は抱かせねえぞぉ!」


 咆哮が響く。その不協和音が振動を起こし結界を砕いた。ガラスのように、灰色の光を吸収して乱反射する。


「包囲! 封印結晶!」


 怯える素振りなど無駄。命乞いをしても無駄。覚悟を常に抱いて暁は空想を発動する。何度も吸魂鬼を封印するが呆気なく破られる。吸魂鬼は、その右手を鋭利な刃のように揃えて突き刺そうと向かって来る。


「五芒星結晶! 裂!」


 突きつけられた右手が切断される。吸魂鬼は驚愕することなく切断された手をそのまま暁に向ける。切断部から赤黒い液体が飛び暁にまき散らした。


「ッ!?」


 頬に触れた液が煙を放つ。熱い。ジワリと溶ける。それが溶液の類であると気づきすぐに距離を取る。左頬の焼ける痛みが集中を妨げる。

 足をもつれさせながら脅威から逃れる。視界の隅で彼が花咲を連れて行く。このまま花咲から気を逸らすことが出来れば、暁の任務は終える。

 幾重にも結界を張り。難を紙一重で逃れる。


 暁が吸魂鬼と対峙している間に、彼は気づかれないように花咲に近づいて言う。


「吸血鬼部。依頼により貴方の保護に来ました」

「……吸血鬼部、なるほど。黒美君か」


 事情を把握した花咲は「足が潰れてしまっているんだよ」と困った表情をする。彼は花咲を介抱する。現実に戻る事が出来れば、潰れてしまった足も戻って来るはずだ。彼は四肢を破壊されているのだ。それでもしっかり戻ってきている。

 負傷している花咲は、汗を流しながらも意識は、朧気だった。

 吸血鬼部が救助に来たというなら、どうして司令官である谷嵜先生がいないのか不思議に思いながらも今は、この場から離れることを最優先に考えなければと花咲は彼の背を借りる。

 彼は、現実の人々を通り抜けないように細心の注意を払いながら、それでいて花咲の怪我を悪化させないようにビルとビルの間に入り込む。


 室外機が並ぶ狭い路地。稼動していない室外機の傍にもたれさせて様子を見る。ゾーン内だからと怪我を安易に考えてはいけない。


「君は、……吸血鬼部のジョン・ドゥだろう?」

「はい。貴方をゾーン内から保護するように吸血鬼部の依頼として引き受けています」

「そう。本当にあの子たちは過保護だね。一週間、ゾーンにいただけなのに全く」


「いや、だからこそなのかな」と花咲は目を伏せた。

 疑似的痛みは、誤魔化すことは出来ても、消し去る事は出来ない。下半身が完全に機能していない。これを受け入れる前に現実に戻って精神を安定させなければいけないというのに、ゲートを開く力も残されていない。


「あの、妹を探してるって」

「……ああ、探してるんだ。なかなか見つからなくてね」

「ごめんなさい。それは通行料じゃないんですか? 花咲さんの」

「ゾーンの中では、胡蝶と呼んでほしいな」

「あ、胡蝶さん」

「うん。ぼくの通行料、それはね。ぼくの性だよ」

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