第91話 Who are me
千里眼が確固たるものとなった。彼は倦怠感に襲われる。人間の自然治癒力をフルに活用したとしても死ぬほどの怪我は治せないというのに、ゾーン内で死ぬほどの怪我をしている。
「パペッティアから、もうナナさんに構わんでええ言われてます。ナナさんは、どうします?」
「え、それって僕、もう」
「終わりちゅうことですわ」
糸雲が去ってからまた少しだけ訓練をした。まだ荒削りで、粗末な空想を明日も同じようにするのだと思っていた。欠点を見つけて改善していくと彼は一人思っていた。それこそ調査だけならば近い未来を視ることが出来るが、仲間が襲われている最中の空想発動などをもっと熟知したかった。気持ちを落ち着かせて空想する。想像する。思い浮かべる。それがイマジネーションに繋がると意識しながら訓練を続けていた。
だというのに、糸雲からは訓練終了を告げられた。
糸雲が、もう十分であると判断した。
去り際の一億の有無は最終確認だったということだ。
実感がないままに終了を告げられて、相変わらず糸雲の考えていることはよくわからない。まだ一度だって糸雲を攻撃したことも、完全な回避が出来たこともないのに、終わりを告げられる。不満がないといえばウソになる。完全な不満。仕事に手を抜いているのではと彼は、糸雲の行動理念が理解できない。
「もう自分の欠点、わかっとるからやない?」
「自分の欠点」
「ナナさん言うてはったやろ? 危険な状態やと気持ちを落ち着かれへん。近い未来しか見られへん。欠点を見つけて改善しようとする姿勢がパペッティアには、十分やと判断したんかもわからん」
月が頭上に昇った頃、蛇ヶ原は言う。訓練は終わり彼はもう自由であり、残りの夏休みを好きに過ごせばいい。
そんな中、蛇ヶ原は今後を尋ねた。
「えーっとここからは、完全に自分の私利私欲なんやけど、勧誘させてや」
「勧誘……モグラの?」
蛇ヶ原は頬を掻いて照れくさい様子で言う。
モグラの勧誘。今はまだ幽霊部員で余所の組織、糸雲が身を置いているというモグラの世話になっている。と言ってもモグラの真髄に触れているわけではない。吸血鬼部のように拠点があるのだろう彼は知らない。いつだって荒幡市の寂れた公園で彼は空想を懸命に鍛えていた。
「おん。いや、断られるのはわかっとるから返事はええねん。吸血鬼部の噂も聞かんわけやない。通行料を奪還奪取するために頑張っとることも耳に入っとる。もし、もしもナナさんが嫌や言うんなら、自分らが」
吸血鬼部なんて吸魂鬼を逆撫でするような名前で活動している組織。彼には似合わない。彼の空想も吸魂鬼狩りにとっては欲しい人材であり、何よりも彼の人柄を見るに自分から吸血鬼部に入ったようにも見えなかった。危険を自ら突っ込んでいくようなら今頃吸魂鬼の餌食だろう。
蛇ヶ原は彼にモグラの一員としてこれからも一緒に活動しないかと誘いをかけた。けれど彼は首を横に振って蛇ヶ原の誘いを断った。
「蛇ヶ原君、ありがとう。でも、僕は平気だよ。先輩たちは優しい人たちばかりだし。僕も吸魂鬼と喧嘩がしたいわけじゃないんだ。僕はただ、通行料を取り戻したい。それだけなの」
モグラは積極的に吸魂鬼を倒す。逃げることはしない。倒せるのなら倒して、殺さなければ二次被害を阻止する。吸血鬼部との活動内容は変わって来る。
それが嫌だからではない。友だちがいる。事情を知るクラスメイトと一緒に仕事が出来る事で気も楽になるだろう。けれど、彼は同意しなかった。
「そうか。ん、かまへんよ! ただちょーっと気になっとったんや。こないええ子を野放しにせんよ」
「良い子って、僕と蛇ヶ原君同い年だよ?」
「ものの例えやないか! ……けど、そうか。うん、わかった」
「……。蛇ヶ原君も吸血鬼部と相対しているの?」
「組織関係は、複雑やからな。吸血鬼部のお人らと仲良うしとると勘違いされてまうな。けど、ナナさんはまだ知られとらんから平気や。それに組織間なんて関係なく、危ななったら自分が駆けつけたる! 任せとき!」
彼は吸血鬼部だ。吸魂鬼と喧嘩をするためではなく、和解していつか通行料を返してもらえるように努める。
「ありがとう、蛇ヶ原君」
涼しい風が彼の頬を撫でる。気持ちが和いでいた。自分と同じ歳でずっと以前からゾーンに関わりながら、真っすぐとしている。ゾーンに触れて日が浅い彼に好意的にしてくれて蛇ヶ原は良い人だと短い時間でもよく分かった。
だからこそ、蛇ヶ原や大楽、羽人、みんなの不安を解消したい。身近な人、手を伸ばせる人を助けたい。その為に彼は吸血鬼部で活動を続ける。
「ほな。また、学校で」
「うん」
一億の借金をしてでも彼は空想を使いこなすしかなかった。
バニティの言葉が真実ならば、千里眼で嘆きの川を見つけて羽人を助けられる。復讐心がないと言えば嘘になるだろう。羽人を襲った吸魂鬼が嫌いで、許せなくて、やるせない。そんなデタラメな感情のままではいけないのだと改めて実感した。
彼の夏休みは、幕を閉じた。
空想、想像、妄想、願望、千里眼は、ほんの少しだけ成長を見せる。
家に帰る前に彼はドラックストアに立ち寄った。空想の過剰使用で目を酷使している為、違和感が消えないのだ。
種類が豊富に陳列する目薬に悩みながら彼は、とりあえず見慣れたものを手に取る。
(えっと電車の時間は)
駅に行き時刻表を見ていると「先輩、まじ方向音痴勘弁してくださいよ~」とうんざりした声が聞こえた。何気なくもそちらを見ると茶髪で右側に白いメッシュが入っている頭髪をした高校生とその脇には一回り小さな、彼と同じ背丈の香色の髪色をした青年がいた。
「三つの谷って逆方向じゃないですか~」
「……何年も帰ってないからな。乗る電車間違えた」
「もう迎えに来てもらって、楽しましょう」
「ダメだ。三つの谷まで来いって言われた。早くしないと飲みだす」
「はぁ!? ……飲兵衛かよ」
「違う」
「冗談ですよぉ~先輩のお父さんにそんな酷いこと言うわけないじゃないですかぁ~」
「言ってる」
「あれ」
漫才のような会話に彼はクスリと笑ってしまった。その笑い声が聞こえてしまったようで香色の髪少年が彼に近づいた。見えて来るその瞳は金色をしており綺麗だ。
「男に笑われるとか、冗談じゃないですね~。笑ったお詫びに、ちょっと教えてほしいんすけど」
「な、なに?」
「三つの谷って、どうやって行けばいいわけ?」
「え、あ……それなら、僕と一緒に行かない? 僕も三つの谷方向に行くから」
「マジ? ラッキー。先輩、良かったですね。ちゃんと道案内を確保できましたよ」
「……」
その少年は、「僕は延永啓介で、こっちが」と自己紹介をした後、無愛想な先輩と呼ばれた青年を指さすとその人は既に歩き出してしまっていた。
「んまあ、良いか。どうせ人生一期一会って言うし。それじゃあ、案内よろしく!」
ぽんっと彼の肩に手を乗せてグッと親指を立てる。
延永は、高校一年で先輩は二年と先輩後輩の関係であり、ある事情で学校が急遽廃校となった。自身の家の事情があり、他の学校の編入通学は難しい為一時的に、高校教師をしている父親がいる先輩のもとに居候することになったと事の経緯をかいつまんで説明してくれた。深い事情があるようで彼は曖昧な相槌しか打てずだ。
「三つの谷高校の教師をしてるらしくて、あそこってかなりレベル高いって有名じゃないっすかー。まじ、先輩の人脈つーか、親構成なんだよって話」
あ、カワイ子ちゃんと延永は話半分でナンパに行こうとする。まるで真嶋と小穴のようだと彼は苦笑する。
三つの谷へと向かってくれる電車に乗り込み「可愛い子に知り合いいない?」と彼に女の子の紹介をねだる延永とそのすぐ横では、小難しそうな本を読む先輩。
「あ~、でも付き合うだけでそれ以上は良いかな。俺、本命いるし」
「本命がいるのに、他の子と付き合うの?」
「それがさ~聞いてくれよ! 本命の子の兄さんが、堅物でいくら妹さんを俺の彼女にって言っても許してくれないんすよ~」
泣いたふりをする。軽薄な延永へ任せるほど兄の方は薄情ではなかったようだが、「兄さんは、兄さんで彼女のご機嫌取り」とベーっと舌を出す。
「お前のそう言う軽佻浮薄な態度がアイツの気に障ってるんだろ」
「先輩、聞いてたんすか~? けいちょーふくなに?」
「僕もわからないです」
「……」
(教えてくれないんだ)
小難しい本を読む。小難しい言葉を言う先輩に彼も延永も目を点にしてきょとんとする。先輩がその言葉の意味を教えてくれるわけでもないようで、電車の揺れに合わせて身体が動くだけで口を開くことはなかった。
その後、彼は延永とどうして荒幡まで来たのか話をした。彼は友人と約束をしていたから、延永と先輩は、本来此処に来る予定ではなかった。だが、先輩が間違った電車に乗ってしまい荒幡まで来てしまった。浜波から三つの谷まで向かいたかったのに逆方向で気づいたときには既に遅かった。
「先輩の親父さんと顔合わせなんですよね~。ほんと緊張するわ。ま、実は言うほど緊張はしてないけど」
「ならぶっつけ本番で会うか?」
「そ、それは勘弁」
震えるフリをする延永は、三つの谷駅に到着する頃にはケロリとしており「お世話になりました~」と先輩と二人で電車を降りて、先輩の父親に会いに行った。彼はそのまま電車に乗り続けた。自分の家がある街まで電車に運んでもらう。
ガタガタ揺れる身体は、日々の疲れが出てきたのか瞼が重くなる。
視界がどこかチカチカと目が眩む。数日間疑似的四肢欠損は脳に負担をかけていた。どれだけ自分の部屋で眠れても疲れは取れないだろう。
うつらうつらと舟をこぐ。起きていなければ降り損ねてしまうと思いながらも重い瞼が気づけば完全に下りていた。




